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『よっしー』
『体調大丈夫?現文の授業でテスト範囲出たから送っとくわ』
『あとはやちゃんがよっしーの家向かったと思う』
『頑張って』
「……言うのが遅せぇよ…」
「なに、どしたの」
無機質に通知音が鳴る携帯を手に取る。メッセージには自分の体調を心配するものと勇斗が訪問することを忠告する通知。ことが治まってから送られてきたメッセージに思わず毒を吐いた。ガチャ、と扉が開いてお盆に湯気が立つお粥とゼリーを載せた勇斗が部屋に入ってくる。見慣れた皿の横には薬と桃のゼリーも乗せられていて風邪を拗らせている仁人に対する気遣いが手厚い。
「別になんでもない。つかごめん、客人をこき使うようなことして」
「気にするなって。俺が早く仁人に風邪治してもらいたいだけだから」
朝から何も口にしていなかった身体は素直に栄養を求めて用意してもらった食事を温め直そうと立ち上がると勇斗がそれを阻止した。長年の付き合いだとはいえ流石に気が引けて断るもこういう時くらい甘えておけ、と年上らしく頭を撫でられては大人しく従ってしまう。とはいえ、勇斗がここまで仁人の回復に拘る理由がわからなくて首を傾げた。
「そんな何か大事なイベントでもあったっけ?」
ダンスの発表、学校のイベント、定期テスト…どれを思い出してもパッとこれといった行事が思いつかない。
「いや別に何も無いけど…」
お盆を机に置いた勇斗が仁人が座るベッドに近寄ってくる。真正面に向き合って伸びてきた手が仁人の髪の毛を掬って耳にかけた。掠める指が擽ったくて思わず身を捩る。
「……風邪治してはやく仁人とキス、したいじゃん?」
少し低い声で囁くように言葉を吐かれて耳だけではなく顔が熱を帯びるのは仕方の無いことで。
「ふは、じんちゃん顔真っ赤。かぁわいい」
「〜っるさい、ご飯食べる…」
勇斗の手を振り払ってから椅子のキャスターを引いて荒っぽく腰をかける。目の前の男は仁人がぐるぐると考えていたことがバカだと思わせるような突拍子もないことを考えていやがる。火照った顔はおさまることを知らず目の前にある水を一気に喉へ通した。
「…いただきます」
「はいどーぞ」
飾られた梅干しを軽く潰して赤く滲んだお粥を口に入れる。薄味だけど優しい米の甘さと僅かな塩気が口の中に広がり身体が喜ぶのを感じた。
「おいしい?」
「……おいしい、けど」
「それはよかった」
「……」
ご飯は美味しい。ただ、斜め後ろで腰掛けた勇斗からの熱視線を感じては食べにくい以外の言葉が出ない。携帯でもいじっていればいいものを何をするでもなく無言で食事をする仁人を眺めている。
「……食べにくいんだけど」
「え〜だって可愛いから」
「意味わっかんね…」
ストレートな言葉を投げる勇斗に抱く恥ずかしさを誤魔化すように勢いのまま口に入れた米は思いの外熱くて思わず口からスプーンごとだしてしまう。
「あちっ…」
「ああもう、じんちゃん大丈夫?」
ギシリと音を立てて仁人の横に立って覗き込むように顔を合わせてくる。溶けたような瞳に見つめられては保てる虚勢もがらがらと音を立てて崩れていく。
「っ、大丈夫だから、近い…!」
「ほら、かして。俺が食べさせてあげる」
こぼさないようにと掲げた器は抵抗の余地もなく奪われてしまった。
「いや、いいっ、ほんとにいいから!」
「だってまた熱くて火傷したら大変でしょ。はいあーん」
いやいやあーん、じゃないのよ。いい歳した男子高校生がひとつ年上の男にご飯をたべさせてもらうだなんてあまりにも滑稽だ。
「じーんちゃん、ほら口開けて」
頑なに口を開かない仁人に対して勇斗の口によって冷まされたレンゲが押し付けられる。
「じんちゃん、いい子だから食べて」
「自分で食べれるからいいってば…!」
互いに譲らない攻防戦を繰り返す間、時間だけが刻々とすぎて行く。
「仁人…」
レンゲが視界から消えて諦めたのかと思えば低く名前を呼ばれた。
「なに…」
「諦めてこれを食べるか、ここにちゅーするかどっちがいい?」
「っは?!」
諦めの色を見せるどころかにっこりと笑顔を貼りつけてとんとん、と唇を指さす。とんでもない提案をしてくる目の前の男に思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「ほ〜ら、早く決めて」
「いやいや、意味わからないし…!風邪、うつるって…」
「さぁ〜ん」
「ちょ、っ勇斗!」
「にぃ〜」
「俺の話きけよ!」
「い〜〜〜〜ち」
「っ…ああああもう、ひとくちだけ、だからな…!」
あ、と口を小さくあけて合わせる目もなくぐっと視界を閉ざす。ひとつ笑いのような吐息を零してゆっくりと口の中に米が放り込まれた。ゆっくりのレンゲが抜かれていき咀嚼をする。目を開けると満更でもなさそうな表情を浮かべた勇斗と視線があって思わず逸らした。
「おいしい?」
「……ん」
負けた。掲げている自尊心が勇斗に絡み取られて崩されていく。ありえないし、恥ずかしいとも思う。だけどそれを本気で嫌だと感じないのはきっと仁人が勇斗に惚れているからなのだろうか。いい子、とふんわり微笑む勇斗はひと口だけ、の約束通りそれ以上に求めることなく食器を仁人の目の前に置いた。
「そういやさ〜」
「…んだよ」
次はなんだ。風邪のせいか、この男のせいか、いつも以上に疲弊した頭はまともに機能していない。今度はどんな要求が飛ばされるのか。
「あれって俺へのものだって、自惚れていい?」
勇斗が指さす方へ視線をやるとくたった紙袋がひとつ。貼られたメモには滲んではいるもののしっかりと『勇斗』の文字が綴られいる。
「あ…っいや、あれは…」
「ん〜?」
「そ…う、だけど…」
「だけど?」
「お…美味しいか分からないし、その、雨濡れたあと、そのまま放置してたから…」
中身はテープ付きの個包装でびったり止めているから余程の事がない限り雨で濡れるような心配もないけどこの場で渡すのも少し躊躇って下手な言い訳を零す。
「え〜でも舜太たちにはあげたんでしょ?」
「なんでそれ…」
「ストーリー、あげられてる」
差し出された画面には柔太朗と舜太が嬉しそうに肩を組む写真が1枚。手元には今目の前にあるものと同じ紙袋が掲げられていてご丁寧にテキストに『ありがとう!美味しかったよ!』の文字とメンションだなんて残されれば仁人があげたものだとひと目でわかる。
「俺だけ仲間はずれ〜?」
「そ、ういうわけじゃ…」
「俺さ、好きな子から貰うバレンタインってずっと夢だったんだよ。ねぇ、だめ…?」
なかなか踏ん切りがつかない仁人に対して儚げな表情を浮かべて、いつもはつり上がっている眉をさげる。
「……その言い方ずるいだろ」
不味くても文句言うなよ、と1つ敗北の息を吐いて紙袋を手繰り寄せた。丁寧にピンクのリボンが施された袋を取り出す。閉じられたビニールの封を開けて中身に問題ないか確認する。匂いや見た目も特に異常はなさそうで渡せるもの、と判断した。ショコラベースのケーキを手に取り紙フィルムを剥がして勇斗の口元に持っていく。
「え、ちょ、まっ」
「……食わねぇの」
「食う!食うけど!何、これなんのご褒美?」
普段から戯れ合いの類を避ける仁人がケーキを食べさせようとしている。この異常行動に勇斗は激しく動揺しているようで投げられる早口言葉は8割何を言っているのか分からない。いつも振り回されて不意をつかれて弄ばれる側からすればなかなかに面白い光景だ。
「い、いやならいい…けど」
とはいえ、少しずつ自分の行動への恥ずかしさが勝ってきて差し出した手を引っ込めようとした手をぐっと引き寄せてケーキにかぶりついてきた。ケーキの上に絞られたクリームが唇の端に付いてゆっくりと舌で舐め取られていく。よく見る光景のはずなのにやけに妖艶で心臓が跳ねる。先程の仕返しを、と思っていたのに結局こっちが恥ずかしくて顔を伏せてしまった。
「…んま」
「そ、れはよかった…です」
「っふは!なんでじんちゃんの方が照れてんの」
楽しそうに笑われて黙り込む。しばらくの間笑い続ける勇斗にいつまで笑ってんだよ、と睨みつけるも表情を見た瞬間言葉を失った。
「は〜…どーしよ、俺まじで幸せだわ」
覆われた手からはみ出て見えるその顔はダンスで賞をとった時、パフォーマンスの場が決まった時とはまた別の、だけどそれに似つかしい『幸せ』とひと目でわかる表情で吐こうと思った毒も飲み込んだ。
「…ニヤケすぎだろ」
「好きな人と付き合えてニヤケない奴はいません」
「吹っ切れやがった」
「仁人は?やりたいこと、ないの?」
恋人ができたらやりたかったこと。叶わないと思っていたから想像たことなかったけど頭の片隅にいるまんがやドラマのシチュエーションを思い起す。
夏祭り、クリスマス、イルミネーションも見に行ってみたい。夏休みに終わらない宿題を片付けて、休憩にはアイスを食べる日常も特別になるんだろうな。
ああ、夏祭りでは格好つけて浴衣なんて着て花火をながめるのいいかもしれない。
ーーあとは……
「……じんちゃんもニヤケすぎじゃなーい?」
「は、」
意地の悪い顔で覗き込むように視線を合わせてくる勇斗に指摘されて頬を抑えると緩みきっているのが嫌でもわかる。完全に無意識だった。
「俺とやりたいこと想像してニヤケちゃったの?人の事言えないよ〜?」
「う、うるさい」
「で、なにしたいの?」
「そんな面白いことなんて考えられないけど…」
「いいじゃん」
「……夏祭り行ったり、イルミネーション見に行ったり、したい…かなって」
「絶対楽しい。行こう」
「あとは……」
「うん」
「……いっぱい、ぎゅーってしたり、くっついたり、して……ほし…い……かも…なんて……っ、ごめん、これはなし」
咄嗟に出てきた取消の言葉を投げてから勇斗に背を向けて少し温くなった茶碗に手をつける。ぼすん、と音がしてちらりと後ろを盗み見すると頭ごとベッドに突っ込んでじたばたと暴れる勇斗がいる。ふわふわの髪の毛から除く耳は分かりやすく赤みを帯びていた。
「〜〜ぁぁぁぁ……!!!なに、可愛すぎる、俺の仁人が可愛すぎるんですけど!!!」
突然布団に向かって叫ぶ勇斗に思わず吹き出す。ああ、好きな人と結ばれるってこんな気持ちなんだ、なんてまるで他人事のように考えてしまう。
「勇斗」
「ん〜?」
一瞬陰っていた太陽の光がカーテン越しに差し込んできて黒髪をきらり、と照らす。
暴れたせいですこしボサボサになった髪も
仁人と目が合った瞬間瞳を丸くして視線を泳がせる所も
空いた口が塞がらなくなるところも。
「……好き、だいすき」
ずっと言いたくて、だけど言えなくて。
昨日も曖昧に投げてしまった言葉を確かに音に乗せる。
「…俺も、大好きだよ」
慈しむようなくしゃりと笑ったその顔を見れば多少の困難も乗り越えられる、そんな気がした。
コメント
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素敵なお話しありがとうございました😊フォローさせてもらいました😃


ちゃ
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