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翌朝、出勤する杉野さんと共に部屋を出た私はマンションの前で彼と別れる事に。
「あの、お世話になりました」
「全然。それよりも、本当に大丈夫?」
「はい、大丈夫です。それじゃあまた」
別れる直前まで心配してくれる彼に「大丈夫」と笑顔を見せ、駅の方へ向かって歩いて行こうとすると、
「――小西さん」
杉野さんに呼び止められ、「これ」と言いながら何かを差し出して来た。
「これは?」
「お守り。まあ、気休め程度なんだけど……もし、どうにもならないくらいに辛い事があったら、このお守りに向かって願いを口にしてみて? それと、なるべく肌身離さず持っていて欲しいんだ」
渡してくれたのはピンクの生地に《御守》と書かれた、何処かの神社の物なのか、それとも手作りなのか小さくて可愛いお守り袋だった。
「ありがとうございます。大切にしますね」
きっと、願掛けか何かなのかなと思う。
私が辛い思いをしないようにと気を遣って用意してくれたものに違いないと有り難く受け取ってその場を後にする。
杉野さんの自宅がある場所は私の住む町から電車で四駅くらいの場所で、なるべく帰りたくなかった私は二駅分を徒歩で、残りを電車に乗って自宅を目指し、お昼前くらいに帰路についた。
鍵を開けて中に入った瞬間、昨日の事がフラッシュバックする。
気持ち悪さを感じた私は部屋へ入ると空気の入れ替えと思い、全ての部屋の窓を開け放つ。
そして、荷物を置いて着替えた私は家中の掃除をし始めた。
昨日、貴哉と不倫相手がこの部屋でしていた全ての痕跡を消したかったから――。
その夜、帰ってきた貴哉は綺麗に掃除され、様変わりしたリビングを前に言葉を失っていた。
「……おい、璃々子」
「何?」
「何だよ、これ」
「何って? 今日はお天気も良かったし、久しぶりに色々変えたいなって思って、掃除したんだけど?」
「…………」
貴哉は多分、焦っているのだ。
昨日不倫相手を自宅に招いた後で私が急に大掃除をしたから。
私は聞かれても何食わぬ顔をし続けて夕御飯の用意を続けていく。
貴哉は何か言いたげだけど、それ以上何も言っては来ない。
そのままお風呂に入っていったので脱ぎ捨てられたスーツを片付けていると、またしてもポケットから何かが出てきた。
今度は高級ホテルに泊まった時の領収証だった。
(……貴哉がこんなところにしまったままにするとは思えない……また、相手の人が入れたのね)
溜め息を零しながらその領収証をエプロンのポケットにしまった私はスーツを片付けて再び夕御飯の準備を整えていく。
そして、お風呂から上がった貴哉と向かい合って食事をし終えた私が片付ける為に食器を運んでいると、
「璃々子、煙草買ってきて。買い忘れて来た」
帰りに買って帰るのを忘れたらしい貴哉は私に煙草を買って来るように言い付けてきた。
「……私、これから片付けないとならないんだけど?」
昨夜、杉野さんとコンビニに買い物に行った事を思い出した私は同じ男でもこんなに違う事を嘆き、片付けを理由に断ってみると、
「口ごたえすんな! いいからさっさと行って来いよ!!」
「きゃっ!」
手にしていたテレビのリモコンを私の脚に向かって投げつけながら、怒鳴り声を上げた。