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正直、本当にじらいちゃんが居るだなんて思っていなかったので、心の準備なんてものもろくに出来ていないのだが、今ここで話し合わないとじらいちゃんはまた僕の元から離れてしまうかもしれない。またこんな寂しくて辛い思いをしながら探すくらいなら、今話し合った方がましだ。 そう思い、覚悟を決めてじらいちゃんの方を真っすぐと見つめる。
しかし、意気込んだは良いものの、どちらからどう切り出せばよいのか分からず沈黙が流れる。
かるてっとさんは僕たちがちゃんと話し合えるようにか、自室の方へ戻っていった。いよいよ二人きりになり、無言の張りつめた空気に僕の方が耐えきれなくなってしまった。
「……部屋に置いてあったお花、秋明菊ですよね? 花言葉、調べました。じらいちゃんはもう、僕のことなんて好きじゃないですか? ……僕への愛は、薄れましたか?」
「違う! そんなわけない!」
「じゃああの花はなんなんです?」
「……そうじゃない。はこたろーさんへの愛は変わってないよ」
「まさか花言葉を知らなかったとでも?」
「……っ愛が薄れたのははこたろーさんの方だろ?!」
じらいちゃんは箍が外れたように、荒い口調でまくしたてる。
「自室に籠って通話してばっかりで、たまに俺と話しても他のメンバーの話しかでなくて。……同じ家に暮らしてるのに、顔を合わせるのなんてご飯食べるときくらいだったじゃん!」
まさかじらいちゃんがそんな風に思っていただなんて想像もしていなかった。
なんて返事をしたらいいのか分からず、つい黙ってしまう。
じらいちゃんは、俺が何も答えないのを肯定と受け取ってしまったのか、諦めたような、生気のない声で話し始める。
「……やっぱり、否定しないってことはそうなんだね。他の人の方が良くなったの?」
「っ違います!」
せめてそこだけは否定したくて、言葉を失っていた口を必死に動かす。
「今更そんな風に言わないでもいいよ。じらいちゃんじゃダメだったんでしょ? じらいちゃんじゃはこたろーさんの一番には、大切な人には、なれなかった」
否定したいのに、上手く言葉が出てこない。黙っていてもじらいちゃんをもっと傷つけてしまうだけだと分かっているのに、頭が上手く回らない。
「ねえ、最後に一つだけ教えて? はこたろーさんの愛が薄れていったのは、いつから? ……それとも、最初から俺に愛なんてなかった?」
ここで否定しなければ、じらいちゃんは本当に僕から離れて行ってしまう。
そう感じた瞬間、今までなぜ言葉が出てこなかったのかが不思議なくらい、すらすらと言葉が浮かんできた。
「……嫌です」
「そっか。もう俺の質問に答える気なんてないってこと?」
「そうじゃなくて。じらいちゃんとここで最後になるなんて、僕は絶対に嫌です。そもそも、僕の愛は薄れてないですし、むしろじらいちゃんと一緒に時を過ごすたびに自分で制御できないほどに増していっています」
「嘘つかないで! 他の人の話ばっかりしたのも、全然俺と顔合わせなかったのも事実でしょ!?」
「僕はゲームをしないですから、じらいちゃんと共通の話題が実況のことくらいしか思いつかなくて、必然的にメンバーの話が多くなっただけです」
「自室に籠ってばっかりだったのは?」
「それは……申し訳ないと思っています。最近は体調が良かったので今のうちに、と思ってつい編集をやりすぎていました」
「―ッじゃあ、通話をあんなにしてたのは? はこたろーさんゲームしないからあんまり通話しないんじゃないの?」
「僕は男性とお付き合いしたことがないので、出来るだけじらいちゃんを傷つけないようにと思って、兄さんとかかるてっとさんから話を聞いていたんです。それでじらいちゃんを傷つけていただなんて本末転倒でしたね。すみません……」
「……でも、俺のこと明らかに避けてたでしょ?」
「それは……今度の記念日、じらいちゃんもお仕事休めそうだって言っていたでしょう? だから、二人でどこか出かけようと思っていたんです。早く誘おうと思っていたんですけど、じらいちゃんを目の前にすると緊張してしまって……自分のなかでちゃんと誘う決心がついてから、と思っていたんです」
「……早く誘ってくれればよかったのに。普段は普通に話してるのになんで緊張しちゃうの」
「今まで記念日は家で過ごすことが多かったでしょう? だから、じらいちゃんは家で過ごす方が好きなのかと思って、本当は誘おうかどうかも迷っていたんです」
「じらいちゃんがはこたろーさんに誘われて断るはずないでしょ?」
じらいちゃんは、さっきまでの鬼気迫った雰囲気はどこへ行ってしまったのかと思うくらい、頬を膨らませて怒ったようないじけたような可愛らしい表情を作っている。
そのじらいちゃんの表情があまりにも可愛らしくて、つい笑ってしまう。それにつられてじらいちゃんも笑いだし、さっきまでの張りつめた空気が明るく塗り替えられていく。
じらいちゃんは一度深く息を吸うと、最後の確認だとでもいうように、しっかりと、しかしどこか不安そうな声で問うてくる。
「俺への愛は、薄れてない?」
そのじらいちゃんの不安を拭うように、はっきりとした口調で答える。
「あたりまえです」
「……ごめんなさい。勝手に勘違いして、勝手に出てっちゃって」
「こちらこそ勘違いさせるような行動をして、じらいちゃんを傷つけてしまって申し訳ないです」
じらいちゃんはやっと安心してくれたのか、緊張で固まっていた体を崩し、こちらを向いて微笑んだ。
ふたたび二人の間に沈黙が流れるが、さっきのような重苦しい沈黙ではなく、お互いがお互いを信頼しきっている、そう思えるような心地よい空間だった。
じらいちゃんは、思い出したかのように急に立ち上がり「かるてっとさん呼んでくる!」と言って部屋の方へ向かってしまった。
僕は今のうちに、と思いじらいちゃんを探すのを手伝ってくれた人たちに連絡する。
正直、恋人がいなくなっただけで自分がここまで取り乱すだなんて、じらいちゃんと付き合う前の自分では想像もできなかった。
じらいちゃんじゃなかったら、確証もないのにかるてっとさんの家に来るなんてことしなかっただろう。
いつのまにか自分の中でじらいちゃんという存在が、何物にも代えがたいものになっていたのだと気づかされた。
改めてかるてっとさんにお礼を言い、じらいちゃんと一緒に二人の家へ帰る。
じらいちゃんと夕飯の話や、次の記念日の話など、どうってことない会話をしながら歩く。確かに、最近こういった話をしていなかったかもしれない。
無理に話そうとしなくても、じらいちゃんとなら沈黙も心地よいし、幸せだと感じる。こう思わせてくれる人に出会えるだなんて、前世の僕は相当得を積んだのだろうか?
そんな馬鹿げたことを考えながら歩いていると、少し先に小さなお花屋さんが見えた。今日のことを忘れないためにも、お花を買うのもいいかもしれない。いつも記念日に贈ることしかしないから、たまにはこういう日があってもいいだろう。
「じらいちゃん、帰りにお花屋さんに寄っていきませんか? よければ千日紅を買いたいんですけど……」
千日紅の花言葉は「色褪せない愛」。じらいちゃんはきょとんとした後、嬉しそうに顔をほころばせて、勢いよく頷いた。
この人となら、辛い思い出だって素敵な花として記憶に残っていく。いつか、貴方との思い出で、美しい花束が作れますように。