テラーノベル
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ねこむすび
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「はい、4班。デリカ、バッテリー上がり。原因見つけて」
大塚が2009年式の白いD:5の前でバインダーを閉じた。
166センチほどの背丈で、この前、黒森で会った真希よりは明らかに低い。美帆さんと並べば、だいたい同じくらいだろう。学校指定の実習着姿でも、すっきりした輪郭と目鼻立ちの整った顔はよく目についた。
「昨日の夕方までは普通に動いてるから。あとはお願いね」
大輝は4班のスペースへ入り、開け放たれたボンネットの下を覗き込んだ。フロントフェンダーに掛けられた群青色のカバーへ、学校指定のツナギの袖が擦れる。
「じゃ、俺、配線図と整解取ってくる」
陽斗が教卓横のラックへ向かった。
同じツナギを着ていても、陽斗は妙に縦に長く見える。肩と腰の位置が高く、上段のファイルにもほとんど腕を伸ばすだけで届いた。髪は黒に近いダークブラウン。実習中に何度か触ったのか、前髪が少しばらけている。
「昨日まで動いてたなら、どうせオルタだろ。夜の間に使い切って終わり。ガソリンのD:5なら定番じゃん」
木村がツナギの腰ポケットへ両手を突っ込み、大輝の横からエンジンルームを覗いた。
「ま、とりあえず測ってみようぜ」
大輝はD:5から離れ、壁際の共用工具棚へ向かった。
棚からバッテリーテスターを手に取り、車両へ戻る。赤いクランプをバッテリーのプラス端子へ、黒をマイナス端子へ取り付けた。
液晶が点灯する。
ちょうど陽斗が配線図と整備解説書を抱えて戻ってきた。
「端子電圧から見る?」
「そだな。システムまで見てえじゃん」
大輝はテスターの表示を確認した。
「12.1」
「抜けてんな」
陽斗が画面を覗き込む。
「ジャンプしてここまで回送したんだろ。一回かけよう」
大輝はテスターを接続したまま運転席へ回った。
ブレーキを踏み、イグニッションスイッチを回す。
セルモーターがやや重く回ったあと、4B12が始動した。細かな振動がシートから腰へ伝わる。
「どう?」
大輝は開けたウインドウから訊いた。
「14.2」
陽斗がバッテリーテスターを見たまま答える。
「木村、ライトとリアデフォッガー。エアコンも最大」
「はいよ」
木村が助手席側から手を伸ばした。
ヘッドライトが点き、ブロワーの音が一気に大きくなる。
「14.0」
陽斗が言う。
「ほとんど落ちない」
大輝はエンジンを止めた。
車外へ出ると、木村が腕を組んだ。
「オルタは生きてんだよな。だとしたら電装系か?」
「それっぽい。暗電流測ってみるか」
大輝はバッテリーテスターのクランプを端子から外した。
テスターを共用工具棚へ戻し、ロールキャブからDCクランプメーターを取り出す。
数分後、ダイヤルを直流電流へ切り替え、トリガーを何度か握った。ゼロアジャストを押して表示を戻し、バッテリーのマイナスケーブルをクランプで挟む。
「……0.42」
陽斗が横から液晶を見る。
「420ミリ?」
「そう」
「多いな」
木村も覗き込んだ。
「普通、数十だろ」
「4班、どう?」
大塚が戻ってきていた。
「暗電流、420ミリアンペアです」
大輝が答える。
「420?」
大塚がメーターを覗き込む。
「充電電圧は負荷掛けても14V出てたんで、電装系が怪しいかなって」
「ああ。じゃあ、そっち追ってみて」
大塚がそれだけ言って、また奥のラインへ歩いていった。
「どっか起きっぱなしなんかな」
陽斗が配線図を開く。
「たぶんね。ぱっと見それっぽい電装品はついてなさそうだし」
「ヒューズから見てみるか」
大輝はメーターの表示へ戻った。
「木村、悪いけど一本ずつ抜いて」
「エンジンルームから?」
「そう。俺こっち見る」
「へいへい」
木村が右奥のヒューズボックスを開けた。
ラジオペンチで一本摘む。
「15アンペア、フロントフォグ」
「420」
「7.5、エンジン」
「420」
「20、オートマ」
「420」
抜いて、見る。
戻して、次。
数字はほとんど変わらない。
エンジンルーム側を一通り終えた木村が腰を伸ばした。
「何も変わんねえ」
「室内行こう」
陽斗が助手席側へ回り、グローブボックスを開けた。
ストッパーを外し、助手席の足元へ上半身を差し込む。184センチの身体ではさすがに窮屈そうで、片膝を外へ逃がしながら腕を奥へ伸ばした。
「これ狭いな」
「陽斗にはな」
「うるさい」
爪が外れ、グローブボックスが下がった。
陽斗が足元から顔を出した。
「木村、大事な仕事だ」
「嫌な予感しかしねえ」
大輝は吹き出し、フェンダーに手をついたまま肩を揺らした。
「ラジペン貸して」
木村が持っていたラジオペンチを陽斗へ渡した。
「何から行く?」
「電装系っぽい所から抜いてくから」
陽斗が助手席の足元へ戻りながら、エンジンルーム側にいる大輝へ声を掛けた。
「大輝、数字見てて」
「オッケー」
大輝はマイナスケーブルを挟んだクランプメーターへ視線を戻した。
木村がロールキャブの上から配線図を取り上げ、室内ヒューズの一覧へ目を落とした。
「上から全部じゃなくていいだろ。まずアクセサリーソケット」
「何アンペア?」
「15」
陽斗がラジオペンチの先をヒューズへ掛けた。
「抜くよ」
ヒューズが外れる。
「420」
大輝が答えた。
「戻して。次、ルームランプ。10アンペア」
「はい」
抜く。
「420」
「変わんねえな」
木村が配線図へ指を滑らせた。
「じゃあ、コントロールユニットリレー。7.5」
「これ?」
「それ」
陽斗が茶色いヒューズを摘み、引き抜いた。
大輝は液晶を見た。
「……15」
「え?」
木村が顔を上げる。
「15ミリアンペアまで落ちた」
「そこか」
木村が配線図を持ったまま助手席側へ寄った。
陽斗も足元から身体を起こす。
「8番だよな」
「うん」
木村が配線図の該当箇所を指で押さえた。
陽斗の指が該当するヒューズから線を追った。
途中で何本にも分かれている。
「ETACS|《エタックス》だけじゃないな」
「ルームランプ、キーレス……」
陽斗がページの下へ指を滑らせる。
「スライドドアもか」
「じゃあこの先全部見るの?」
木村が覗き込んだ。
「全バラ?」
「いや、まだ」
大輝は配線図へ顔を寄せた。
8番から分岐した線を目で追う。
「8番?」
大塚の声がした。
大輝は配線図を指で押さえたまま、顔だけそっちへ向けて答えた。
「抜いたら15ミリアンペアまで落ちました」
「何系統?」
「ETACSとスライドドアとか、常時電源が何本かです」
大塚は配線図を一度見ただけだった。
「そのまま続けて」
足音が離れていく。
大輝はページへ視線を戻した。スライドドアECUまで線をたどり、入力の欄で指を止める。
「陽斗、これ見て」
「ん?」
「スライドドアECUの入力」
陽斗が肩越しに覗く。
「開閉信号、ドアハンドルからしか来てないよな」
「この図だとね」
「リクエストスイッチは?」
「スイッチ?」
陽斗がページを見直した。
「……ない」
「だよな」
「この年式のこの仕様、リアに設定なかった気するけど」
「でも付いてんだよな、これが」
大輝はD:5の横へ目を向けた。
開け放たれた助手席側スライドドア。その外側のハンドルに、黒い長円形のゴムスイッチが埋め込まれている。
周囲の樹脂へきれいに収まっていて、知らなければ最初からそういう仕様だと思いそうだった。
陽斗も実車を見る。
「……ほんとだ」
陽斗はそのまま車の反対側へ回り込み、運転席側のスライドドアを開けた。
「こっちにも付いてる」
「図面にないじゃん」
「他グレード流用?」
「か、社外」
大輝は配線図と実車を見比べた。
「どっちにしろ、ここだけ図面と違うんだよ」
「内装探ってカプラ切ってみる?」
「とりあえず、カプラ探そう。左右とも」
「どの辺?」
「足元。スカッフプレート外した奥にまとまってるはず」
「了解。俺こっちやるわ」
陽斗が運転席側のスカッフプレートへ指を掛けた。
「木村、そっち頼む」
「へいへい」
木村が助手席側の開口部へしゃがみ込み、スカッフプレートの縁へ指を差し込む。
バキ、とクリップの外れる音が、左右で続けて鳴った。
「硬っ」
「割んなよ」
「分かってる」
陽斗は端から順にクリップを外していき、スカッフプレートを丸ごと抜き取って床へ寝かせた。外した跡の奥、カーペットの縁の下にハーネスの束が通っている。陽斗はそこへ腕を入れた。
「あった。D-3、黒の6極。隣にD-4、黒の10極」
木村も助手席側のスカッフプレートを外し切り、足元へ置いた。
「こっちもある。D-113、黒の10極と、D-114、黒の6極」
木村がスカッフプレートを外した奥を覗き込んだまま言った。
「木村、先に8番戻して。そっから1個ずつ抜いてく」
「はいよ」
木村が助手席の足元へ手を伸ばし、ヒューズを差し戻した。
大輝はエンジンルームへ戻り、マイナスケーブルを挟んだクランプメーターを見る。
「420。戻った」
「じゃ、右から。D-3抜くよ」
陽斗の声がして、カチリと小さな音がした。
「420」
「戻して、D-4」
「420」
「変わんねえ。こっち戻した」
「木村、D-114」
「抜いた」
「420」
「じゃあ、D-113」
木村が10極のカプラのロックを押し込み、引き抜いた。
大輝は液晶を見た。
「15」
「落ちた?」
陽斗が運転席側から顔を出す。
「落ちた。左だけだな」
大輝はクランプを外した。
「先生」
大塚が隣の班から顔を向けた。
「後付けのスライドドアのリクエストスイッチっぽいです。左右に付いてて、左のD-113カプラ抜いたら15ミリまで落ちました。右は抜いても変わんないです」
「スイッチ?」
「ドアパネルバラしてないんで、本体か配線かはまだ見切れてないっすけど」
大塚が壁の時計を見た。
「そこまででいいよ。元に戻して、片付けて」
「はい」
「うわ、ETACSだと思ったのに……」
木村がラジオペンチを工具箱へ戻し、しゃがんだ姿勢から立ち上がった。陽斗と並ぶと頭ひとつ低い。
「ドンマイドンマイ」
大輝は歯を見せて笑い、木村の背中を軽く叩いた。
陽斗が外したスカッフプレートを元へ合わせながら、木村を見た。
「木村、今日この後空いてる?」
「今日バイトなんだよ。悪いな」
木村がヒューズボックスの蓋を閉じた。
陽斗の視線が大輝へ移った。
「……お前は忙しいよな」
「いやいやいや。俺の予定、一番把握してるだろ」
大輝は左のカプラを元の位置へ戻した。
「職場の人とプライベートで顔合わすのは複雑じゃね?」
「大丈夫だから。……てか、美帆さん絡みだろ」
「お、正解」
陽斗がスカッフプレートを押し込んだ。
「美帆さんの友達と飲み会なんだけど、お前そういうのやる気ないっしょ?」
「明日学校あるしな」
「だから軽め。俺ハンドルキーパーだし」
「……それなら俺顔出すわ。何時からだっけ」
「6時。寮戻ってシャワー浴びても十分時間あるっしょ」
実習終了のチャイムが鳴った。
大輝はフェンダーカバーを外して畳み、ボンネットを下ろす。ロックの掛かる鈍い音が実習場へ響いた。
陽斗が配線図と整備解説書を二冊まとめて抱える。
「これ戻してくる。飯、食いに行こうぜ」
「いいよ」
工具を確認してロールキャブの引き出しを閉める。
手を洗って実習場を出る。乾ききらない指先に、廊下の昼の光が当たった。
コメント
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第2話読みました!自動車整備の実習、バッテリー上がりの原因を暗電流から特定していく過程がめちゃくちゃ丁寧で、班の3人の連携プレーにワクワクしました。図面にない後付けスイッチに辿り着いた時の「そっか!」感が気持ちいい…。陽斗と木村の掛け合いも好きです。最後の乾ききらない指先に昼の光、っていう一文がめちゃくちゃエモい。飲み会の話も気になるので続き楽しみにしてます!