「避難訓練、か…」
妹達はもう体育館にいる頃だろうか。
懐中電灯を片手に薄いグレーのむっくんと暗い廊下を歩き、教室を一つ一つ見ていく。
「ねぇ、むっくん」
少し前を歩くむっくんに呼び掛けると、「何?」とでも言いたげに振り向いてきた。
守は懐中電灯をくるくると手で弄びながら言った。
「ない兄…いや、センセー に繋いでくれるか?」
ぽてりと可愛らしく座ったむっくんを撫で、守はむっくんの背負っているスピーカーに話しかけた。
「ない兄、こっちは異常無いよ」
スピーカーからは無機質な声が返事をした。
『…あいつらの方へ行け。俺もすぐ行く』
返事に頷き、むっくんを抱き上げて歩きながら 守は少し苦笑いをした。
「オッケー。喧嘩してないといいけどね」
『保証は無い』
「まじかぁ…」
『では切る』
「あ、ちょ、おい、ない兄!…あのクソ兄貴」
ぷつんと通話を切られた守から「何やってんだか」と目を背け、眠り始めたむっくんに唇を尖らせながら体育館に着いた。
「…姉さん」
「マモ先!」
皆の手にはカレーとモヤシ炒め、プリンの姿がある。
むっくんは守の腕から海の膝へと歩いていき、満足げに寝息をたて始める。
桃華は小走りで鍋の方へ行ったかと思うと、カレーを新たによそい、守に渡した。
「桃華…!」
感極まった守が抱き締めようとすると桃華は華麗に避け、後ろにいた遊摺部が犠牲となった。
「うっっっっわ!え?何で君!?」
「勝手に抱きついといてそれは無いですよ!」
軽い言い合いになった二人を制するように屏風ヶ浦がプリンを手に取り、「あの…」と口を開いた。
「海さん、これ…」
「一つ余ってるな。食べる奴はいるか?」
高く掲げた瞬間、海の手からプリンが消えた。
海の隣では四季がプリンを自慢げに掲げている。
「もーらいっ!」
皇后崎が手を挙げていたのにも気付かず。
桃華は隣の皇后崎を目を丸くして見ている。
「じんくん、たべたかったの?」
「…別に」
「しょうじきにいいなよ?」
「…」
そっけなく返す皇后崎に桃華はぷくっと頬を膨らませて言い返した。
それを聞き、四季はあるものを皇后崎に差し出した。
「何だよ、まだ腹減ってんなら言えよな」
それはカレー。
辛いものが苦手な皇后崎にとって、カレーを差し出されるということはいじめと同義であった。
皇后崎は腕の縫い合わされた傷を開き、血触解放をする。
「…殺す」
それに応戦するように四季も血触解放し、銃を生成する。
楽しそうに観戦しようとする者、怯える者、静かに見守る者。
その中で冷や汗をかいている者が一人。
(やっっっっべ)
守である。
無陀野からは止めろとも何も言われていない。
だが、止められなかった場合いじられる。当分、物凄く、これほどまでもかと思うほどに。
カレーを食っている場合ではない。
「お前ら、ちょっと落ち着…」
言い終わるか言い終わらないか。それくらいの時に開いた扉。
扉を開けたのはいつも通り無表情の無陀野で、カレーの鍋などがあるワゴンを見ると全員を見回し、言った。
「お前らはプリン一個のために命を懸けていたのか?俺の分の夕食が無いのはまだ良いが…。言っていなかったのは俺だ。しょうがないか…」
正座させられている四季と皇后崎、そして自主的に土下座する屏風ヶ浦と守。
守は「止めらんなかったんです、あいつら…」と呟いている。
無陀野は破壊行為をせず、体育館から出ないことを守にも念押しすると、プリンを持って出ていった。
屏風ヶ浦の手のひらにあるものを見て、桃華は言った。
「…スプーン、わすれてるね」
守が届けに行けばいいのではという案は出たが、守も「断じて出るなよ」と念を押されている。
つまり_詰んだ。
すると、海がむっくんを撫でながら口を開いた。
「無人兄さんならスプーン無くても食べるんじゃないか?…前、スプーン持ってくるの面倒くさがって一口で食べてるの、見たんだ」
手術岾の喉から鳴ってはいけない音がなり、屏風ヶ浦は「ひえっ」と少し怯えた。
だが、桃華は「ならだいじょうぶだね!」と満面の笑みで皇后崎に同意を求めている。
空気も和やかになり、矢颪が寝る提案をして来た。
「マモ先、寝袋は?」
ここにある寝袋は九つ。守の分は無い。
守はへらへらと笑いながら言った。
「俺は大丈夫。お前ら使いな」
四季が聞くと、「膝掛け持ってるし」と肩掛け鞄から少し大きめの膝掛けを取り出し、広げ始める。
四季達はその間に女子と男子で寝る場所を分けたようだった。
何故か桃華が皇后崎に引っ付いて眠っているのはまだ良い。
「ねぇ、俺、女なんだけど」
守は男子側にカウントされて寝る場所が決められていたのである。
思い出したような男子達を涙目で見ながら「まあいいけどさ」と膝掛けを近くに持っていく。
楽しい楽しい夜が幕を開けた。
こんにちは、作者です。
最近寒すぎじゃないですか?
グッピー死んでますよ。何匹も。
守が不憫ですね。書いといてなんですけど。
いつもブックマーク、いいね、ありがとうございます。励みになっております。
これからも読んでいただけたら幸いです。
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