テラーノベル
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「仁人起きなさい!学校、遅刻するわよ!」
飛んでくる母親の怒号で意識が覚醒した。目をゆっくりあけるといつの間にか夜が明けていたらしく、外の景色は皮肉な程に晴れ渡っていた。部屋着のまま寝落ちしたらしく身体が不自然に痛む。立ち上がろうとすると鉛のように重い身体がそれを阻止する。顔だけ部屋に向けると机の上には投げ捨てられた袋とくしゃくしゃにシワのよった『勇斗』と書かれたメモ。ボールペンで書かれた文字が滲んでいて昨日の出来事を物語っているようだ。
「仁人起きてるの?早く起きなさいって言って……って、ちょっと大丈夫?」
起きてこない仁人に痺れを切らしたらしい母親が部屋に入り込んできて一言声をかけてきた。
「あんた、熱あるんじゃない?昨日雨にあんなに濡れて帰ってきてたし…」
熱?確かに言われてみれば身体がだるいような気もする。
「……母さんごめん。今日、がっこう休みたい」
零した言葉は思ったよりも弱々しくて母親も2つ折りで返事をしてくれた。学校には連絡しておくから顔だけ洗って着替えなさい、と言葉を残して部屋を後にする。重い身体に鞭打って暖かい寝巻きに着替えて再びベッドへ身を沈めた。想像以上に身体は疲弊しているのか、顔を洗いに行く程の気力は残っていなくて瞼を閉じると意識が遠のいていく。
―――ああ、このまま深い闇底に沈んで行ければいいのに
「…と、じ、んと」
再び上昇する意識の遠くで名前を呼ぶ声がする。誰だろうか。
……勇斗だったら、いいな
「、仁人」
「…か、あさん」
目の前にいたのはお粥や経口補水液を載せたお盆を持つ母親だった。
「ご飯、食べれそう?」
「ん…」
部屋の時計は9:00過ぎを指していて学校がある時間に家で寝ているという特有の不思議な感覚を覚える。
「母さん、どうしても今日休めなくてこの後仕事行っちゃうけど大丈夫?一応早めに帰ってくるようにはするし、父さんにも早く帰って来るように言ってるけど……」
「大丈夫だよ」
「何かあったらすぐ仕事用携帯に電話していいからね」
「わかった」
食べられそうなら冷蔵庫にフルーツやゼリーも入っているから食べること、水分は多めにとること。手短に適切な指示を出して部屋から出ていく。仕事で忙しいのにこんな時まで自分のことを考えてくれる母親の存在が偉大で今更ながら少しじん、と胸が熱くなる程には心が弱っているようだ。
「じゃあ、行ってくるから」
「うん、行ってらっしゃい」
扉が静かに音を立てて閉まると部屋は一気に静寂に包み込まれて針の無機質な音が時の流れを告げていく。少し重い体を持ち上げて用意してくれた机に置かれたお盆に手を伸ばすと自然に目に入る雑に投げ出された紙袋。何度も投げだそうと思ったが捨てるには惜しくて結局この場に鎮座させている片思いの亡骸。昨日の出来事が鮮明に写し出される。
「……謝らないとな」
勢いのまま思いを告げるだけ告げて飛び出してしまった。勇斗とは今後も必ず関わらないといけない間柄だ。自分の問題だけで周りにも迷惑をかけるわけには行かない。机に伏せるように横を向けばいつもと同じように飾ってある昔の写真がやけに激しく目にこびりつく。ダンスクラブで発表会を行った時の写真、幼馴染でBBQに行った時の写真、ハロウィンで仮装した時の写真ーーー
勇斗がクラスで自分の夢をバカにされて、分かりやすく凹んで見返してやろうとふたりで誓った放課後。
BBQでは創作料理だといいとんでもない見た目の料理を編み出していたこと。
じゃんけんでひとり負けした仁人が猫の仮装をして見たことないほど楽しそうな顔で笑っていたことーー。
思い出をふりかえってみればほとんどに勇斗が映っていて今までいかに深い付き合いだったのかということをまざまざと実感させられる。いや、気が付けば目で追っていたのかもしれない。
「……っくそ、どんだけ好きなんだよ。アイツのこと」
自嘲のような吐息をこぼして机につっ伏した。泣き腫らしてじりじりと赤みを帯びている目尻が凝りもせず滲むように痛む。誤魔化すように目を閉じると素直な身体は案外簡単に意識を手放した。
闇底に沈んでいる仁人を迎えるような、ふわりと柔らかい匂いと温かさで意識が浮上する。
ゆっくりと目を開けると見えてくるのは見慣れた部屋の天井と横には白い壁。最後の記憶では机に伏せて意識を飛ばした気がするが今自分がいるのはベッド上。丁寧に布団がかけられていて額には熱さまシートが貼り付けられている。混乱する頭のまま部屋を見渡して息が止まる感覚を覚えた。
なんで。
自分は都合のいい夢でも見ているのではないか。
なんで、ここにいるのーーーー
「は……やと」
先程まで自分がいた場所にはこの部屋にはいないはずの勇斗が伏せていた。物音を立てないようにして近づいくと規則的に揺れる肩が紛れもなく本物であることを物語っている。机に置かれたお盆は丁寧にラップがかけられていてここに来る前に買ってきたであろうスポーツドリンクやプリンなどの袋が隣を陣取っている。ちらりと横目で勇斗を見ると長い睫毛が、艶のある綺麗な黒髪が、鼻腔を擽る暖かい匂いが、この男の存在が仁人の涙腺を刺激する。
「……きれーな顔しやがって」
ふわふわとした頭に手を伸ばして触れる既の所で引っ込めた。自分にはこの男に触れる資格なんてないんだから。時刻はまだ昼過ぎ。この男を起こして授業はどうしたんだ、と問い詰めて学校に帰るように促すべきなのだろうけど今の仁人にその勇気はなくて。せめて客として迎え入れるための物を取りに行こうと背を向けた。
「……起こしてくんねーの?」
背中に投げられる少し低めの掠れた声が脳に響いて胸がどくんと音を立てる。思わず振り向くと遠目でも分かる、吸い込まれそうな瞳に見つめられて息を飲んだ。
「起きてたのかよ…」
「んや…今さっき起きた」
「趣味悪…」
上手く続かない会話がもどかしい。言ってやりたかった言葉が頭の中で昇華して行ったように出てこない。
「体調、平気?」
「ま、ぁ…てかなんで知ってんの」
「柔太朗に聞いた。教室覗いたら仁人いなくて。」
「うちにはどうやって入ってきたの」
「家の前で待ってたら昼休みでお前のこと見に戻ってきた仁人ママに会って入れてもらった。」
「あぁ…」
色々と話が繋がった。出迎えなんていらないから座れよ、という言葉に甘えてベッドに腰をかける。
「…ごめん。俺のせい、だよな」
静寂を破るように呟かれたその言葉に抑えていた感情がじわじわと上り詰めてくる感覚を覚える。罵倒の言葉や絶縁を言い渡す言葉を投げられる覚悟はしていた。だけどどこかで認めてもらえる、受け止めてもらえることを期待していたのかもしれない。いっその事罵ってくれた方がよかった。曖昧な優しさを見せてくれる勇斗に理不尽とはわかっていながらも腹が立つ。
「……ごめんってなに。こんな気まずい空気にした発端は俺じゃん。俺が後先考えずにお前を勝手に好きになって、じゅうや太智に後押しされて浮かれて告ってさ。それともなに、昨日の返事のつもりか?」
「ちょっ…じ、」
「同情の言葉ならいらねぇよ。気持ち悪いって、お前なんか好きじゃねぇって言えばいいじゃねぇか」
腿の上で色が変わるほど握られた拳の輪郭が歪んでみえる。息が上手く吸えなくて苦しい。水気を含む吐息がまとわりついて自分の首を絞めているようだ。
「……っとに、好きにならなきゃよかったのに。ごめんなぁ」
震えて出てきた本音は涙と一緒に垂れ落ちていく。零す嗚咽も、感情的になる涙も止められない。馬鹿の一つ覚えのようにごめんな、ごめんなと言葉を吐き出し続ける仁人を阻止したのは包み込まれる体温とあの、香りだった。
ーー勇斗に抱きしめられている
冷めきってしまった身体を暖めるような温もりは今の仁人にとって火傷しそうなほど熱くて波打つ鼓動が痛いくらいに早くなる。
「っ、んだよ、離れ…ろっ」
「ごめん、ごめんな仁人」
「だ、から謝るなってば…!」
暴れる仁人を宥めるように包み込む勇斗は自分よりも大きくて力強くて抵抗は敵わない。
「好き」
鼓膜を震わせる言葉に思考も、荒ぶる感情も全てが止まった。
「……好きだよ、仁人。だから、好きにならなきゃよかったなんて言うなよ…」
頼むから、と縋りにも近い言葉で紡がれた言葉にいよいよ思考回路がパンクする。諦めかけながらもどこかで望んでいたはずの言葉が上手く飲み込めなくて口から漏らす音に意味を持たせられない。
「な…は、ぃや…」
ゆっくりと身体は離れていくのに火照る体から熱が逃げることはなかった。肩を包まれて、合わさる視線はどこかで見たことある瞳をしていて。
「俺も、仁人のことがずっと好きだったよ」
ーーーずっと、好きなやつがいるんだよね
あの日、そう恥ずかしそうに、だけどどこか嬉しそうな瞳と同じだった。
「……こんな形で伝えるとかすげーなんというか、カッコつかないけどさ…俺の話、聞いてくれる?」
1歩引いて隣に腰掛けた勇斗はすこし顔を赤らめながら不安げに問いかけてきた。真っ直ぐ見つめられる視線をまともに受けれなくてただただ頷くことしか出来ない。安堵の笑みを零した勇斗はありがとう、と告げてからゆっくり話し始める。
「まず、昨日の言葉を謝りたい。まじで仁人の気持ちとか何も考えないで無神経なこと言った。」
本当にごめん、と深く頭を下げてくる。勇斗は昔から素直で律儀で嘘や言い訳を許さないような男だった。そこもこの男の魅力のひとつで自分も惹かれていた所なのだろう。
「周りを見てたら告白してるやつとかそこから付き合ってくやつらとか、そんなのばっかでさ。なんだろうな……無性に焦った。俺は仁人のことが好き。だけど…いや、だからこそお前には絶対幸せになってほしい。俺が幸せにするからって言えればよかったんだろうけどお前に拒絶されるのが、優しい仁人を俺で縛るのが怖くて結局言えなかった。」
弱かったんだよ、俺は。と珍しくしおらしい表情を見せる。大切だと思っているから自分で縛りたくない、なんて優しい男だろうと思う。
「だから俺は周りのヤツらみたいに、誰かと付き合えば仁人は幸せになれるんだって思った。俺自身は無理でもせめて応援してやることはできるって。でも結局それは俺のエゴでしかなくて、逆にお前を傷つけた。ほんと、馬鹿だよなぁ」
自嘲にも聞こえる笑みを零す勇斗はいつもなんでも完璧にこなす彼ではなく、恋愛に不器用なひとりの男だった。ため息をついたあと、ゆっくりと目線を合わせて丸い目を少し寂しげに細める。
「……苦しかった。仁人に好きなやついるって聞いた時、覚悟はしていたはずなのに選ばれた相手に馬鹿みたいに嫉妬した。俺の方がずっと、こいつと一緒にいたのに。仁人のこと知っているのに…って。それでも俺は応援するって決めたから…っ、そう言い聞か…せ、て」
細められた目を覆うように手を重ねれば表情はあっという間に見えなくなる。それでも震える肩や漏らす嗚咽から涙を零している事を理解した。もういい、痛いほどに気持ちは伝わったから、そう言ってやりたいけど口を開けばみっともない姿を見せそうで出来ない。
「っぁ〜、でもやっぱり、無理だわ。お前を好いてる他の輩を応援することなんてできない、俺だけをみて、俺だけの特別になって欲しい。なぁ仁人、俺はこんな醜い欲まみれのやつなんだよ」
カッコ悪ぃよな、と自分への罵倒を吐き捨てながら乱れる呼吸を少しずつ落ち着かせている。
ーーなんだ、同じじゃないか
同性愛が認められつつある世の中とはいえ未だ異色というレッテルが貼られる社会現状。相手のこと、周りのことを逡巡して自分の想いに蓋をして。あいての行動や発言一つ一つに勝手に傷ついて、相手を傷つけて。近くてもどこか遠い存在だと思っていた勇斗も自分と同じように不器用で空回りをしていた。
「…っ、じ、んと…?」
気が付けば手を伸ばして震える勇斗を抱きしめていた。らしくないな、と自分でも思うけど今はこの燻らせ続けた恋心を伝えたい。こいつが思っている以上に仁人は…いや、仁人だって執着心を持っている。
「…俺は、お前の隣に誰かがいるのは……いや、だ。3年の人に呼び出されたって聞いた時、クラスの女子が勇斗にこ、告白しようとしてる時…苦しかった。……っ、俺の方がずっと一緒にいたのに、って取られてくなくて」
抱きしめる力がぎゅう、と強くなる。
「……仁人」
震えた余韻で少し掠れている低い声が耳を擽って一気に熱を帯びた。ゆっくりと肩を掴んで合わせられる視線に今度は逃げることなく見つめる。その瞳は少し赤みがかっていて、それでも美しかった。
「……付き合おっか、俺たち」
着飾らない、真っ直ぐな言葉が唇から紡がれると凝りもせず涙が一筋頬を伝う。吸い込んだ息がひゅっと音を立てて喉を通り吐き出す息は嗚咽となって溢れ出た。
「もー、仁人昨日から泣きすぎ。可愛い目がまた赤くなるだろ」
目尻を濡らす涙を拭う親指は暖かくて心地良くて。添えられた大きな手を握って頬を擦り寄せる。
「……勇斗も、泣いてる」
「そりゃぁ、まぁ。長年の想いが通じたわけだし?」
「うん」
幸せを噛み締めるようにうん、うん、と言葉を漏らす。
「仁人」
「ん」
「……キスしたい」
突然の言葉に虚ろになっていた意識も一気に覚醒する。ばっと顔をあげると慈愛の込められた瞳の奥に欲情が燃えているようにも見えた。
「…っは、え…はや、くない」
「俺はずっとしたかった」
ギシリ、と音を立ててベッドから立ち上がり仁人の正面に立つ勇斗。
「ちょ、ま、風邪…!うつる…から」
「仁人からの風邪なら気にしない」
「そうじゃなくて…!」
「一瞬だけだから、ね?」
ゆっくりと、近づいてくる勇斗の顔に抵抗する術が思いつかなくてぎゅっと目を固く瞑る。力を入れすぎて体が軽く震えているのを自覚した。ふっと一瞬笑った勇斗の吐息が顔にかかるのを感じて、ああ、本当にキスをするんだと、俯瞰する。
ちゅ、と一瞬の熱を感じたのは唇ではなくて額で予想外の出来事に強ばっていた体が脱力して目を開ける。
「え……なん…」
なんでおでこに、という問いかけは顎を掬われて奪われた口付けによって封じられた。一瞬にして視界も鼻腔を擽る匂いも勇斗でいっぱいになって顔が熱くなる。話の通り、唇が触れていた時間はほんの一瞬で熱が離れていく。ゆっくりと開かれていく色気を纏う瞳と視線が合って思わず目をそらした。無意識に口元を抑えて顔ごと伏せ込む。
ーーーやばい、恥ずかしい
ゆっくりと背中を撫でる感覚にびくり、と身体を震わせる。
「…かぁわいい」
「……かわいくない」
「かわいい、可愛いよ仁人」
「〜〜っ、うるさ、」
勢いで顔をあげるとそれを見計らったかのように肩を押されて気が付けば背中に柔らかい感触。カーテンから漏れる昼の日差しは覆い被さる勇斗によって遮断された。
「………大好き、仁人。一生離さないから」
覚悟してね、と首元に埋め込まれた顔が擽るように刺激をしてくる。緩くリップ音を立てる勇斗を受け止めて熱いほどの愛情を享受していく。
「…っん、俺も……」
ーーー大好き
その言葉は重ねられた唇に飲み込まれる。
長年すれ違っていた恋路のスタートを告げるようなチャイムの音が遠くで響いていた。
コメント
2件
尊い…!!!💗💗💗

続き待ってました~🩷💛