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「おはよ〜。」

「おはようー。」

「おはよー。」


若井が紹介してくれた、短期バイトも先日で終わりを迎え、今日から9月。

気象学では、9月から秋だとされているのに、外はまだまだ真夏のような暑い日が続いており、相変わらず僕達はリビングで寝ていた。


8月は、色んな思い出が沢山詰まっていた。

思いきってルームシェアの募集をして、本当に良かったと、心から思える瞬間がいくつもあった。

特に、三人で泣きながら、寄り添い合い、眠りについた、あの夜の日の事。

あの夜の二人の温もり…

僕は一生忘れない。




今日も朝の挨拶を交わしてから、なかなか上達しない朝ごはん作りに取りかかる。

未だに自分でもびっくりするくらい美味しくない時があるのに、二人共“小言”を言いながらも、完食してくれるのだから、本当にいい子達だと思う。


そんな二人に出会えた事に感謝しながら、今日も一生懸命作ったのだけど、今日のは…ちょっと…いや…だいぶ…




「ん…なんか今日の変な味しない?!」

「本当だ…なんか…酸っぱ…え、涼ちゃん、何入れたの? 」

「ごめ〜ん。体にいいかなって思って酢を入れてみたんだけど…なんか、めちゃくちゃ不味くなっちゃった。」


流石に今日のは酷いよね…と、恐る恐る二人の様子を伺っていると…




「ああー、酢か。」

「何かと思ったわー。」

「若井、醤油取って。」

「えぇ、ケチャップの方が良くない?」

「酢だから和風に寄せた方が良くない?」


なんて、二人で調味料を巡って軽く言い合いながら、それぞれ試しては食べ比べて、結局、笑いながら完食してくれた。




「二人共、ありがと。」


空になったお皿を見て、僕はそう言うと、二人は『何を今更』と笑顔を見せた。




「それに、たまに美味しい時に当たると、なんかいい事がある気がして、何気に毎朝楽しみにしてるんだよねー。」

「分かる!朝のニュースでやる占いみたいな気分!」

「そう!それそれ!」

「じゃあ、ちなみに今日のは占いで言うと何位だと思う?」

「えぇー、今日のはー…」


二人は何でも分かり合ってると言った様子で、楽しそうにどんどん話を転がしていく。


ルームシェア初日から思っている事だけど、やっぱりこの二人は本当に仲が良い。

聞けば、中学生の頃からの幼なじみだと言うが、それにしたって息がピッタリだし、何より距離が近い。

リビングにある二人掛けのソファーでは、二人いつもくっついて座っているし、スキンシップも多い。

それに、一緒にお風呂に入ってる時もあった。


前に、冗談半分で『…実は付き合ってたりしてぇ。』なんて言ってみたことがあるけど、その時は二人とも同じように驚いて、全力で否定してた。

だけど最近、ふとした瞬間に流れる空気が、ほんの少しだけ変わったような気がする。

目が合ったまま、ふいに言葉が止まったり、どちらかが照れたように笑ってごまかしたり。

…気のせいかもしれない。

でも、気のせいじゃないような気もする。




「てか、今日どうするー?」


僕が二人のやり取りを見ながらぐるぐる考えていると、ふいに、若井が僕の方も見ながら、そう聞いてきた。




「ゲームしよーよ!」


元貴はすかさずそう言い、正直、僕もそうしたいのは山々だ。

だけど、実際のところそうも言ってられない。

8月中、バイトや夏休みを満喫する事に費やしてきた僕達は、大学の課題を数える程しかやってなかったからだ。




「ゲームもしたいけど、そろそろ課題進めないとじゃない?」


まだ夏休みは3週間ほどあるけれど、たぶん、その残りの日々も8月と同じように、あっという間に過ぎてしまうだろう。

ならば、後で課題に焦って苦しむより、今のうちに終わらせてしまった方がいいに決まっている。


課題をやるには、調べ物も多いから、大学にある図書室に行くのが一番効率的なのは分かってる。

けれど、図書室にはもしかしたら、“彼ら”が居るかもしれない。

流石に図書室であれこれ言っては来ないだろうし、この間の“奥の手”が効いたのか、あれからバイト先でも姿を見掛けなくなっていた。

それでも、やっぱり顔を合わせないに越したことはないので、僕は、前に行った街の図書館に行く事を提案した。




「そうだね。そうしよっか。」

「はぁー…頑張るかあ。」


派手に見えて意外と真面目な若井は、すぐに同意してくれた。

少し遅れて、元貴も渋々課題をする意欲を見せてくれて、僕達はそれぞれ自分の部屋に行き、図書館に向かう準備をしていった。




・・・




道中、汗だくになりながらも何とか図書館に辿り着いた僕たちは、ひんやりと静まり返った館内に入ると、横一列になり、それぞれ黙々と作業を始めていった。

冷房の風で、汗を吸ったTシャツが少しずつ乾いていく頃。

ふと隣を見ると、元貴が小さく唸りながら、時おり僕の方をチラチラと窺っているのに気が付いた。

気にはなったけど、何か聞きたい事があるなら話し掛けてくるだろうと思い、暫く様子を見ていた。

…けれど、いつまで経っても話し掛けてくる気配はない。

いや、正しくは、話し掛けたいけど、話し掛けられない…そんな雰囲気だった。

もう、遠慮する間がらでもないだろうし、もしかしたら図書館の静けさの中じゃ声を出しにくいだけかもしれない。

そう思って、僕の方からそっと声を掛けてみる事にした。




「…なんか分からないとこありそ?」


元貴の肩を指でちょんちょんと軽く突く。

そして、話し声が響かないように、口元に手を添えて、耳元に顔を近づけ、そう囁くように話し掛けた。

すると、元貴はピクッと小さく肩を揺らし、少し驚いたように目を丸くした。

やがて、気まずそうに視線を落とし、小さく口ごもりながら…




「あ、あの…ここ、なんだけど…。」


と、ノートPCの画面を指差した




「あぁ、ここはねぇ……」


僕は、元貴が指差した英文を静かに読み上げながら、なるべく簡単に、でも的確に答えを伝えた。

ほんの短いやり取り。

ただそれだけ。

…それだけなのに。


隣の元貴の頬がふわっと赤く染まり、何かをこらえるように、唇をきゅっと噛みしめていた。

声の距離が近すぎたのか、それとも別の理由なのか。

そんな元貴の顔を見ていると、なんか僕まで顔が赤くなってしまいそうな気がして、慌てて視線を画面に戻した。




「後は大丈夫そう?」


僕がそう問いかけると、元貴は無言で、こくんと小さく首を縦に振った。

その仕草に、安堵したような…少し残念なような…そんな気持ちになりながら、僕は静かに椅子を引いて、自分の席に戻ろうとした、その時…

ふと、視線を上げると、 元貴の肩越し、視線の先にいた若井と目が合った。

彼は、何かを図るように、意味ありげな目をしてこちらを見ていた。

その表情は、微かに“嫉妬”のような感情が滲み出てような気もした。

けれど、ほんの一瞬の事だったし、気のせいだったのかもしれないけど…





昼食は、図書館に来る途中のコンビニで買ってきたパンやおにぎりを、各々サッとつまんで済ませた。

その後も夕方までみっちり集中して取り組んだおかげで、それぞれかなり進めることができた。

若井に至っては、レポートをひと足早く書き終え、あとは残った課題を少し片付けるだけらしい。

前回は全然進んでいなかった元貴も、今日は集中出来たのか、あと少しでレポートが終わるというところまでなんとかこぎつけたようだった。




太陽が沈みかけているというのに、まだじんわりと暑さが残る外に出ると、静まり返った図書館から解き放たれた開放感からか、三人そろって、思わず大きく背伸びをした。

そして、特に打ち合わせはしてなかったけど、それぞれ、今食べたいものを口にし、当たり前かのようにじゃんけん大会が始まった。




・・・




夕飯は若井がじゃんけんに勝ち、若井の希望でラーメンを食べてから、僕たちは帰路についた。

帰宅ラッシュの満員電車に乗り込むと、最初は三人でかたまっていたものの、混雑の波に飲まれ、気づけば若井の姿は少し離れた位置に押しやられていた。

元貴は、なんとか座席横の手すりにしがみついていたけど、次の駅に到着し、ドアが開いた瞬間…

再び押し寄せた人の波に、今度は元貴が巻き込まれ、おまけに足元を取られてバランスを崩しかけていた。




「…危ないっ。」


反射的に、僕は元貴の手を掴んで、自分の方へ引き寄せた。

その瞬間、タイミング悪く電車のドアが閉まり、さらなる人の波が押し寄せてきて…

僕たちは、ぎゅうぎゅうに押し込まれた車内の中、身動きが取れなくなってしまった。




「…ご、ごめん。」


思わず謝ったのは、僕の腕の中にすっぽり収まってしまった元貴に対してだった。

そんなつもりじゃなかったのに、引き寄せた勢いで、結果的に“抱きしめる”形になってしまっていて…

そして、そのまま、動けなくなってしまっていた。




「あ、だ…大丈夫っ。」


息をするのもはばかれる距離。

僕の腕の中で、元貴がそう言ったけれど、 その声は、どこか上ずっていた。

ふと、僕は若井が合宿に行ってた“あの日の夜”を思い出す。

暗闇の中、元貴の足に躓いて転び、元貴の上に覆いかぶさってしまった時も、睫毛の本数を数えれるくらい近かった。

ただ、あの夜と違うのは、暗闇じゃないと言う事。

目の前には、今にも触れそうな元貴の表情が、はっきり見える。

元貴の顔は見る見るうちに赤くなり、抱きしめる腕に元貴の早い鼓動が伝わってくる。

そして、恥ずかしそうに震える長い睫毛が、とても可愛くて、僕は、自分の顔が熱くなっていくのを感じた。

これだけ密着しているのだから、きっと僕の心臓の鼓動の早さも、元貴に伝わってしまっているだろう。

でも、どうせ隠せないのなら…

僕は、人混みを理由にして、抱きしめるその腕に、そっと力を込めた。






…あんなに辛い思いをするのなら、もう、人を好きになるのは辞めようと思ったあの日。

なのに、僕は、また人を好きになる気持ちを思い出そうとしている。

きっかけはきっと、“あの日の夜”なんだと思う。

けれど、初めて大学のカフェで会った時から、“可愛らしい子”だなと思っていた。

でも、まさか、元貴にこんな想いを抱くようになるなんて…


今、僕の腕の中で速く脈打つこの鼓動。

それが僕と同じ“理由”だったなら、どんなにいいだろうって、思ってしまう。

でも、そんな都合のいい事はないなんて事は、ちゃんと分かっている。

だって、元貴と若井の間にはやっぱり友情以外の“何か”があると思うから…

それに、今日、図書館で見せたあの若井の表情。

気のせいだとも思ったけど、やっぱりあれは気のせいではない気がする。

あれを見てしまった以上…

少なくとも、若井の想いはもう、疑いようがない。


だから“勘違い”したら駄目だと、自分の心に言い聞かせる。

それに、僕にとって二人は、なによりも大切な人達だから。

この気持ちで、大事なものを壊したくない…






「りょ、涼ちゃん。次、降りる駅だよっ。」


元貴の声で、このぎゅうぎゅう詰めの電車内に意識が戻された。

僕と目を合わせず声を掛けてきた元貴は、相変わらず、顔も赤いし、心臓の鼓動も早いけど、僕は、頭の中で『違う、そうじゃない』と言い聞かせる。


ほどなくして電車が止まり、ドアが開いた。

僕ははぐれないように元貴の手を強く握ると、『降ります』と言いながら人の波をかき分けるようにして、ホームに飛び出した。

二人でなんとか外に出たその時、別のドアから既に降りていた若井が、僕たちに軽く手を振って近づいてきた。




「人、ヤバかったね。涼ちゃん達、大丈夫だった?」


いつもと変わらない調子でそう言う若井の声に、何となく気まずい気持ちになった僕は『な、なんとか。』と短い言葉で返した。




「ん?元貴、顔赤くない?」


今度は、赤くなった顔を見られたくなかったのか、僕の後ろに隠れていた元貴の顔を覗きながら、若井は声を掛けた。




「うるさいなっ、暑かったんだよ!」


何かを誤魔化すように語尾を強めに言い放った元貴は、若井の顔も見ずにくるりと背を向け、そのままスタスタと出口へ向かって歩き出した。




「えぇー。元貴、なんでそんな怒ってんの?」

「…あ、あんなギュウギュウ詰めにされたら、誰だってイラつくって。」

「んー、まあ、それは分かるけどさ。おれに当たんないでよ。」

「うるさい!早く帰るよ!」


そんな風に軽口を叩き合いながら歩いていく二人の背中を、どこか羨ましく思いながら、僕は少し遅れてゆっくりと後を追った。


改札に続く階段を降りる前、元貴がくるっと振り返り、まだ少し赤い顔で僕に目を向けた。




「涼ちゃんも!…早く帰るよっ。」


元貴のその一言がなんだかとても嬉しくて。

僕は、自然といつもの笑顔で『うん!』と答えると、小走りで二人のもとへ駆けていった…

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