「なんかペチンしたらトンでいっちゃったれす」
「そんなの当たり前じゃない。ヒトゾクなんて最弱なんだかラ」
自分より遥かに強い人族に心当たりのあるギアラは首を傾《かし》げる。
「あぁ…… アンタの考えてるヒトゾクは別ね別ョ。あれはちょっと違うからネ」
フムフムとあんよの裏をペロペロ舐める。また始まったとばかりに男達は距離を取る。騙されては成らない、仲間があの直後に吹き飛んだのだ…… ゴクリと乾いた喉を鳴らすと、汗が首筋を撫であげる。
疑って掛かれ、その挙動も目線の先も、全く関係無い所から飛び出して来る正にナイフの様なのだから―――
「それよりアンタもう飽きたの? お菓子貰えるかもョ? 」
「うるちゃいれす‼ いま、だいヂなのれす」
「あ~ぁ、アンタが馬鹿みたいにペロペロしてるから、半分逃げちゃったわョ? これでお菓子も半分ネ」
「ぐぬぬぬっ、うるちゃいのれす‼ 」
ブンッと見えない相手にネコぱんちを放つ―――
「うわっ⁉ 危なッ――― 」
「んあ⁉ ナンだかチョットみえてキタれすよ? 」
「うそ~ん、ヤバ‼ 」
「まてぇ~ まつのれすガオォ」
「ひぃ~」
男達にとって、恐れていた方向へと事態は急変した。黒豹はシャーと激しく威嚇音を突然放ち背中を逆立てるとスゥっと闇と同化する。何が何を以《も》ってして怒らせてしまったのか、皆目見当がつかない。まるで檻に放り込まれたように殺気が目の前に迫り、ガルルと何処かで喉が鳴る。夜風が鳥肌を撫でると、闇夜に赱《はし》る眼光がゆらりと糸を引く―――
「―――くっ、来るぞぉ‼ 」
ヒュンヒュンとネコぱんちが闇夜を切り裂いたかと思えば、丸く黒光りした鉄球の様な姿へと変貌した黒豹が、ボヒュンとはね飛び乍《なが》ら縦横無尽に迫り来る。暗闇と同化した黒い塊は最早《もはや》視界で捉える事すら儘ならず、茫然と怠惰《たいだ》し立ち竦《すく》むしか無かった。
「ぎゃあああ――― 」
避け切れずドガンと1人が高速猫玉《ねこったま》により跳ね飛ばされ、屋根から地面へと叩きつけられた。いつ自分に突っ込んで来るやもしれぬ現状に、男達は絶望する。
「んんんッがぉ~」
「ほらほらこっちよ、何処《どこ》狙ってんのサ 悔しかったら、アタシを跳ね飛ばしてみなさいョ」
「このヤローなのれすぅ」
見えない存在は、故意に男達の傍《かたわ》らからギアラの怒りを買い誘導すると、ドゴーンと猫玉《ねこったま》状態のギアラを高速回転で突っ込ませる。
「ぎやぁぁぁ――― 」
「我ながらアタシって賢いわネ。アハハ踊れ踊れェ」
男達の悲痛な叫びは、儚くも夜空にかき消されて行った……
路地に並ぶ石造りの家屋の壁を余所に進んで行くと。屋並《やなみ》が途切れた街の中心市街地より少し外れた場所に、【錬金科学研究所】と彫り込まれた看板に突き当たる。雑な木っ端《こっぱ》を繋ぎ合わせ、雨曝《あまざら》しで痛んだ板目《いため》の下部には、『これより先、許可無き者立ち入りを禁じる』の文字。
その施設へと導く手入れの為《な》されていない石畳は酷く罅割《ひびわ》れ、欠損した箇所には粘土質の土が露出し、杜撰《ずさん》で未熟な施工であった事を示す。石畳の隙間からは幼い雑草がその生命力を誇示し、往来《おうらい》の少なさが禍《わざわ》いするかの如く、皮肉にも生き生きと芽吹《めぶ》き広がっていた。
踏み入ると左右には研究用の為の畑なのか、多くの種類の苗木が丁寧に植えられている。人為的に植樹形成された森の隧道《ずいどう》を抜けると、漸く人目を避ける様に、目的の煉瓦の塔がひっそりと月夜に佇《たたず》み現れた。
外観の殆どを蔦《つた》が覆い隠し、森の奥に突如として不気味に浮かび上がる存在は、此処だけが正に異界であり、その雰囲気から、これからページをめくろうとする恐ろしい物語の表紙を彷彿させた。
「第1班は予定通り地下の実験室及び1階の研究室を制圧。兵は殺しても構わんが、それ以外は抵抗されても殺さず鎮静化しろ。第2班は2階の書斎を中心に掌握。研究結果の痕跡を処分されるなよ? 第3班は屋上より降下し3階の外窓より居住内部へ潜入。多少手荒でも構わん、窓を破壊し突入しろ、博士の家族には危害を加えるな。大事な交渉の種だからな。各班は40秒で全てを制圧。他の雑魚とは違うと言うのであれば、レイ、ジン、サイラお前達の能力の高さを見せてみろ」
「アタイさぁ、なぁ~んかムカつくんだよねぇ~その言い草」
「そぅだな。俺達は何時からアンタの部下になったんだ⁉ 聞いてないんだが? 」
「まぁまぁレイさん、ジンさん、此処で揉めてても埒《らち》が明きませんよ? 文句は作戦が終わってから致しましょうよ? 」
「個々に貴重な部下を2名も付けてるんだぞ? 先ずは与えられた指令を遂行してみせろ。文句は後で聞いてやる。それともまた奴隷に戻り首枷《くびかせ》を背負いたいのか? 」
「ふん偉そうに」
「レイさんイケませんよ、先ずはお仕事を致しましょうよ」
「警備兵の数、及び配置は先程話した通りだ。重要施設故に警備は厳重で兵士の質も高い。腕に覚えがあるのは貴様等だけでは無いからな、驕《おご》らずに行けよ」
「おい! アンタ! 俺達が潜入するフリして逃げたらどうする気だ? 」
「そうか、言ってなかったか? 貴様等はこの部隊に配属された時に、首輪の様な入れ墨を知らぬ間に彫られただろ? それは呪隷紋《じゅれいもん》と言ってな爆裂呪文って奴だ。私を殺し逃げても構わんが、解除と発動はその呪文を彫った呪術師しか出来ないからな、お前等が戻って来なければ、呪術師は直ぐに呪文を発動し、直ぐに首から上が吹き飛ぶと言う寸法だ」
「エグい真似しやがって。どうしたって逃がさないって訳か」
「助かりたければ顔も知らぬその呪術師を探し殺すんだな。因みに呪術師に関しては我々でさえも秘匿とされ、存在自体が謎だ。残念だが、人を怨むよりその身を怨むんだな」
「チッ―――」
この施設では錬金術を基礎とし、様々な新しい兵器の開発や、高度な科学技術の研究が日夜問わず行われ、軍事的にも非常に重要な施設とされていた。この国での科学の進歩は目覚ましく、技術革新に於《お》いては先進国家と言っても過言では無く、その中には勿論、古来からの呪術や魔術などの研究も盛んに行われていた。
覆面姿の武装集団が研究施設へと雪崩込む。怒号と悲鳴が織成《おりな》す旋律が作戦の進行状況を聴覚に刻み、暫《しばら》くすると班ごとの報告が入って来た。始末した兵の制服を剥ぎ取り、二人の部下に着せると1階の入り口に立たせ偽装する。拘束した人質を地下室に集めると、手短に尋問を開始した。
「博士はどいつだ? 」
「執務室にて拘束したこの人物かと」
拘束された人数は約17人程度。勿論研究者と施設職員などを合わせた人数だ。昼間であればこの倍以上の人数が居たであろう事も承知済みだ。故に人手の手薄なこの時間帯である事が襲撃の絶対条件であった。
「そうか、お前で間違い無いか? 」
白い口髭を蓄えた老年の男は俯《うつむ》き答えようとはしない。
「仕方ない…… おい! 」
「はっ‼ 」
老年の男の前に鈍い音を立て、警備兵の頭が転がった―――
「なっ―――⁉ 」
「答える気になったか?」
「…… 」
「娘を連れてこい」
娘であろう若く美しい女が老年の男の前に引き摺り出された。
「アンジェリカ――― 」
「言う事を聞かなければ、お前の目の前で娘を犯し殺す。娘の次は母親を甚振《いたぶ》り乍《なが》ら殺す。いいな? 慎重に答えろよ? お前が博士で間違い無いな? 」
「―――はい…… まっ間違い御座いません」
「そうか、では聞くが設計図は何処だ? それとこの開発に関わっている助手を教えろ」
「―――――⁉ 」
「隠しても無駄だ。お前たちの研究はもう既に我々も把握している」
巧妙に企てられたる思惑は、悲痛な夜に噎び泣く。絶たれた希望の煌めきは、絶望の景色を瞼の裏にだけ映し出す。
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