「ンゴ? なんやこれ……」
レベル10に到達して、仲間たちとスキルを確認しとったとき、ワイのステータス欄に表示されたのは、この意味不明な二文字やった。
隣ではレオンがニッコニコや。こいつの新スキル――剣術。腰に帯びた剣をゆっくり抜き放ち、試すように軽く振る。その動きは、明らかに以前よりもキレが増しとる。刃が風を切る音が鋭く耳を打つ。レオン自身も違いを感じとるんやろな。何度か剣を振り、やがて満足げに息をついた。
「……すげえな、これ。なんか、剣が手に馴染む感じがする」
レオンは剣の柄を握り直しながら驚いたように呟く。めっちゃ自信ありげな顔しとるやんけ。
「本当? じゃあもっと試してみなよ!」
パーティーメンバーのリリィが興奮した声で促すと、レオンは軽く頷き、目の前の木を目がけて剣を振り下ろした。
――スパッ!
鋭い音とともに、木の皮が浅く削られる。以前のレオンでは考えられない精度や。周囲の空気が一瞬静まり、そして次の瞬間――
「おおっ! すごいね!」
「へへっ! それほどでもねぇって!」
リリィの歓声に、レオンは照れたように鼻をこすった。でも、その瞳には確かな自信が宿っとる。
次にリリィの火魔法スキルが発現したとき、場の雰囲気はさらに熱を帯びた。彼女はそっと両手を胸の前にかざし、目を閉じる。小さな唇から息を静かに吐き出した瞬間――
ぽっ、と手のひらの上に炎が灯る。
「やった! ちゃんと出せた!」
リリィの頬が紅潮し、炎の光を映す瞳が期待に輝く。その小さな炎はふわふわと揺れ、まるで生き物のようやった。
「すげぇな! 魔法が使えるようになるなんて!」
レオンが祝福の言葉をかける。リリィは嬉しそうに笑い、炎を消したり再び灯したりを繰り返していた。その様子は無邪気な子供のようで、見ているこちらまで微笑ましくなる。
ワイら三人は駆け出しの冒険者。ワイが幼馴染のリリィと組んで、そこにレオンが入ってきた形や。かれこれもう二年ぐらいになるか。最初は右も左も分からんまま、初級クエストをこなすだけで精一杯やったが、今ではそれなりに息も合うようになってきた。
経験を積んでレベルが10になれば、誰もが何らかのスキルを獲得できる。これは世界の常識や。レオンは剣術スキルを得て、リリィは火魔法のスキルを獲得した。前衛と後衛のバランスもええし、これからの冒険も順風満帆――そのはずやったんやが。
問題はワイのスキルや。
「ナージェ、お前は?」
レオンが楽しそうにワイを見てる。傍らのリリィも期待に満ちた瞳を向けてくる。彼らの目には、これからワイがどんなスキルを持っているのか、それがどんな冒険をもたらすのか――そんな純粋な興味と高揚が映っとる。
「……ワイのスキルは、【ンゴ】や」
「え……、なにそれ? どういうこと? ……ていうか、そんな話し方だっけ?」
リリィが目を瞬かせる。レオンも困惑したようにワイを見る。
「いや、ワイもわからん……。なんや自然とこんな口調になっとった。それ以外に、スキルの効果はわからん……」
自分で口にしてみても、違和感がすごい。確かに今までこんな喋り方やなかったはずやのに、気づけば語尾が勝手に崩れてしまう。抑えようと思っても、どうにもならん。まるでこのスキルの影響みたいやが、意味がわからんすぎて怖い。
「ンゴ……? 何かの略か? いや、聞いたことないな……」
レオンが腕を組んで考え込む。リリィも「もしかして何か隠された力が?」と前向きに捉えようとしてくれとる。最初はみんな笑ってた。「新しいスキルなんじゃないか?」「発動条件があるのかもな」「まだ誰も知らないレアスキルかも!」――そんな楽観的な言葉が飛び交い、ワイも信じた。きっと意味があるはずや、と。
だが、一ヶ月経ってもスキルの正体は分からんし、何の力も得られへんかった。
冒険者パーティーでモンスターを狩るとき、ワイはただ見てるしかなかった。レオンが先陣を切って剣を振るい、リリィが後方から魔法を放つ。そのたびに彼らは確実に成長し、より強くなっていく。レオンの剣筋は洗練され、リリィの魔法はより強大になった。しかしワイは――何もできんかった。
最初は「仕方ないよ」と言ってくれとった二人の態度が、次第に変わっていくのを感じた。
「ナージェ、少し下がっててくれ」
「ナージェくん、危ないから動かないで!」
「いいから下がれ!!」
「邪魔よ!」
……なんやこれ。ワイ、完全にお荷物やんけ。
最初は気遣いやったはずの言葉が、徐々に指示になり、やがて冷たい響きを帯びていった。ワイの存在は、足手まといとして認識され始めとる。夜、焚き火を囲んで談笑する時間も、ワイに向けられる言葉は減っていく。ただそこにいるだけの存在――おってもおらんでも変わらん存在になっていくのを、ワイは肌で感じとった。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
「なあ、ナージェ。もう潮時だと思うんだ」
焚き火の炎がゆらめく夜。乾いた薪がはぜる音が、不規則に静寂を破る。レオンの声は、普段の軽薄さをかなぐり捨てたように硬く、鋭かった。彼の隣に座るリリィは、炎の光を指先でたどるようにしながら、目を伏せとる。その横顔に影が落ちて、感情を読み取ることはできんかった。
「……潮時やて?」
自分の声が思ったよりも掠れとることに気づく。喉が乾いとるわけでもないのに、うまく声が出んかった。
「お前、実質スキル無しの状態だろう? それでこれから、どうするつもりだ? 初心者の壁と言われるレベル10を突破してスキルを獲得した今、俺とリリィはどんどん強くなっていく。だけど、お前は……何もできないままだ」
レオンの言葉は冷静やったが、その奥に滲む感情は冷たさ以上の何かを孕んどる。焦燥か、あるいは苛立ちか。いや、きっとそれだけやない。
「でも、まだ分からんやろ? もしかしたらこれから――」
「いや、もう分かってるんだよ」
突き刺すような言葉やった。突き放すというよりも、もう完全に見限られとるような響き。
焚き火が燃える音だけが夜の静寂に溶けていく。チリ、と弾ける火の粉が舞い上がる。その一瞬の明かりに照らされたリリィの横顔は、悲しげに見えた。
「……ごめんね、ナージェ」
ぽつりと、彼女は呟いた。その瞳には、謝罪と、決意が宿っとる。
「私たち、もう進む道が違うの」
そっと立ち上がるリリィ。その動きには、もう迷いはなかった。レオンの隣に立つその姿は、何かを象徴するかのように揺るぎなく映る。
「お前、レオンと――」
「違うの。ただ、私も強くなりたいの」
静かに否定されたはずやのに、胸の奥がギュッと締めつけられるように痛む。否定の言葉が優しければ優しいほど、余計に苦しかった。何か言い返そうとした。すがるように、問い詰めるように、何でもええからこの状況を変える言葉を。だけど、喉の奥で引っかかって、声にならんかった。
何かが、決定的に終わったんやと理解する。
気づけば、足が勝手に動いとった。焚き火を背に、一歩、また一歩と。足元の土が妙に柔らかく、沈むような感覚がした。二人とも、引き止めはせんかった。
こうして、ワイはただ一人、無能冒険者として放り出されたんや……。
コメント
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タイトルがスレすぎる😂 物語もスレを読んでるみたいで、めっちゃ親しみやすく面白かったです!!謎スキル「ンゴ」を得たワイくん…これからどうなっていくのかとても気になります!!