コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「おい、こっちが大人しくしてるからって調子に乗り過ぎじゃないのか?」
憎々しげに私を睨んで来る直樹を見ていて、気が付いた。
直樹は復縁したいと言っているけど、私を好きな訳じゃない。
ほんの少しの思いやりすら感じられない言動から明らかだ。
「ねえ、直樹は何で私とやり直したいの?」
私はさっきまでとは、打って変わって落ち着いた声で尋ねた。
「え?」
「だから、何で私とやり直したいの?」
ポカンとした表情で見返して来る直樹に、再度尋ねた。
「……それは、良く考えて、沙雪と別れたのは間違いだったと気付いたからで……」
自信の無さそうな声を出す直樹に、私は失望してため息を吐いた。
「本当は違うでしょ、私なんて好きじゃ無いけど、雪香と結婚出来ないから仕方なくでしょ? それか破談になったのを誰かに知られるのが嫌だから、私と結婚しようってわけ?」
図星だったようで、直樹が息をのむのが分かった。
胸が強く痛む。まだ傷つく自分が嫌だ。
私は未だ残っている未練を捨てる為、プライドを捨てる覚悟を決めた。
「……私、直樹が雪香を選んだ時、言葉に表せない程ショックだった」
別れを告げられた時言えなかった想いを、今口にした。
「え……何だよ、急に……それはもう終わった話だろ?」
直樹は困惑した様子で私を見た。
「直樹にとってはね、でも私は終わってなかった……ずっと引きずってた」
直樹は驚いた様な顔をしていたけれど、しばらくすると柔らかな表情に変わっていった。
「……悪かった、沙雪がそこまで傷付いてるとは知らなかったんだ、でももう二度と悲しませる様な真似はしないから」
言いながら直樹は、テーブルの上の私の手を握ろうと、自分の手を伸ばして来る。
私はその手を振り払った。
「沙雪?」
眉をひそめる直樹を、真っ直ぐ見据える。
「直樹は雪香を何より大切にしてると思ってたのに……こんなあっさり諦めるなんてがっかりした」
「あっさりって……雪香が俺にした仕打ちを思えば当然だろ?」
「普通に考えれば婚約解消は仕方ないかもね、でもすぐに私のところに来たっていうのには、呆れた……直樹への未練も無くなるくらい嫌いになった」
直樹の頬が紅潮する。怒りを感じているのが伝わって来る。
「お前のそういう可愛げの無いところが嫌いだったんだよ」
突然の攻撃に私は一瞬黙ってしまった。直樹は勢いを得たように言葉を続ける。
「そんな性格だから、実の妹の雪香にも嫌われるんだよ」
私は目を見開いた。雪香は私を嫌っていた? どうして?
迷惑をかけられてるのは私の方だと言うのに。
呆然とする私に、直樹はまくし立てる。
「それから俺が雪香に夢中になった様な言い方してたけど、先に言い寄って来たのは雪香の方だからな」
「嘘!」
思わず高い声を上げる私に、直樹は勝ち誇った様な笑みを浮かべた。
「嘘じゃない、始まりは雪香からだ」
信じられなかった。まさか雪香から直樹に近付いていたなんて……。
「俺を悪者にしたみたいだけど、元はといえば雪香のせいだ」
「……だから自分は何も悪くないって言うの? たとえ誘ったのが雪香だったとしても応じたんだから同罪でしょ?」
直樹の顔が強張った。
「どっちが誘ったかなんてもうどうでもいい……直樹に裏切られて、いつまでも引きずっていたけど、そんな気持ちも無くなった。嫌いにならせてくれてありがとう」
私は立ち上がり、直樹を見下ろした。
「さよなら、直樹」
振り返らずに店を出て、早足で進む。直樹から少しでも遠ざかりたかった。
強気で別れを告げて来たものの、頭の中は混乱しているし、胸が痛かった。
直樹に、自分の気持ちをはっきりと言えたのは良かったけれど、そのおかげで知らない方が良かった事実まで聞かされるはめになった。
雪香から直樹に近付いた。そして雪香は私を嫌っている。
直樹なんかの言うことを、鵜呑みにはしちゃいけないと思いながらも無視出来ない。
雪香は直樹が私の婚約者だと知らなかったと言っていたけれど、本当は何もかも分かっていて近付いたの?
私を嫌っているのなら、最高の攻撃になる。
現に私は大きなダメージを受け、今までずっと引きずっていた。
それに、海藤や他の男に私の名前を使っていたのは、身分を隠す為というより私への嫌がらせの為?
不意に思いついた考えに愕然とした。雪香は姿を消した日、私にだけ連絡を寄越した。
その理由ははっきり分からないながらも、直樹を奪ったことへの罪悪感と双子の絆のようなものからだと勝手に思っていた。
なぜなら雪香はいつも幸せそうで、誰かを嫌い恨むなんて姿想像しなかった。
ましてや、私が憎まれているなんて……。
でも雪香はなぜ私を嫌っているのだろう。
長い間接点も無かったし、私は誰かに嫉妬されるような存在じゃない。
それなのに何故……。
考えを巡らせたけれど、動揺した思考では何も思いつかなかった。
もし次に会ったとしたら、雪香は私に何を言うんだろう。再会の日が来るのを怖いと思った。