テラーノベル
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その日の夜。
執務室に、私はレオンを呼び出した。
窓の外には、冷たく澄んだ月が浮かんでいる。
書類に目を通していると、ノックの音が響いた。
「入って」
扉が開き、レオンが姿を見せる。
「夜中に呼び出しなんて、もしかして愛の告白?」
いつもの調子だった。けれど、その表情には、疲労の影が滲んでいる。
「ふふっ。こんな時でも、レオンはレオンね」
「冗談でも言ってないと、息が詰まりそうだからね」
レオンはソファへ腰を下ろした。
その顔を見ていると、胸の奥がきゅっと痛んだ。短い沈黙ののち、私は声を落とす。
「……レオン。あなたは、王都へ戻るべきよ」
レオンの笑みが、固まった。
「それ、命令?」
「提案よ」
「なら断る。僕は君のそばにいるよ」
即答だった。私は首を振る。
「だめよ。あなたがアイリス領に残れば、王妃派はそれを逆手に取るわ。第二王子が領地戦に介入した。王室に対する反逆行為だとね」
反逆罪に仕立て上げられれば、最悪、処刑もあり得る。王妃のことだ。正当な裁判をする気など、さらさらないだろう。
「それでも、僕は――」
「レオン」
私は彼の言葉を遮った。
「私は、あなたに死んでほしくないのよ」
レオンは黙った。やがて彼は、自嘲するように笑った。
「君は本当に、残酷だね」
「……レオン」
「一番嫌な場所に、僕を戻そうとするなんてね」
レオンは窓の外へ視線を向ける。月明かりが、その横顔を白く照らしていた。
「父上は、本当に冷たい人だよ」
レオンは、自嘲するように笑った。
「穏やかで優しい王だなんて言われているけど、僕にとっては、ただ目を逸らすのが上手い人だ」
彼は淡々と続けた。
「母上は、僕の目の前で血を吐いて亡くなったよ。けれど、毒の証拠も証人も全部消された。だから王妃はお咎めなし」
「そんな……」
「母上の死後、僕はすぐに離宮に追いやられた。食事や水には、毒が混ぜられてたから……無駄に毒の知識があるんだ」
「……」
何も言えなかった。
「飼っていた小鳥も、犬も、猫も、優しかった使用人も。大切にすればするほど、みんな消されたよ」
彼の声はあまりにも静かだった。静かすぎて、余計に彼の痛みが伝わってくるようだった。
「だから僕は、君のそばにいたい。今度こそ、大切なものを失いたくないんだ」
その言葉に、心が揺れた。けれど、私は首を振った。
それは、何の解決にもならないから。
本当は、すごく怖い。明日、戦争で誰かが死ぬかもしれない。
アレクも、フローラも、領民たちも。もしかしたら、私自身だって。
けれど、それを口にしたら、レオンは絶対に王都へ戻らない。
私のそばに残ると言う。
私は、震えそうになる指先を隠すように、拳を握りしめた。そして、机を離れ、レオンの隣に腰を下ろす。私は、彼の手の上に、自分の手をそっと重ねた。
「レオン、おいで」
彼がわずかに目を見開く。私は、そのまま彼を抱きしめた。レオンは一瞬だけ固まった。
けれど、失いたくないものを確かめるように、私を強く抱きしめ返した。
「……バイオレッタ」
私は少しだけ身体を離し、彼の頬に手を当てた。
そして、唇にそっと触れる。ほんの一瞬のキス。私はゆっくり離れ、彼を見上げた。
「私は、レオンを王にするわ」
「……僕を?」
「ええ。でも、王になると決めるのは、あなた自身よ」
私は彼の手を取った。
「首都でやるべきことをやりなさい。王妃派に不満を持つ貴族をまとめて、あなた自身の勢力を作るのよ」
私はまっすぐに、彼を見つめた。
「簡単に言うね」
「ふふっ、簡単じゃないから、あなたに頼んでいるのよ」
しばらく、彼は私をじっと見つめていた。やがて、ふっと息を吐く。
「バイオレッタは、ずるいね」
「何がよ」
「僕の気持ち、知ってるくせに」
その声は、冗談めいていた。けれど、泣きそうにも聞こえた。
「じゃあ、これが君から僕へのお願いなら、僕からも一つお願いしていい?」
「なにかしら?」
「僕のこと、真剣に考えてよ」
私は、彼をもう一度抱きしめ、その柔らかな金髪をくしゃりと撫でた。
「……無事に仕事を終えられたら、考えてあげなくもないわ」
「本当に?」
「ええ。だから、ちゃんと無事に帰ってきなさい」
「バイオレッタ」
レオンが顔を上げ、私の目を射抜くように見据える。
「好きだよ」
触れるだけのキスだったけれど──。それは、さっきのキスとは違う。レオン自身の願いを、そっと残していくようなキスだった。
パチンと指を鳴らすと、彼の足元で魔法スクロールが展開される。空中に行先を描くと、黄金の光が、部屋いっぱいに広がった。
「王都を落としてくるよ」
その言葉を最後に、レオンの姿は光の中へ消えていった。
#溺愛
コメント
1件
レオンの過去が静かに語られる場面、本当に胸が締め付けられました。大切なものを次々と失ってきた彼が「今度こそ失いたくない」とすがるように言うからこそ、バイオレッタが涙を飲んで送り出す強さが眩しくて…。あの「好きだよ」に込められた切実さ、そして転送の光に消えるまでの緊張感。二人の距離が縮まったようでいて、また離れるこのもどかしさに、続きが気になって仕方ないです。素敵な時間をありがとうございました🌷