私は、急いでヘアセットに入った。
30代の女性のお客様。
ショートボブでふんわりしたパーマがかかってて女性らしい可愛らしさがある。
今日は、大人っぽい洋服にも合うようアレンジをしてほしいとのリクエストだった。
アレンジは意外と得意、というか、昔から好きなんだ。
お客様の顔立ちも考えて、少し色気が出るアップスタイルにしてみた。
「こんな感じでいかがでしょうか?」
鏡を合わせ、後ろを見てもらった。
「うわぁ、すごくいい感じです! 嬉しいです。こんなの自分ではできないです。本当にありがとうございます。次も穂乃果さんを指名させてもらいますね」
「ありがとうございます。喜んでいただけて良かったです。とても良くお似合いですよ。またよろしくお願いします。お待ちしておりますね」
そのお客様はとても喜んで帰っていった。
今から彼氏とデートだろうか?
素敵な後ろ姿を見送るだけで、こちらまで幸せな気持ちになった。
ひとつひとつ、私達は丁寧に仕事をこなして、お客様の笑顔を引き出し、綺麗になるお手伝いをする。
悠人も、まだVIPルームで長瀬様を施術してる。
2人きり、あの部屋で。
ずいぶん長いな……って、ダメダメ。
何を考えてるの、私。
おかしいよ……ね、長瀬様はお客様なのに。
何かあるわけないじゃない。
でも、もし……
長瀬様の方から言い寄られたら?
妙に色気のある方だったし。
思わず、あの夜のことを思い出してしまった。あの出来事は、たぶん一生、私の頭の中から消えることはない。しっかりと脳裏に焼き付いてて、忘れられない。
私、どうかしてる……お客様に対してそんな心配するなんて。
たとえ自分のことを気に入ってるとわかったとしても、悠人は絶対に紳士的に振る舞うはずなのに……
あの夜のことは、私にだけの行動。
そうだと信じたいのに、こんな気持ちになるなんて。もしかして、悠人のこと……私は本気で好きになってる?
「長瀬様、大変お疲れ様でした。ありがとうございました」
「お疲れ様でした」
悠人に合わせて、周りの美容師達も口を揃えた。
「さすがね~。悠人君はやっぱり超一流だわ。本当に素敵。またお願いするわね」
そう言って、嬉しそうに髪を触る長瀬様。
「ありがとうございます。また次回もお待ちしております」
長い施術の後、見つめ合う2人。
大人の色気が溢れる。
ダメだ……ちゃんと2人を見れない。
私は、目を背けて違う仕事を始めた。
「ありがとうございました」
悠人は、長瀬様を見送ると、すぐまた別のお客様の施術に入った。
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