テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
アンコールの歓声が、まだ耳の奥で反響している。全身が火照ったように熱くて、心臓はさっきまでのパフォーマンスを引きずって、ドクドクと音を立てていた。
楽屋のドアが閉まる音と同時に、ひなたくんは深くソファに沈み込んだ。
「あ~~、終わったぁ~~っ!」
声には疲れが滲んでいるのに、その顔はどこか満ち足りていた。
その様子を見て、私はほっとしたように微笑む。
タオルを持って近づき、ひなたくんの額の汗を拭ってやると、彼はくすぐったそうに目を細めた。
「へへっ、あんずさん、やさし~」
「頑張ってたもんね、ひなたくん。すごくかっこよかったよ」
そう言うと、ひなたくんはぱちりと目を開けて、いつもとは違う、まっすぐな視線を向けてくる。
「……ほんとに?」
「うん。本番中、ステージのひなたくんを見てたら、涙が出そうになったくらい。表情も、歌も、ダンスも……全部が輝いてた」
その言葉に、頬がわずかに赤く染まったように見えた。
「そんなに褒められると照れるな~。でも、そう言ってもらえるの、すごく嬉しい」
「あなたが一番輝いてる瞬間を見られるのは、プロデューサーとしても……恋人としても、誇りに思うよ」
「……っ、もう、あんずさんずるいってば」
ひなたくんは立ち上がると、汗で少し湿った髪を手でかきあげながら、そっと私の手を取る。
「ありがとね。今日までいろいろ準備とかスケジュールとか、いっぱい頑張ってくれたでしょ。……ちゃんと見てたよ、俺」
「私は……ひなたくんのためなら、なんでも頑張れるから」
その言葉に、ひなたくんはふっと微笑んだ。
けれど、どこか寂しげな表情が混じる。
「ねえ、あんずさん。俺さ、今日のステージ、すっごく楽しかったけど……終わった瞬間、ちょっとだけ、心細くなったんだ」
「え……?」
「光の中にいた時間が、夢みたいだったから。……だから、楽屋に戻ってきて、最初にあんずさんの顔見た時、ホッとしたんだよ」
彼の指が、ぎゅっと私の手を握る。
「オレがどんなに頑張っても、どんなに笑っても、心の奥にひとりぼっちの気持ちがあるの、知ってた? でも、あんずさんがそばにいると、その気持ちが少しずつ、なくなってくんだ」
私は、彼のその言葉に、胸の奥がじんと熱くなるのを感じた。
それは、彼が本音を打ち明けてくれたことへの感動であり、彼の不安に寄り添いたいという想いからくる痛みだった。
「……私は、どんなときもひなたくんの味方だよ。たとえステージの上でも、下でも。光の中でも、陰の中でも」
「……ほんと、ずるいんだよ、あんずさんは」
そう言った瞬間、ひなたくんはすっと近づいて、私の額に唇をそっと触れさせた。
一瞬で心臓が跳ね上がる。
「プロデューサーへのご褒美。今日のライブ、最高だったでしょ?」
「……ずるいのはひなたくんのほうだよ」
ふたりは顔を見合わせて、同時に笑った。
楽屋の中、もう誰もいないこの静かな空間で――ふたりの時間が、ゆっくりと流れていた。
「これからも、何度でも最高のライブ見せてあげる。だから、ずっとそばにいてね。あんずさん」
「……うん、絶対そばにいる」
その約束は、ステージの歓声よりも、ずっと深く響いていた。