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『春に咲いた嘘』ー数年後ー
桜が、また咲いた。
私は今、小さな町で働いている。
新しい街、新しい仕事、新しい人たち。
それなりに笑って、それなりに泣いて、日々は流れていった。
けれど春になると、胸の奥に、小さな痛みが生まれる。
響の笑顔を思い出す。あの、少し照れたような、優しい笑顔を。
そんなある日。
古びた郵便ポストに、手紙が一通届いていた。
差出人のない、手紙。
震える手で封を開けると、そこには、あの文字が並んでいた。
ーー響の字だった。
読みながら、何度も手が震えた。
視界が滲んで、何度も文字をなぞった。
(…バカだな、本当に)
全部わかっていた。
響が本当にどれだけ私を大事にしてくれていたか。
本当に、心から私を愛してくれたことを。
だけど、それでも。
私は心のどこかで、彼に怒っていた。
もっとワガママに生きてくれてよかったのに。
最後まで、私を頼ってくれればよかったのに。
「…会いたかったよ、響」
ぽつりと呟く。
風が吹いた。
桜の花びらが、手紙の上にふわりと舞い落ちた。
そして私は、手紙を胸に抱いたまま、空を見上げた。
青い空に散りゆく桜。
まるで、響が笑っているようだった。
きっと、どこかで見ている。
そんな気がした。
だから私は、そっと笑った。
響に、最後に見せるはずだった、
あの、何も知らないふりをした、“普通の笑顔”で。
ーさよなら、響。
ーありがとう。私も、ちゃんと生きるよ。