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「ぬぅうがぁあああっ!!
何でワシがこのような目にあわねば
ならんのだっ!!」
ウィンベル王国より北方のチエゴ国―――
そこからさらに北にある宗教施設、その一室で……
一人の男が叫んでいた。
極寒と、厳しい環境のせいか、球形のようだった
体型はややくびれが見え、顔は無精ひげが目立つ。
短いブラウンの頭髪をガシガシとかきあげながら、
彼は悪態をつくが……
ここは最低限しか人がいないのか、それに対する
反応は無い。
「ワシは『創世神正教』の司祭だぞ!!
リープラス派の中でも、次の大司祭に最も
近かったはずだ!!
それが……それがなぜこんな辺境に
飛ばされねばならんのだあぁああっ!!」
彼はかつて、シンと因縁のあった
ズヌク司祭であった。
ポルガ国の先代伯爵、ディアス・ロッテンの
ひ孫の誘拐未遂……
しかも他国の王族の結婚式の最中に、
さらには禁忌の魔導具まで手を出した事に、
リープラス派も処罰を検討せざるを得なくなった。
(83話 はじめての さいはつ参照)
考えられた処遇は二つ。
一つは、ロッテン伯爵家の怒りが収まるまで、
どこか連邦の中でも遠い国に異動させる事。
もう一つは完全に飼い殺しにする事。
こちらの場合、出世の目は無くなる代わりに、
『死ぬまで』それなりの生活は保障される。
この二つはある意味、まだ温情措置だと言えた。
しかし、そのどちらかにまとまらないうちに、
ある一報がリープラス派を直撃する。
先代伯爵の妻である、レティ夫人に対し―――
治療と称する裏側で彼女を害していたと。
その後の調査で、孤児の人身売買にまで
関わっていた事が判明し……
ここに及んでリープラス派はズヌク司祭の
擁護を、完全に断念する事を決定。
連邦は元より各国を通じて―――
最果ての地へ布教しに赴いた事にして……
『追放処分』としたのである。
ただし、リープラス派の知る範囲の中でも、
文字通り最果ての北方地帯への追放は……
死刑も同然の処置であった。
「い、今はまだいい……
いくら雪国とはいえ、夏に向かっている。
しかし、問題は冬だ……
次の冬を越せるのか?
噂によれば、ここの冬を二度越せた者は
いないとか……
ワシは……ワシは……
こんなところで終わる人間では
ないのだあぁあっ!!」
大声で叫び、息切れしたところで―――
拍手の音が聞こえた。
「!?」
目を大きく見開いて振り向く。
ところどころから隙間風が入り込むほどの、
ボロボロの部屋の入口……
そこで、グリーンの短髪をした……
長身の30代後半くらいと思える男が
立っていた。
宗教関係ではなく、研究所か病院にいるような
衣装に身を包み、眼鏡をくい、と直しながら
歩み寄る。
「……誰だ?」
ズヌクは身構える。
(この施設は完全に無人というわけではない。
2、3人の姿は目にしたが……
しかし、事実上の処刑場とも言えるここでは、
どいつもこいつも死んだような目をしていた……
恐らく、ワシと同じような処分を受けた
者どもだろう。
だが……コイツは違う)
まさかわざわざ処刑するための人物を、
この地まで送り込んだとは思えないが―――
彼の思考をヨソに、男は片手を胸につけて
一礼し、
「ズヌク司祭殿……ですね?
私は新生『アノーミア』連邦、兵器開発主任……
アストル・ムラトと申します。
以後、お見知りおきを」
「こんな辺境までよく来たものだ。
それに、兵器開発主任だと?
新兵器の的にでもなれと言うつもりか?
どうせ赦免や帰還に関する事ではなかろう?」
何の期待もしていない司祭は投げやりに答えるが、
「そうですね……
少なくとも、ポルガ国へ戻すような話では
ありません。
むしろ私は、連邦から出ていく事が確定して
おりますのでね」
「何だと?」
疑問を口にする司祭に構わず、彼はそこらの
イスを引っ張ってきて腰を掛ける。
「ランドルフ帝国……
海の向こうの国ですが、そこに呼ばれて
いるんですよ。
連邦はもう先が無い。
それは貴方のような有能な人材を、
こんな場所へ送り込む事で証明されている」
「…………」
さすがに後ろめたさがあったのか、
即答出来ないズヌクを前に、彼は続ける。
「知ってますよ。
たかが少数派の亜人を奴隷にしようと
したところ、ケチがついたんでしょう?
弱者に寛容な世界に未来は無い。
強者を抑え込んだ先にあるのは―――
いびつな、腐った社会です」
「……む」
同じリープラス派の中でも、彼の行為には
賛否両論の意見があった。
しかしアストルは、それを全肯定する。
「連中は庇護されるべき存在であったはず。
ならば従うのは当然の事。
違いますか?」
「その通りだ」
(そうだ、従わせるという事は……
当然、守るという事でもある。
それなのになぜワシが非難されるのだ?)
ズヌクの心に―――
あのブラウンのロングヘアーをした、
ラミア族の少女の姿が浮かぶ。
「その当然の事が―――
なかなかわからない連中が多いのですよ。
かくいう私も、ウィンベル王国への対抗策を
具申し続けたところ、煙たがられましてね」
「ウィンベル……王国」
(そうだ。
事の発端はあのウィンベル王国だ。
あの冒険者が、ドラゴンがジャマをしなけば……
湖近くの村でも、公都でもことごとく……!)
エイミという少女を手に入れようとする度に、
妨害されてきた。
懇意にしている貴族への献上品として育ててきた、
孤児・アーロンも失った。
それはウィンベル王国の者たちのせいで―――
「どうです?
私と共に、新天地を目指しませんか?
あなたのような人間が、ここで朽ち果てて
いくのは、いかにも惜しい。
その力は、きちんと評価される場所で
使うべきです」
「……いいだろう。
ワシは何をすればいい?」
アストルは口元を歪め、
「さすがに頭の良い人間とは話が早い。
いつもこうであればいいのですが。
私はね、ズヌク司祭……
新生『アノーミア』連邦、ウィンベル王国、
双方に一泡ふかせるつもりです。
それにご協力頂ければ、ランドルフ帝国への
亡命を口添えしましょう」
「ほう……
両国に、か。
連邦にもはや未練は無い。
ウィンベル王国に対しても、何か出来るので
あれば、何でもやってやる……!」
逆恨みではあるが、怒りに燃え滾る司祭の目には
ハッキリと次の目的のための、生きる気力が宿る。
「それではこのまま外へ。
魔導動力の機動車を用意してあります」
立ち去る二人を、施設の先住者が見ていたが……
彼らはうつろな目で見送るのみだった。
「ま、まさか『万能冒険者』の話が本当
だったとは……」
一応、拘束はさせてもらったが―――
馬車に襲い掛かってきた5人を乗せて、
私たちは目的地へと向かっていた。
「まったくもう。
お前はすーぐ先走っちまうんだからよ。
そんなに俺の言う事が信じられなかったのか?」
短い赤髪の、アラサーの男がヤレヤレという
感じで話す。
目の前には、リーダー格と思われる……
薄い茶色のショートヘアーの女性が、申し訳
なさそうに大人しくしていた。
年齢は女子大生くらい……
10代後半、20歳を少し過ぎた程度だろうか。
この手の『仕事』をする人間にしては、若いという
印象だ。
「まあ隊長の言う事ですので、
無理はありませんが」
「だから酷くね!?」
ポツポツと灰色の髪に白髪が目立つフーバーさんの
言葉に、上司の彼が反発する。
そこでセミロングとロングの同じ黒髪を持つ、
妻2人がフォローに回り、
「まあ旦那様ながら、自分の目で見ないと
わからないっていうのは理解出来るよー」
「シンと親しい者の身内でも―――
我の姿を見るまでは半信半疑の者も多いしのう」
実際にアルテリーゼの本当の姿を見た彼らは、
ばつが悪そうにうなだれる。
「せっかくだ、ルフィタ。
こうしてご本人様が目の前にいらっしゃるん
だから―――
今のうちに聞きたい事があったら、言ってみたら
どうだ?」
アラウェン『隊長』の言葉に―――
彼女を始めとして、他の襲撃メンバーも目を
白黒させるが、
「別に構いませんよ。
敵ではないと判明しましたし。
答えられる範囲でよければ」
次いでメルとアルテリーゼが、
「シンに聞けばたいていの事は教えてくれるよー」
「まあ口数が少ないし、よく一人で考え込む
厄介な性格なのでのう。
それで誤解される事もあるのじゃろう」
私は物静かなだけなんだが……
それにあまり目立ちたいとも思っていないし。
視線を前に戻すと―――
ルフィタと呼ばれた彼女は、しばらく悩んでいる
ようだったが、意を決したように口を開き、
「……貴殿は、新生『アノーミア』連邦を―――
どうするおつもりですか?」
あまりにスケールの大きな質問が出てきて、
今度は私が目を丸くする。
「いや、あの……
もう少し具体的に、ですね」
「今、連邦各国は―――
貴殿が作ったといわれる、数々の料理や
施設・娯楽が無ければ……
夜も日も明けない有様です。
それだけの影響を及ぼす、真の目的は
いったい何なのでしょうか?
それほどのものを独占せず、こちら側に
浸透させる意図は!?」
なおも食い下がるルフィタさんに私は困惑し、
妻2人はそんな私を見て苦笑して、
「それはねー。
シンの性格としか言いようがないかな」
「我が夫じゃぞ?
独り占めして、コソコソと利を貪るような―――
そんな器の小さい男では無いわ」
という説明で……納得はしないだろうな。
そういう表情でにらむように彼女は返す。
私はいったんひと息ついた後、
「そもそも私は、国政に口を出せる立場では……
ただの平民の冒険者ですし。
技術や料理に関しては、こうなって欲しいという
希望はありますけどね」
「それはどのような!?」
ぐいぐい押してくるように接近する彼女を、
フーバーさんが黙って押し返す。
「別の村から技術支援を要請された時があったん
ですけど―――
その時のこちらの町は、お客さんや新規の
住人希望の人がたくさん来て、手一杯だったん
ですよ。
だからその村に、料理や施設の指導を行う
代わりに、相互補助の約束をしたんです」
「そうごほじょ?」
首を傾げる彼女に私は続けて語り、
「あの時の町は……
料理やお風呂などのサービス目当ての人が
たくさん来ていて、許容範囲を超えそうでした。
そこで、他の場所へ技術指導を行う代わりに、
もしこちら側が対応し切れなくなった場合、
材料や人の受け入れを融通し合うという
条件にしたんです。
もちろん相互に、対等の関係で―――
そのためには、同じ水準になってもらう必要が
ありました」
良く言えば全体レベルの底上げ―――
ぶっちゃけると、ウチもうパンク寸前だから
出来る事はあんたらの方でやって、という
必要に駆られての事だったのだが。
「な、なる、ほど……
つまりウィンベル王国は、連邦と対等の関係を
求めていると?」
ルフィタさんの言葉に、私は両手をブンブンと
振って、
「いやそこまで考えていませんって!
それこそ国同士で決める事でしょう。
ただ私としましては、同じ水準になれば……
もっと生活を楽しんだり、余裕が出来るんじゃ
ないかと。
それで、こちらともっと交易を拡大したり、
そちらからも知らない食材や珍しい物を
取引き出来たら、なんて」
そこでメルとアルテリーゼが割って入り、
「結局はそこに落ち着くんだねー、シンは」
「自分でいろいろ作るくせに、新しい物には
貪欲だからのう」
やがて、問う事に疲れたのか目の前の彼女は
大きく息を吐いて、
「なんとなくは、わかりました。
いろいろと深読みして申し訳ありません」
しゅん、としおらしくなるルフィタさんに、
私はもう一言付け足す。
「あと、訂正したい事があります。
ワイバーンやラミア族、獣人族、魔狼などの
亜人・他種族を従えていると言われましたが……
彼らとは共存関係であり、対等な立場です。
過去に手助けした事があって、それに恩義を
感じ―――
こちらに協力してしてくれているに過ぎません。
彼らの名誉のためにも、それだけは申し上げて
おきます」
「は、ハイ……!」
そこで話は一段落し、馬車は目的地へ向けて
走り続けた。
「ほんじゃ―――
いろいろとご迷惑おかけしやしたっ!」
「最後くらいきちんとあいさつしてください!
もう……!」
アラウェンさんとフーバーさん、上司部下の
コンビが揃って別れのあいさつをする。
あれから3時間ほどで、馬車は彼らの言う地点まで
たどり着き―――
襲撃者たちの拘束を解いてお別れする事になった。
気付かれないように、『無効化』を解除する事も
忘れない。
「あー、それと……
連邦の人から襲撃されたとなると、後で
面倒な事になるかも知れませんので。
『何事も無かった』という事でひとつ
お願いしますね」
「も、申し訳ありません……」
深々と頭を下げるルフィタさん。
その隣りでアラウェンさんが彼女の背中を
軽く叩きながら、
「『万能冒険者』サマに感謝しとけよー。
そういやシンさん。
今新しく作っている物とかってあります?
もしあれば、その情報も手土産にしたいんで」
「ダイズで、新しい調味料作成に挑戦してます。
時間がかかる物ですけど、うまくいけば期間が
短縮出来るかも」
「そりゃー楽しみ!
んではまたー!!」
片手をブンブンと振って別れる隊長と―――
それに困った表情で従う部下たちに別れを告げ、
私たちはそれぞれの帰途についた。
「まーまーそうシケた顔すんな。
コレでも食えって」
「むー……」
アラウェン一行は隠していた馬車に乗り、
公都『ヤマト』のお土産の一つである、果実入りの
アメをルフィタ始め部下たちに振る舞う。
「まったく、余計な仕事を増やしおってからに……
シン殿が相手だったから良かったものを」
「いやー多分予想されてたんじゃねーか?
少なくともあのギルド支部長はわかっていたと
思うぜ?」
隊長の言葉に、馬車の中の一同は注目する。
「それはどういう―――」
「帰りの馬車だよ。
二頭引きの。
俺たちとシンさん、そして嫁2人なら、
一頭引きで十分だ。
それをわざわざ二頭引きにしてくれたんだぜ?
まるで乗員が増える事を見越していたように」
それを聞いた馬車の中に沈黙が訪れる。
「こちらとしても情報を与え過ぎたかな。
あちらも連邦が一枚岩とは思ってねーだろうし、
このヘンは大人の対応ってヤツかね。
ま、いい。
帰ったら例の『獣人族児童連続誘拐』の件、
気合い入れて調査すっぞ」
「「「はい!!」」」
隊長の言葉で、彼らは『仕事』の顔付きになり、
緊張感が場を支配する。
「(しかしなあ―――
公都に滞在していた客人……
イスティール、ノイクリフ、グラキノス、
オルディラにマギア……
何か記憶にあるんだよな。
どの名前も。
帰ったら一応調べてみるか)」
アラウェンは一人頭を悩ませ―――
その後は調査方針について議論が交わされた。
「な? 二頭引きにしておいて正解だっただろ?」
公都『ヤマト』へ帰還した後―――
冒険者ギルド支部に報告に赴くと、ジャンさんから
放たれた第一声がそれだった。
「ハハ……お見通しだったってわけですか」
白髪交じりの頭の、筋肉質のアラフィフは首を
コキコキと鳴らして、
「お忍びで来ているんだし、そりゃあ反発する
連中の一人や二人、いるってモンよ。
情報としては王都に伝えるが―――
大事にしないよう、取り計らっておく」
そこで、黒い短髪の褐色肌の青年が、
「よりにもよってシンさんが護衛している時に……
そりゃ自殺行為ってモンッスよ」
「でも少しだけ同情しますね。
自分の目で見なければ、信じられない事って
ありますし」
丸眼鏡にライトグリーンのショートヘアーの
妻が、夫に続いて感想を述べる。
「おう、それとな。
チエゴ国と連絡が付いたぞ。
フェンリルのルクレセント様が近いうちに、
公都に来ると。
あの『急進派』どもを元に戻すのに、
彼女が必要って事になっているんだろ?」
そう―――
公都や近辺の子供・魔狼たちはフェンリルによって
加護が与えられており……
それを害そうとする者は魔法が使えなくなる、
という『設定』にしているのだ。
実際は私の能力による『無効化』でそうなって
いるのだが―――
その解除は彼女がする事になっており、来てもらう
必要があった。
「しかし……
『急進派』の中心人物であった、デイザン・
ジャーバ両伯爵は懐柔したはずなのに―――」
「まあそれで、より危機感持っちまったってのは
あるかもな」
ギルド長の言葉の後に、
「うまくいかないモンッスねえ」
「その両伯爵以上の戦力は―――
もう来ないでしょうけど」
レイド君とミリアさんが、ため息をつく。
「う~ん……
ここは、その『急進派』とやらの一番上の人と、
きちんとお話しした方がいいかも知れません」
「直接乗り込むのか?
いや、シンなら可能だろうが……
より連中を刺激しちまうかも知れんぞ?」
ジャンさんが消極的な反応を見せるが、
「でも実際―――
今まで何とかなってきたのって、一番上と
話を付ける事が出来た……
というのもありますから」
「??」
「と言いますと?」
レイド夫妻が同時に身を乗り出すようにして、
聞いてくる。
「こういういざこざって、組織や勢力の下から
解決していくのは悪手なんですよ。
あちらも部下をやられたりしたら、メンツが
ありますし―――
引くに引けなくなって、最終的に全面衝突……
というのはよくあります」
「確かにな。
貴族や地位のある人間だと、名誉やら誇りやら
建て前やら、いろいろあるし」
私とギルド長の話を聞いて、若い夫婦はただ
うなずく。
それに、ジャンさんの人脈でギルド本部長である
ライオットさん―――
実は前国王の兄と知り合えた事も、これまでの
問題解決に大いに役立った。
そういう意味では、かなり幸運だったといえる。
RPGのように、周辺の弱い怪物から相手して
いけば、最終的にはラスボスと戦う事になる。
だからどんな犠牲を払ってでも、トップと話を
付けるというのは、とても重要なのだ。
カルベルクさんと話を付けた事も然り、
アシェラットさん然り、
ワイバーンの女王・ヒミコ様然り―――
「とにかく、ルクレさんが来てからですね。
行動を開始するのはそれからです」
こうして、『急進派』トップとの話し合いに
方針を定めた後、その事について情報共有が
行われた。
10日後―――
「おじい様、次はこのご本読んでー」
「やれやれ、子供はもう寝る時間じゃぞ?
仕方ないのう……
これを読んだらベッドに入りなさい」
高価なパジャマ姿の、4・5才と思われる
薄い黄色の短髪をした少年と―――
70才ほどだろうか、すっかり頭頂部の髪が
無くなり、他は白髪で覆われた祖父であろう
老人が、ある屋敷内の書斎でくつろいでいた。
ウィンベル王国、王都・フォルロワ―――
その王城近くにある貴族街の一角でも
ひときわ目立つ、サイリック大公家の屋敷。
そして同時に……
『急進派』のトップがいる拠点でもあった。
「ヴィンカー・サイリック様。
客人がお見えになっております」
ノックと共に扉の外から女性の声がし、老人は
そちらへ振り向かずに答える。
「今、何時だと思っているのだ?
追い返せ、余りにも無礼であろう」
孫の前だからか、感情を抑えつつ面倒くさそうに
答えるが、
「それが……
公都『ヤマト』の東の村の件で、それについての
話があると申しておりまして」
「!」
『急進派』の一味が公都周辺の村を襲撃し、
それが失敗に終わった事は、トップである
ヴィンカーの耳にも入っていた。
「明日には出来ぬのか?」
「申し訳ありません。
緊急との事で……」
彼はフゥ、と一息つくと、
「ヘンリー、ちょっと難しい大人の話がある。
そこで待ってておいで。すぐ戻るから」
孫に声をかけた後、彼は部屋の扉に手をかける。
「それでどこにいる?
その大馬鹿者は―――」
「ここにおります」
ヴィンカーが広い廊下を見渡すと……
そこには声の主と思われる、黒髪セミロングの
女性と―――
後方に30代後半と思われる男性、そして
長身の黒いロングヘアーの女性が立っていた。
「!?
き、貴様らは……?」
「ええと、落ち着いてください。
別に襲いに来たわけではありませんので」
「く……!」
私の目の前で、老人は何か魔法を放とうと
したのだろうが―――
魔法・魔力は先ほどから、正確に言うと
侵入前から『無効化』させながら進んで
きたのである。
5日ほど前―――
ルクレさんの到着と同時に、公都で捕らえていた
『急進派』の襲撃メンバーの魔法無効化を解除、
同時に彼らから情報を引き出し―――
現在の『急進派』の状況と、そのトップの存在を
突き止めた。
リーダーであるヴィンカー・サイリック前大公……
その屋敷の警備状況をさらに調べ上げ、
建物の中は一応護衛が詰めているものの、
孫が怖がるという理由で、表立って人員は
配備されておらず、
もっぱら『魔導具』による警戒に頼っており、
それらが作動しなければ、護衛が駆け付ける
事も無かった。
さらに、自分たちも魔法・魔力を『無効化』
させており―――
少なくとも魔法に頼る警戒は、全て引っ掛からなく
なっていたのである。
「な、な……!?
なぜ魔法が発動しない!?
い、いや、それよりなぜ魔導具が―――
トラップが作動しないのだ!?」
私は人差し指を顔の前で垂直に立てると、
「シーッ、お静かに……
お話があるのは本当です。
まずはお部屋に入れて頂けませんか?」
こうして、なし崩しに―――
私とメル・アルテリーゼは彼の書斎へと
お邪魔した。
「おじい様? その方々は?」
部屋に入ると、お孫さんと思われる―――
身長100cmをちょっと超えたくらいの
男の子がいた。
「へ、ヘンリー」
老人は不安気にそちらに視線を移すが……
今回は事前情報で、よく孫の相手をしていると
聞いていたので、秘密兵器を用意してあった。
「おうおう、可愛い子じゃのう。
ちょっと我々はおじい様とお話があるでの。
この子の面倒を見ていてくれぬか?」
アルテリーゼの胸の中から、彼女の子供、
ラッチが飛び出す。
「ピュイッ!」
「わあっ、何これ!?」
小さな動物の子供の登場に、男の子は大喜びし、
大きな絨毯のあるスペースに2人とも移動させる。
そして私たちは、対峙するように部屋の奥―――
大きな長テーブルを挟んで席に着いた。
「ヴィンカー・サイリック……前大公様ですね」
「ドラゴンの子供……
という事は貴様が、『万能冒険者』か」
「まあ、そうも呼ばれているみたいでして」
軽くお互いに確認から入り、
「何が望みだ?
もう貴様の言う事は、何でも聞かねばならぬ
立場であろう、こちらは」
「いえ、そこから誤解があると言いますか……
話というのは、敵対する意思が無い事を
お伝えしに来たのです」
「……?」
意味がわからない、というように老人は私と
妻2人を交互に視線で追うが、
「そもそも、『急進派』のお考えが何であって、
こちらのどこがそちらと対立したのか……
まずはそこからお聞かせ願えますか?」
私の問いに、サイリック前大公は腰を掛け直して
「強力な魔法や膨大な魔力こそ至高の価値―――
料理で敵を倒せるか?
風呂やトイレで敵が退いてくれるか?
多種多様な価値を認めてしまえば―――
弱体化する未来しか見えぬ」
「わかります。
武力無き交渉は、ただの意見表明に
過ぎません。
ですが交渉手段自体は、いくらあっても
構わないと思っていまして。
例えば新たな価値観と組み合わせるとか―――」
そうして話し合いがスタートし―――
互いに意見を交換し、または提案した。
「まったくだ!
わかるか、貴殿に……
不甲斐ない者たちを指導する気持ちが!」
「ええ、いますよね。
ですが上に立つ者として―――
そこまで考えなければならないのが、辛いところ
でしょう。
それに、そういう人たちを見捨てたり
切り捨てたりせず……
そうやって苦しんでいる事こそ、
組織の頂点を務める者の資格であり証だと
思います」
「ぬう、それはそうだが……」
そこで私の両隣りに座っている妻たちも、
「なんだかんだ言って、面倒見いいですよね。
サイリック様」
「それが器というものであろうの。
ドラゴンの我から見ても、なかなかの
御仁じゃ」
メルとアルテリーゼも打ち合わせ通り、
ヨイショするように相槌を打つ。
一時間ほど議論は続き……
というか半ばグチの聞き役のようになって
きていたが、
内容は否定はせず、相手に合わせつつ―――
要所要所で反論にならないよう、一つの意見として
彼に具申する形で申し出る。
特に、ある事を例に出して……
「……ところで、シン。
先ほどの貴殿の話だが、確かに一理ある。
強力な魔法・魔力があれば、成功が約束されて
いるようなもの。
そこに心配はなく、指導の必要も無い。
だが、もしヘンリーに強力な魔法が発現
しなければ……
そういう時に別の『生き方』を教える事こそが、
先達の役目。
その言、もっともだ」
話の中で、私は彼の孫であるヘンリー君を時々
引き合いに出した。
もし彼にこれといった魔法も魔力も無かった時、
どうするのかと。
さすがにこの例えには……
ヴィンカー・サイリック前大公も答えに
窮し―――
段々とこちらの話に、耳を傾けるように
なっていった。
「敵対しない、という言葉が本当であれば……
貴殿の言う事も案じてみよう」
ようやく妥協点が見つかったようで、ホッと
一息つく。
そこでメルが私の肩をちょんちょん、とつつき
「?? どうしたんだ?」
「ホラ、ヘンリー様とラッチ……」
彼女の指差す先へ3人が視線を向けると、
そこにはラッチを抱いたまま一緒に眠る、
少年の姿があった。
「あれあれ、風邪をひくぞ?」
アルテリーゼがすぐに駆け付け―――
次いでサイリック様が孫を抱きかかえ、
「待ち疲れてしまったようだな」
「少し話し込み過ぎましたね。
では、私たちはこれで……」
アルテリーゼがラッチを抱いて、3人で一礼し、
部屋を出ようとすると、
「見送りはしないでいいか?」
「構いません。
そもそも訪問が知られていないのに、
見送られるのもおかしいでしょう」
私と前大公様はそれぞれ苦笑し、
「……
そちらから何か要望はあるか?」
「そうですね。
襲撃した人たちは間もなく帰ってくるで
しょうから―――
出来れば、罰はあまり厳しくしないように
お願いします」
そこで部屋から出ると同時に、密かに彼の魔法・
魔力を元に戻し……
今度は来た時とは逆に、無効化を解除しながら
廊下を進んで行った。