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びゃ
#ホラー系でも、恋愛系でも、いじめ系でも、青春系でも。
今回で第一章は終わりになります。
注意書きなどは第1話と同じです。
幻想的な世界へいってらっしゃいませ
第3話:愛してるの、その先へ(完結編)
重く、湿った不快感とともに浩平は意識を浮上させた。
瞼を開けると、そこには見覚えのない白い天井があった。
「……ここは」
「気分はいかがですか」
声のする方へ視線を向けると、そこには優雅に椅子に腰掛けた男がいた。先ほど殴りかかった時と変わらぬ、冷徹なまでに端正な顔立ち。怒りが再燃しかけるが、それを遮るように男が口を開く。
「崎原百香様からの、遺言です」
俺は息を呑んだ。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
男は手にした見えない糸を解くように、静かに、そして彼女の温もりを宿した声で語り始めた。
『……多分だけど、これが届く時には私はもう死んでると思う。けど、これは私が自分で選んだ結末だから、怒らないで欲しいな』
俺の視界が、瞬く間に滲んでいく。
『それと、私のことなんか早く忘れて、新しい彼女でも作って。こーへーには、もっと私よりお似合いの人がいると思うから。……そして、最後に一言だけ言わせてね』
『浩平、ずっとずっと、愛してる』
その言葉が響いた瞬間、俺の目から大粒の涙が溢れ出し、頬を伝って枕を濡らした。
「……っ、ふざけるなよ……百香」
声を上げて泣いた。大の大人が、みっともないくらいに。
たとえ彼女が自分で選んだ道だとしても、納得なんてできるはずがない。受け入れたくなんてない。
最後にした会話が、あんなに下らない喧嘩だったことが、何よりも辛かった。
こんなことになるなら、意地なんて張らなければよかった。もっと「愛してる」と伝えていればよかった。
「申し訳ありませんが、ここでの記憶は消去させていただきます。遺言に関しては、彼女直筆の手紙を後日お届けいたしましょう」
男が立ち上がる。
「待て……消さないでくれ! まだ……!」
制止の声も虚しく、男が指をパチンと鳴らす。
途端、世界がぐらりと揺れ、浩平の意識は再び深い奈落へと落ちていった。
とてつもない不快感で、浩平は跳ねるように飛び起きた。
額にはべったりと冷や汗が張り付いている。
「……なんだ、夢…なのか……」
慌てて時計を確認すると、午前10時半を過ぎていた。
「っ、最悪だ……仕事間に合わねぇ」
慌ててスマホを手に取った瞬間、爆発したような着信音が響いた。画面には上司の名前。
『田中くん!? やっと繋がった!』
「すみません……っす……」
『田中くんが昨日の夕方から消息不明になって、会社中大騒ぎだったんだぞ! 今までどこで何をしてたんだ!?』
「……え? すみません、気づいたら家で寝てて」
『……とにかく、君が無事でよかったよ。百香さんがあんなことになって……君までいなくなっちゃうんじゃないかって、みんな心配してたんだからな』
「……百香が?」
俺の心臓が、嫌な音を立てる。
『今日はもういい、ゆっくり休みたまえ。じゃあな』
通話が切れた後、俺は呆然と暗くなった画面を見つめた。
「百香が……いない?」
記憶の断片が、鋭い棘となって胸を刺す。
なりふり構わず百香に電話をかけるが、応答はない。俺はベッドを飛び降り、玄関へと駆け出した。部屋着のまま、靴もまともに履かずに扉を勢いよく開く。
その時――。
外から吹き込んできた強い風に煽られ、一枚の白い封筒が空を舞った。
それは吸い寄せられるように、浩平の手元へと落ちてきた。
「……これは」
読むべきではない、と理性が警鐘を鳴らす。
けれど、手が勝手に封を切っていた。中から現れたのは、見間違えようのない、最愛の彼女の筆跡。
『浩平、愛してる』
たった一言。
けれど、その力強い筆致には、彼女の最後にして最大の生きた証が刻まれていた。
どれほど焦がれても、どれほど叫んでも、もう二度と彼女の姿を見ることも、あの柔らかな声を聞くこともできない。
その事実が、津波のように浩平を飲み込んだ。
「あ……あぁぁぁ……っ!!」
玄関先に崩れ落ち、声を失った獣のように泣きじゃくる。
その時だった。聞こえるはずのない、透き通った声が頭上から降ってきた。
『――まったく。いつまで経っても、泣き虫なんだから』
ハッとして顔を上げる。
だが、そこには誰もいない。ただ、春を告げる暖かな風が吹き抜けていくだけだ。
「百香……?」
頬を伝う涙を拭うように、風が優しく通り過ぎる。
浩平には、確かに聞こえた気がした。
悪戯っぽく微笑みながら、彼女が囁いた最期の挨拶を。
『ばいばい』
「……っ。うん……またね」
涙でぐしゃぐしゃになった顔を無理やり持ち上げ、浩平はどこまでも続く青空に向かって、精一杯の笑顔を作った。
本日も我がレストラン『ソウル・グランデ』にお越しいただき、誠にありがとうございました。
頂戴した魂は、こちらで丁重に、そして大切に扱わせていただきますので、どうぞご安心を。
おや、私の正体ですか?
ふふ、私はただの支配人ですよ。……あるいは、あなた方が呼ぶところの「人守り」の一部かもしれませんし、その逆かもしれません。
では、またのご来店を、心よりお待ちしております。
次は、あなたが絶望の果てに辿り着いた時にお会いしましょう。
END