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自分は何をしているのだろう。
白く塗られた鋼の槍を担ぎニコルは思った。聖女を送り出し、仲間たちを失っている。弔うことすら出来ていない。
「既に戦線はウェイドンの村まで退がっている。あそこで味方と合流して防衛の拠点としよう」
水色のヒラヒラした衣装に身を包んだ若い男、カドリが告げる。どういう立場で拠点と定めているのか、分からないニコルとしては曖昧に頷くしかない。
相手も返事や反応など求めていないのかもしれない。背中を向けたまま、森の中を先に立ってスタスタと歩いていく。
(何者なの?カドリって、雨乞いと言っていたけど)
どう見ても華奢な背中だが、自分や仲間が単体でも手こずっていた岩兵を一撃で叩き砕く実力を見せた。
「なぜ、我々を助けに?」
生き残ったのは自分一人だ。チクリと胸に痛むものを感じつつ、ニコルは尋ねた。
戦士の集まりであり、武器の効かない敵は聖女フォリアに任せきりだった自分たちにとって、岩兵が多数群がってくる戦場はあまりに厳しい。
岩兵に囲まれて、一人、また一人、と討たれていったのである。
「打算だよ、すまないが」
本当にすまなそうな声でカドリが答えた。
「君たち、元聖女の護衛団は屈強な戦士の集まりだから、私としては前衛に欲しかった。捨て石のように使うのはあまりに愚かだと思ったんだ」
身も蓋もないカドリの言い方が、この場ではむしろニコルにとっては良かった。下手に言い繕われると反発してしまうかもしれない。
「今はもう、私ただ一人です。あなたの役に立てるか分かりませんよ。聖女様は出国され、仲間は皆、死にました」
むしろ聖女フォリアについては、自分たちが背中を押して送り出したのだ。聖女フォリア本人は隣国の皇子からの求愛を受け入れることを迷っていた。後に残される自分たちや教会、民草のことを心配していたのである。
(あのまま、この国にいたら、下僕のように生命まで、ボロくずのようになるまで、あの王子と女に使い尽くされていただろうから)
婚約にまで持っていったのは神聖教会の力だった。王子の婚約者、未来の妃という身分を持たせることで、王侯貴族から守ろうとしたのである。
(それもあの、鉄鎖獅子の失敗1つで覆された)
何事にも優先して、国のために尽くしてきた少女が惨めな恥をかかされた上、酷使されるであろうことを、ニコル達のほうが受け入れられなかった。
「ニコルだけでも、合流出来てよかったよ。私には優れた前衛が必要だ」
背中を向けたままカドリが言う。
そっけなくとも、自分を信用して無防備に背中を晒してくれているのだ、とも取れる態度だった。
「仲間の死に間に合うことが出来なくてすまない」
カドリがさらに謝るのだった。
ニコルは適切な回答を見つけることが出来ず、ただ下を向く。
レグダの前線跡地からウェイドンの村に至る。
外郭を柵で囲われており、入口が見当たらない。
「どうしますか?カドリ殿」
その気になればどうとでも入ることが出来るのだが、一応、ニコルは問いかける。
「うーん、困ったね」
振り向くカドリが端正な顔に力のない笑顔を見せた。
力づけたくなるような、庇護欲を掻き立てられるような笑顔だ。
(私、どうしたんだろう)
ほぼ初対面の相手に対して思ってしまい、ニコルは自分自身にただ驚いていた。
いざとなったら物理的には強行突破して入ることが出来る。
コホン、とニコルは咳払いを1つした。
「失礼、あなた方は?」
2人で立ち往生していると、柵の内側から年かさの兵士が一人、近づいてきた。
「私は見ての通りカドリ。こちらは元聖女フォリアの護衛、槍使いのニコルです」
カドリが話を一手に引き受けてくれた。話すのが得意ではないニコルとしては有り難い。
「おお、あなたが。心強い。いえ、心強いのですが」
年かさの兵士が困った顔をする。
まだ相手の名前すらニコルには分からない。カドリに訊いてもらいたかった。
「あ、失礼を。私はヒールド、ここで生き残った者では一番、軍位が高いので指揮を執っていました。レグダの戦線では兵士長をしていました」
ヒールドがニコルの困惑を察してくれたのか、自己紹介をする。
基本的にニコルは仲間と固まって行動していたのでヒールドとの面識はない。レグダの戦線の総指揮官も命を落としたようだ。
ヒールドが封鎖されていた場所の一点を示し、案内の上、鍵も開けてくれた。
「ヒールド殿、不躾で悪いが、ずいぶんと士気が低いようだが」
村の敷地に入るなり、遠慮がちにカドリが問う。
「はい。恥ずかしながら、非戦闘員もあまりに多く、増援どころか補給すら滞っているため、もはや、我々も村民もここを捨てるしかないか、と諦め始めております」
ヒールドが率直に報告してくれた。最初の困惑は諦めたところに、カドリが現れたから出てしまったようだ。
ニコルたち聖女の元護衛団も、ウェイドンの村の士気が低いことに絶望して、撤退を拒んだのである。
(そして、皆も前線で踏ん張ろうと、無理をして)
つまり、この村のせいで仲間が死んだようなものではないかとも思えて、ニコルは腹が立ってきた。
「だが、私も来ました。力になれると思いますが」
どこまでも丁寧な口調でカドリが言う。
本当に力になれるのか。ニコルもカドリの実力についてはよく知らない。
雨乞いだと言っていた。
(雨でも降らせるつもり?それは)
一部の水を苦手とする魔物には有効かもしれない。
ニコルは思うもすぐに打ち消す。極端に水を苦手とする魔物など、そう多くはない。
「しかし、カドリ殿一人のお力では、この苦境は」
ヒールドも同感なのか、首を横に振った。
「カドリの歴史は古い。皆さんの思わぬ古からの術もいくらか持っております。一戦でいい。私に任せてはくれませんか?」
カドリが微笑んで言う。口元に閉じた扇子を当てて口を動かした。
「それに、ここで助力せよ、はヘリック王子殿下の命令なのです。私も一戦はしないと、面目が立ちませんから」
更にヘリック王子の名前まで、カドリが持ち出した。
何か禍々しいものをニコルはカドリから感じる。なんとなく自分も戦わなくてはならないように思えてしまった。
(なに?その扇の内側で、あなたは何をした?)
ニコルは首を横に振って、何かつき纏うものを振り払おうとした。
ふと、カドリを見る。穏やかな眼差しだが、どこか笑っているように思えた。
「分かりました。私もあなたとともに戦います。お任せください」
まるで棒読みだ。いかにも言わせているかのような口調で、しかし、間違いなくヒールドが戦うことを了承した。
「ええ、ありがとうございます。宜しくお願い致しますよ」
カドリが本当に感謝しているかのような口調と微笑みで頷く。
自分は何かひどい茶番を見せられている。ニコルにはそう思えてならないのであった。