コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
ワイが追放されてから、どれくらい経ったんやろな。
肌を刺す風が冷たくて、背中を丸めながら歩く。腹は減るし、宿はないし、ワイみたいなもんを気にかける奴なんかおらん。いや、気にされん方がまだマシかもしれん。「無能スキル持ち」のレッテルを貼られ、ギルドに行けば門前払い、仕事を探せば苦笑いで追い払われる。何度頼み込んでも返ってくるのは「悪いね」「ウチじゃ無理だ」の一言。最初は歯を食いしばって耐えとったけど、もうどうでもよくなってきた。そんな日々が続いて、もう何日経ったんかもわからん。
スキルのせいで変わってもうた妙な口調も、余計に胡散臭さを増しとるんやろな。ワイはただ普通に話しとるだけやのに、初対面の奴には怪訝な顔をされる。商人、冒険者、そこらの通行人──誰もが一様に、ワイの声を聞いた途端、微妙に距離を取る。まるで、言葉そのものに毒でもあるみたいや。
ワイは石畳を踏みしめながら、ぼんやりと街を歩く。ここは街の外れ。活気ある中央市場とは違い、どこかくたびれた雰囲気が漂っとる。道端に座り込む浮浪者、煤けた建物、窓の割れた家屋──どれもこれも、ここが「持たざる者の領域」やと教えとる。露店が並ぶ通りは、それでも活気こそあるものの、売られとるのはどれも安物や。野菜はしおれ、果物は傷がつき、干し肉は硬くなっとる。客もどことなく荒んどる。皆、少しでも安く済ませようと、店主と激しく値切り交渉しとる。まるで命がかかった戦いや。
ワイもまた、その一人や。
ため息をつきながら歩いとったら、ふと視界の端に赤いものが映った。投げ売りされとるリンゴや。籠に無造作に積まれたそれは、色むらがあり、ところどころ黒ずんどる。だが、そんなことを気にしてる余裕はない。ワイにとってはご馳走や。値札を見ると「1個1銅貨」。最底辺の値段や。
ポケットをまさぐる。指先に触れるのは、冷たい硬貨が数枚だけ。ほんまに、ギリギリや。背に腹は代えられん。このリンゴ一つが、今日の飯や。
「兄ちゃん、それ買うのか?」
店主のしわがれた声が飛んできた。顔を上げると、歳のいった男がカウンター越しにワイを見とる。額には深い皺、目元にはどこか鋭さが残っとるが、長年の商売で疲れ切ったような顔やった。
「……せやな」
ワイは静かに銅貨を置いた。硬貨が木のカウンターに当たり、カチャリと乾いた音を立てる。店主はそれを指先で拾い上げ、わずかに眉を寄せた。何か言いたげやったが、すぐに別の客に気を取られたのか、ワイのことはそれ以上気にせんようになった。まあ、ええわ。
手に取ったリンゴは、表面が少しゴツゴツしていて、色むらがあった。大きさのわりに軽い気がする。新鮮とは言い難いが、文句を言える立場ちゃう。
腹が減りすぎて、もう我慢できんかった。店を出るやいなや、歩きながらかじりつく。
──シャクッ。
乾いた音が響いた。思ったより悪くない。わずかな甘みと酸味が広がる。見た目はイマイチでも、味はそこそこや。ただ、果汁が少なく、少しパサついとる。喉を鳴らして飲み込むと、ほんの少しだけ胃に何かが落ちた感覚がした。
その瞬間──
──スキル【ンゴ】が発動した気がした。
「……なんや?」
なんとも言えん感覚が、体の奥から広がる。まるで、体の中心に小さな波紋が広がっていくような、不思議な違和感。脳がチリチリする。電気が走るような感覚に近い。でも、痛みはない。ただ、「何かが起こった」ことだけは確信できた。
ワイはふと視線を下げる。
「……は?」
ワイの手の中には、かじる前の状態のリンゴがあった。
ありえへん。ワイは確かに食うたはずや。歯を立てた感触もあったし、甘みも酸味も、しっかり味わった。それなのに、今ワイが握っとるのは、まるで何も手をつけとらん新品のリンゴや。
「どゆこと……?」
思わず、もう一回かじる。
シャクッ。
歯が果肉を貫き、みずみずしい食感が舌の上に広がる。ほんのり甘酸っぱくて、ちゃんとリンゴの味がする。一度目よりも味が濃く、確かにリンゴそのものの風味が際立っとる気がした。
ワイは歯形がくっきりと残るのを確認しながら、じっくりと噛みしめて飲み込んだ。喉を通り過ぎたあとも、微かな酸味が舌の上に名残を留めとる。
ワイは慎重に息を整え、もう一度スキルを発動する。
──ボンッ。
手の中のリンゴが、一瞬にして元通りになっとる。
「……なんやこれ?」
ゴクリと唾を飲む。手のひらの上に乗ったリンゴは、まるで何もなかったかのようにツルリとした表面を取り戻しとる。かじった跡なんか微塵も残っとらん。まるで最初から何もなかったみたいや。
もう一度、ゆっくりとかじってみる。
──シャクッ。
──ボンッ。
かじる。スキルを使う。元に戻る。
かじる。スキルを使う。元に戻る。
何度やっても結果は同じ。
ワイは目の前のリンゴをじっと見つめた。赤く艶やかな果皮に、自分の歯型はどこにも見当たらん。けど、確かに噛んだ感触は口の中に残っとるし、ほんのり甘酸っぱい味もまだ舌に残っとる。喉を通っていった感覚すら、ありありと感じとる。それなのに──手の中のリンゴは無傷や。まるで時間を巻き戻したみたいに。
ワイはごくりと唾を飲み込んだ。これは夢か? それとも何かの間違いか? いや、違う。何度やっても同じ結果になる以上、これは紛れもない現実や。
しかも、ただ戻るだけやない。最初より味が洗練されとる気がする。果汁が濃くなっとるし、甘みも深まっとる。
まるで魔法みたいや。
ワイはその場で立ち尽くした。
「もしかして……無限に食えるんやないか?」
呟いた瞬間、心臓がドクンと跳ねた。もしそうなら、食料問題とか余裕で解決やんけ。いや、もっとやべえことができるかもしれん。
「ひょっとしたら栽培もできたりするんか……?」
想像が膨らむほどに、込み上げる興奮を抑えきれんかった。心臓がドクンドクンとうるさい。頭の中で、何かが弾ける音がした。今まで馬鹿にされとったこのスキル、実はめちゃくちゃヤバい能力なんちゃうか?