カドリは扇で口元を隠したまま、村の各所を回った。お供には槍使いのニコルについてもらっている。さりげなく周囲によく注意を払っているようであり、護衛としては有能に思えた。
「カドリ殿、具体的な方策は?」
勢い込んでニコルが尋ねてくる。
ことの発端がヘリック王子による聖女糾弾にあるとはいえ、直接、仲間を手に掛けたのは魔物たちだ。復讐心が先に立っているのだろう。
「誰かしら、あの人たちは」
うっとりしたような女性の呟きを耳が拾った。
ニコルも整った容姿をしているから、ともに歩いていると人目を集めてしまう。
金髪碧眼のニコルに対し、自分の方は瞳も髪も空色である。カドリは歴史上、皆、同じ、瞳と髪色であった。
「私は君と主従の間柄ではないよ。口調は対等にしてほしいな」
扇の裏に苦笑いを作って、カドリはまず指摘した。どんな感情であれ、薄ら笑いを浮かべるよう訓練は続けている。
(むしろ、私のほうが守ってもらっているのだから、こっちが敬語を使うべきかな? )
自分は武器を持つことも許されない家系だった。ニコルのように長物の武器を格好良く使いこなす人生がまばゆく感じられる。
(柄まで白く塗られた鋼の槍、か)
いかにも格好の良い武器である。カドリはちらりと一瞥して思うのだった。
「そういうわけには。私は命を救われていますし」
気まずそうにニコルが告げる。少しモジモジしているところなどは若者らしくて、見栄えの良さにそぐわないのだった。
「助けたのは打算だ、と言ったはずだよ。恩に着ることなどない」
ハッキリとカドリは言い切った。
「私は接近戦で魔物と渡り合うのが苦手だ。あの時は不意を打ったから倒せた。君のような戦士についてもらえると心強いよ」
歩きながらカドリは告げる。
村の中は時折、自分たちに見惚れる人々こそいるものの、全体的に忙しない。時には単独で出現した魔物と戦っている場面も散見された。
「分かりました。ですが、私はどなたに対してもこの話し方ですから。その、実はカドリ殿に限ってのものでもなくて」
突き詰めれば失礼にあたるとでも気になったのか、ニコルが口籠ってしまう。
「すまない、いいんだ。話し方なんて些細なものだ。お互い、話しやすい話し方でいこう」
カドリは笑って告げる。自分は家系の関係でその気になれば王族とも対等に話せるのだが。個人的に敬意を覚えるか、付き合いの関係で丁寧な話し方をすることもあった。
(ニコルとは、長い付き合いになるだろうから)
歩きながらカドリは思うのだった。
聖女をこのまま失えば果てしのない魔物との戦いとなる。
一方、ニコルもニコルで聖女フォリアが戻るということでもない限り、帰る場所もないのではないか。主人を失った上、今では仲間も失っている。
(これもなにかの縁だ)
カドリは本人に嫌がられない限りは雇うつもりでいた。細かいところは腕前を見た上で、本人と話をして決めようとも。
「傷の具合はどうだい?」
カドリは意識して話題を変えた。
脇や脚に幾らか傷を負っていたらしい。
「おかげさまで、応急処置も受けられましたし、動くのに支障はありません」
力強くニコルが断言した。
「あまり、無理はしないようにね」
言ってもどうせ無茶をするような人柄に思えてならなくて、カドリは苦笑いだ。見るからに生真面目で責任感が強そうである。
コクン、と笑いもせずにニコルが頷く。
村の外周を一周して、また中央に戻ってきた。兵士長のヒールドを通じて村人たちに頼んでいた作業がある。
「これは?」
丸太を組み上げる作業をしている人々を見て、ニコルが尋ねてくる。
「祭壇だよ」
こともなげにカドリは答えた。
高さ半ペイク(約2メートル)ほどの高さに、同じく一辺が半ペイクほどの正方形の台を立てている。
「装飾は適当で構いません。あくまで、臨時のものですから」
丁重に、カドリは自身より高齢の男たちに告げる。年齢は50くらいか。身体つきはたくましい。日頃から農作業で身体が鍛えられているのだろう。
「本当にこれで村を守ってくださるんで?」
村人の一人が訝しげに問いかけてきた。
『あのカドリが村を守ってくれる』とでも言って、ヒールドが言うことを聞かせているのだろう。
「その助けには間違いなくなります」
カドリにしてみれば、現段階ではそう答えを留めるしかなかった。
(私は聖女ではない。そもそも性別も違う。おまけに邪悪なものだときてる)
カドリは思うのだった。だから、手段を選ばず並行して聖女連れ戻しも画策している。
聖女という存在は、全て民の期待や希望を肩代わりしている。一方、雨乞いの自分には出来ることが限られているのだった。
(私は直接、敵を攻撃する手段にも乏しいからな)
自分一人の力など知れている。村というそれなりに大きく大切なものを守るなら相応の人数が必要だ。
ニコルがもの問いたげな顔をしていた。
さりげなくカドリはニコルを連れて、村人たちから離れる。
「最後は自分だよ。誰しも、自分の力で自分の問題を解決するしかない。私はそう、信じている」
小声でカドリはニコルに告げる。
「考え方としては賛同出来ますが」
ニコルが槍を左肩に乗せたまま首を右方へ傾げる。
言わずとも言いたいことは分かった。
カドリ自身の考え方が正しいのだとしても、他の人も必ずその通りにしなくてはならないものでもない。
(そこを自分の考え通りにするのが自分の役目で、出来ることでもある)
カドリは思いつつ、口元に当てていた扇子を閉じてまた広げる。
夕方頃になって、祭壇が完成した。
「よし」
カドリは満足して頷きつつ、祭壇の上に立った。足場を確認しつつ、扇を翳して舞い始める。
2、3激しい動きを試したが、問題はなかった。
「これで本当に魔物を一掃出来るのですか?」
兵士長のヒールドが近づいて来て尋ねる。訝しげな顔だ。
「私は歌います。皆さんが少しでも有利に。魔物どもが少しでも不利になるように」
カドリは舞を止め、扇を口元に当てて告げる。
「あなたは歌うだけ?戦うのは我々ですか?」
ヒールドが色をなした。大声を聞きつけて他の兵士や村人たちも集まってくる。
(では、私一人に戦うとでも?)
自分の言葉の意味を少しはよく考えてみてほしい。
「ここは暮らす皆さんの村、あなた方、兵士の守るべき場所です。村人の皆さんは何年も何世代もかけて開墾してきた、兵士の皆さんは生命を賭して守り抜いてきた。そこを魔物どもは破壊し、滅ぼそうという。それを皆さんは許せますか?黒い感情が湧いてきませんか?」
カドリは村人と兵士とを見比べて問いかける。扇を傾けて、声が良く皆へ届くように仕向けた。
口惜しくないわけはない。村人たちの中から歯ぎしりやうめき声が聞こえてくる。
「兵士の皆さん、聖女はもういない。この国を捨てました。国を、民を守れるのは、もはや皆さんしかいません。我々は、最早何かを頼って戦うことは出来ないのです」
更にカドリは主に兵士たちに向けて告げる。
言葉など飾りだ。
自分の言葉にどれほどの説得力があるのか。最初から当てにしすぎることもない。自分の魔力を、黒い感情を、声に乗せて周囲に流す。祭壇という設備がさらにカドリの力を倍加させる。
今までに魔物との戦いで何度も駆使してきた技術だった。
「よおしっ!俺達の村だ!俺達が守るっ!」
村人の誰かが叫ぶ。
「ここで魔物を食い止めて弾き返してやるっ!俺達の力を見せてやるぞっ!」
ヒールドも剣を掲げて叫ぶ。
「カ、カドリ殿、これは? 」
急に戦意高揚した村人と兵士を目の当たりにし、ニコルがたじろいで尋ねてくる。
頭を押さえていた。当然、ニコルの戦意も刺激でやったのだが、理性をどうやら保っている。
(どうやら、私の力と相性が良いようだ)
密かにカドリはほくそ笑む。
「もともとあった、皆さんの戦意と、魔物への憎悪を刺激した。私の力の、ほんの触りだよ」
祭壇の上からカドリは告げるのであった。
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