テラーノベル
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「姉さんが好きなフレグランスって何かな」
「……李人、スマホを貸しなさい」
「えっ、あっ、ダメだって!」
慌ててスマホを隠そうとする李人の様子を見て、私はますます怪しいと思った。
「いいから貸して」
「ダメだってば!」
けれど、私は構わず李人の手からスマホを取り上げ、アプリの履歴をスクロールする。
やっぱり、確信していた通りだった。
「……朝倉くんと連絡先を交換して、私の情報を伝えているのね」
「だって、朝倉さんは姉さんのことが大好きなんだね。僕が照れちゃうよ」
悪びれる様子もなく、なぜか李人のほうが頬を赤くしている。
私はそんな弟を、しばらくじっと見つめた。
「李人……あなたって可愛いわね」
「なにそれ」
李人が照れくさそうに顔をしかめる。
「僕も朝倉さんみたいにカッコいい大人になるんだ。それで、大好きな子と結婚する!」
「え?」
「朝倉くんに憧れてるの?」
なぜか、胸の奥がざわついた。
(あなたと朝倉くんは、全然違うタイプでしょう!)
そう思ったはずなのに、頭の中に朝倉くんの姿が浮かんでくる。
「李人は純粋で素直で、自分の目標のために努力できる子よ」
私は指を折るように、弟と朝倉くんの違いを考え始めた。
「朝倉くんは愛情表現がストレートだし、自分の世界を広げるための努力は人一倍すごいし……」
そこで、言葉が止まった。
私はぴたりと身体を固まらせる。
(あれ……?)
今まで、二人はまったく違うと思っていた。
でも、よく考えてみれば、李人も朝倉くんも、自分が大切だと思ったものに対しては、驚くほどまっすぐだ。
誰かに言われたからではなく、自分自身で目標を決めて、そのために努力する。
そして、一度好きになった相手には、簡単に諦めたりしない。
(この二人……似てる?)
「姉さん?」
李人の声で、はっと我に返る。
私は考えるより先に、李人をぎゅうっと抱きしめていた。
「李人はそのままで十分、可愛いんだから!」
「やめてよ。もう二十二だよ。恥ずかしいって!」
そう言いながらも、李人は本気で振りほどこうとはしない。
むしろ私の背中を、ポン、ポンと宥めるように叩いてくれる。
その優しさが、余計に胸に沁みた。
(ああ……もうすぐ、この子は私のもとを離れていく)
そう思うと、余計に離したくなくなった。
※
「朝倉くんには興味ないって言ってたくせに、牧野さんは愛を育てていたんですね」
翌朝、出勤して早々、デスクに座った三田さんが口を尖らせて、私をからかってくる。
「目の前に並ぶと、色々と想像しちゃうよー」
水谷さんまで、朝からセクハラぎりぎり、いや、ほとんどアウトな発言を繰り返している。
朝倉くんが私との結婚を宣言した翌日。
覚悟はしていた、していたつもりだった。
「二人とも、からかわないでください!」
注目されることに慣れていない私は、顔を真っ赤にして抗議した。
「だって結婚するんだったら、ほらっ、もう、済ませているんでしょう?」
水谷さんがいやらしく手で口元を覆い、意味ありげに尋ねてくる。
「冷やかしは厳禁です!」
私は握った手に力を込めた。
「職場での私たちは、今まで通り何も変わりません。仕事に支障が出ないようにしてくださいね!」
必死に訴えている私とは対照的に、朝倉くんは少し離れたところで、おおらかな笑顔を浮かべている。
なぜ、そんな笑顔でいられるの?
私は不満を込めた視線を送った。
けれど朝倉くんは、「どうしました?」とでも言いたげに首を傾げるだけ。
仕事はあんなにできるのに、こういうことには、どうしてこんなに鈍感なのだろう。
「僕は皆さんに喜んでもらえて嬉しいです。これからも温かく見守っていただけたら幸いです」
「芸能人みたいなコメントだな。朝倉くんだからサマになるね!」
水谷さんは明らかに面白がっている。
「朝倉くん、どうやって瞳子さんを落としたのか教えてよ。今、彼氏とうまくいってなくてさー」
三田さんまで、結局、自分の恋愛話に持っていってしまう。
チーム内の空気が、完全におかしくなってしまった。
ここは職場。必要なのは恋愛話ではなく、仕事への士気!
「この話はここまで! 寄り付きが始まります!」
私は起立してパン、と手を叩いた。
「相場のフォローをして、今日の見通しを確認してくださいね!」
ようやく皆が仕事へ戻り始める。
「気は引き締めないとな。金満フーズで顧客に大損させた2課の奴、地方に飛ばされるらしいぜ」
「出世コースアウトね。2課の太客なら、私に引き継がせてもらいたいわー」
水谷さんと三田さんの小言が耳に入ってきた。
株の損失だけではない。
龍彦は、社長夫妻に嫌われてしまったのだ。
けれど、そんな真相を話すわけにはいかない。
私は何も言わず、パソコンへ向かった。
「瞳子さん、憂いは全てなくなりましたね」
「……!」
その言葉に、私は思わず肩を跳ねさせた。
「憂い……?」
「今日も一日、頑張りましょう」
朝倉くんは、なんとも清々しい顔をしている。
「ええ。そうね。頑張りましょう」
私はパソコンへ視線を戻した。
確かに、龍彦の仕事への姿勢には問題があった。
今回のことだって、もともとは自分自身で引き起こしたトラブルだったはずだ。
でも、見方を変えれば、朝倉くんにとって、龍彦は『憂い』だった。
その憂いが、自ら退散してくれた。
そう考えれば、朝倉くんが清々しい顔をしている理由もわからなくはない。
「……」
私は腕を組みながら、そっと隣の朝倉くんの横顔を覗いた。
いつも通り、綺麗な顔をしている。
(何か、仕向けた?)
今回も、彼の持つカードは発動したのだろうか。
そう疑いたくなる。
けれど、いくら考えても答えは出ない。
それに、悪いのは明らかに龍彦だった。
私はそれ以上考えることをやめて、仕事へ意識を戻した。
龍彦の島流しは偶然か、必然か。
神と朝倉くんのみぞ知る、なのかもしれない。
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夏目莉央
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くま🐻☁️
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