俺は患者の隣で静かに立っていた。
違法薬物なのかと思考を巡らせていると
冷や汗が出る。何故あるのか何に使うのか。
分からないから怖いし、恐ろしい。
「…あ…」
患者が目を開いた。
俺はすぐに姿勢を正して
棚に置いてあったカルテを手に持つ。
「お目覚めですか。」
「…はい。」
「そうですか。貴方は軽症だったので
二日もすれば退院できますよ。」
「シコリも小さかったですし。」
俺は苦笑いした。
患者も気の弱い苦笑いをして
再び目を閉じる。俺は最後に声だけ掛けた。
「何かあったら呼び鈴を鳴らしてください。
俺、または執刀医が来ますのでね。」
「分かりました。」
患者が答えたことを確認すると
俺は再び地下室に行こうと決意した。
だが、困るのは俺が麒麟の姿だから
歩く際にカツカツとヒールのような音がすることだ。
元の姿に戻ろうが見られたら気色悪がれてしまう。
なんだって腕が六本もあるのだから。
けど、気になる好奇心には勝てまい。
俺は体から煙を出して普通の形に戻った。
身長が高くなって晴れた気分であったが
気持ちを入れ替えてソロリソロリと
地下室に忍び込んだ。
妙に臭う地下室へ行くと、先生はうたた寝をしている。
ラッキーと俺はガッツポーズをして
棚と棚の間にある隙間に身を潜めた。
先生はしばらくして起き上がり
茶色の瓶を持った。
そこから半透明の液体をビーカーに入れて
棚の上にある籠を机に置いた。
中にはネズミが沢山いる。
さぁ、何をするのだろうか?
先生はネズミに麻酔をかけて眠らせた。
その後、注射器に半透明の液体を入れて
ネズミに注射する。
注射したネズミの首元は見たこともない
紺青色であったのだ。それに俺は思わず目を疑った。
俺がぼーっとしている間に
先生はネズミの首に歯を突き立てて液体を吸った。
それを飲み込むと少し咳をして手になにか注射する。
消毒液のような匂いだ。
「アイルランドのエポキシンDは成功か。」
液体の名前のようなものを独り言まじりに
言うと瓶に蓋をしてしまった。
息を潜めるのに必死であったが
ネズミは見なかった間に綺麗な紺青色となっていた。
先生の技術に少し惚れ込んでしまったが
先程述べたように何に使うのかは分からない。
ただ怖い薬では無いような気がする。
正直、違法薬物ではあるかもしれないが
俺を救ってくれた恩人だし心底信用していた。
ホッとして胸を撫で下ろすと
先生が振り返った。ギリギリで気づかれなかったが
先生はとても勘が鋭い。
俺は警戒する先生を前に
ヒンヤリととした空気の中で隠れていた。
今思えば先生は確実に俺がいることを
知っていたのだと思う。
彼はいつでも空気の歪みに敏感だった。
先生の口から吐かれる白い息も
バレないように同時に息を吸って吐く
俺の呼吸音も聞いて、ホッとしたときの
安心感まで体で体感しているのだろう。
その時の俺はそんなことも考えなかった。
まだ未熟な故の簡単な考えでいたのだ。