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「おう、シン。
それに嫁さんたちも無事だったか」
サイリック大公家の屋敷―――
その裏門から出てしばらく歩くと、見知った声に
呼び止められた。
グレーの白髪が混じった短髪で筋肉質の、外見は
40代に見えるその男性は……
冒険者ギルド本部長・ライオット。
そして実は前国王の兄―――
ライオネル・ウィンベルその人であった。
「遅くまですいません。
付き合ってもらっちゃって」
「構わねえよ。
王家の一族も絡んでいる事だしな。
これで『急進派』どもが大人しくなって
くれりゃ、御の字よ」
名こそ急進派だが……
内容は原理主義というか、ガチガチの保守。
権力の頂点に近くなればなるほど、その傾向は
強かったのだろう。
ライさんや現国王の方が異端と言ってもいい。
そこで背後から黒髪の、セミロングとロングの
妻2人が、
「あ~……
とにかくギルド本部で休ませてぇ~……」
「うむ。そろそろ限界じゃ……」
メルとアルテリーゼはかなりグロッキーの
ようだ。
かくいう自分も精神的に疲れていて……
私たちは本部への道のりを急いだ。
「お疲れ様です」
「ではラッチちゃんはお預かりいたします」
本部に到着するや、いつもの2人―――
金髪を腰まで伸ばした人と、眼鏡をかけた
ミドルショートの黒髪の女性……
サシャさんとジェレミエルさんが顔を見せると
同時に、すでに眠っていたラッチをさらうように
して離れていった。
それに対しこちらの3人はつっこむ気力も無く、
テーブルに突っ伏したりイスにうなだれたりする。
「そんなに疲れたのか?
まあ『急進派』のリーダーを務めている
人間だ。
一筋縄ではいかなかっただろうが」
ライさんが労いの言葉をかけてくれるが、
「いえ、話したのは一時間程度でしたよ。
そんなに時間もかけられなかったので……」
「?? じゃあ何がそんなに苦労したんだ?」
するとメルが顔だけ本部長に向けて、
「だってさぁ~……
同じ事を繰り返して話すんだもん。
それも何度も何度もぉ~……」
「重要なところはシンが話しておったが、
それだけなら5分もかかっておらんわ」
アルテリーゼも大きく息を吐きながら、
本部長に吐き出すように答える。
実際、気付いたら延々とループする話に、
こちらもかなり精神的にまいっていた。
地球にいた頃、取引先でも延々と長話をする
人はいたが……
付き合わせた妻たちの疲労は重く、申し訳なく
思う。
「あ~……そっちかあ。
まあ、あの年だからなあ。
何か軽いモンでも用意させるよ。
さすがに今日は泊まっていくだろ?」
「お願い……します……」
私とメル・アルテリーゼは軽食を胃に入れると、
そのまま客室に案内され、ベッドに倒れ込んだ。
「いただきます」
翌朝―――
朝食を前に、私があいさつすると
「いただきます」
「いただきます」
「ピュー」
家族もそれにならい、一緒に一礼する。
「シン、食う前にいつもそれやっているが……
それは故郷の風習か何かか?
あ、ここの連中は別に宗教とかウルサクねーから
大丈夫だが」
メルとアルテリーゼは視線を彼に向けて、
「これはシンがいつもやっているの。
私も一緒にやるようになっただけで」
「今では公都の子供たちも普通にやって
おるがのう。
確か、食べるという事は―――
生きているものから命を頂くから、
それに感謝の言葉を述べてから食べる……
であったかな」
次いで3人の視線がこちらに向き、
「まあ食べられる方にとっちゃ、感謝も何も
あったものじゃないと思いますけどね。
あと料理を作ってくれた人や、材料を
取ってきてくれた人たちへの感謝も入ってます。
格好良く言えば、感謝の気持ちを忘れないための
戒めみたいなものというか……
結局のところ自己満足に過ぎないので、あんまり
気にしないでください」
「神にではなく、食べられる生き物への感謝、か。
面白い。
創世神教の神官どもに聞かれたら、野蛮と
言われそうだが……
果たしてどちらが野蛮となるのだろうか」
そこでメルが割って入り、
「もー、難しい事話してないで、食事を
楽しみましょう!
せっかく美味しいんだから!」
「うむ。
それにこの米もふっくらと炊けて―――
公都『ヤマト』での食事に匹敵するぞ。
固過ぎず柔らか過ぎず、申し分ない出来じゃ」
「ピュ!」
何しろ全部人力でやっているからなあ。
水加減や火の調整などで、米の芯が残っていたり
お粥もどきが出来上がってしまう―――
慣れるまではその繰り返しだ。
今では美味しくお米を炊ける事が、公都の料理人の
登竜門になりつつあると言うし。
そう思っていると、ライさんがニヤリと笑って、
「フフフ……
よくぞ気付いてくれた。
その米は―――
手動で炊かれたものじゃねえ。
遂に完成したんだよ、アレが……!」
「!! まさか……
『炊飯魔導具』ですか!?」
聞き返す私に、彼はコクリと力強くうなずく。
実は、重曹を作る係の人用に、空調服を
注文した事があるのだが―――
(78話 はじめての せいれい参照)
それ以来、王族直属の研究部門と共同機関を
起ち上げ……
地球のそれと同様の機能を持つ、様々な魔導具の
作成に乗り出したのである。
そのへんは全てカーマンさんに丸投げする形では
あったが……
施設整備班の装備である、水魔法をジェット噴射の
ように吹き出す杖など―――
いろいろと成果を上げていた。
「え!? アレが魔導具で出来るの!?」
「シン!
どうしてそれを我らに黙っていたのじゃ!?」
「ピュー!?」
家族が非難するように、一斉に疑問と質問を
向けてくる。
家事は基本、持ち回りや協力してやっている
ものの……
やはり人力での炊飯は負担が大きいのだろう。
「いや落ち着けって!
完成したのはつい最近なんだよ。
それにまあ―――
何ていうか、ありゃあ一般家庭向けじゃ
ないと思うぜ」
「う~ん……
まあそんな気はしていました」
ライさんと私の会話に、彼女たちはきょとんとした
表情になる。
「ちなみに、何人前炊けるんですか?」
「ウチに導入した試作機は80人分だな」
その答えに、今度は彼女たちの表情が
ポカンとしたものになった。
初めての機械やカラクリというものは、
どうしても大型化してしまう。
やる事が多いほど、そして複雑なほど。
この世界でもそれはご多分に漏れず―――
容器の他に火を出す機能、時間を計る機能、
火力を調節する機能に緊急停止させる機能と、
それぞれに魔導具が必要になったため、
かなり巨大化してしまったと聞く。
現代の地球のコンピューターも、今でこそ
一般的に記録・計算・時間設定が出来るが、
本来それらは別々の機能であり、
ノイマン式と呼ばれる形で一体化されたものだ。
「まあ今の段階じゃ、料理店や人が多く常駐する
組織や団体でしか使えないだろう」
「うぇええ~……」
「ぬか喜びじゃ……」
「ピュピュ~……」
ライさんの説明を受けて、家族はガックリと
肩を落とす。
「あと結構使いどころが難しそうですね」
「その通りだ。
人間みたいな微調整は効かねえしな。
一度開始したら、そして用意する量を
間違ったら―――
80人分がムダになっちまう。
ある意味、普通に炊くより神経使うだろう」
私とライさんのやり取りに、彼女たちは
顔を見合わせ、
「そりゃヤバそうだね」
「そうそう、うまい話は無いという事か」
「ピュウ」
ようやく落ち着いた雰囲気が戻ってきた。
しかし、小型化はずっと先の話だろう。
技術的な問題もあるが―――
これは裏の事情が絡む。
後でメルとアルテリーゼにも説明する
つもりだけど……
「ちなみに、いくらくらいします?」
「ウチのは金貨1500枚だ。
所属冒険者や厨房の料理人がどうしてもって
言うモンだからさ。
これでも手に入れるのに苦労したんだぜ?
騎士団とか王家が先に抑えちまってよ」
結構値が張るなあ……
(金貨1枚=約2万円。つまり3千万円)
開発費も回収しなけりゃならないだろうから、
仕方ない事かも知れない。
こうして一通り食べ終わった後―――
私たちは本部長室へと通され、改めて情報を
共有する事にした。
「えぇ~?
もう帰ってしまわれるんですか?
もっとゆっくりしていっても」
「あ、では―――
私どもがまた公都『ヤマト』に同行しては」
「お前らはただラッチと一緒にいたい
だけだろうが」
サシャさんとジェレミエルさんの、まっすぐな
欲望全開の言葉に、本部長がツッコミを入れる。
「でもここ、いつでも炊き立ての美味しい
ご飯が食べられるんだね。いいなー」
「我も未だに失敗する時があるからのう。
まあその時は、お粥かオジヤにして再利用
するが」
よほど『炊飯魔導具』がうらやましかったのか、
本部長室でも妻2人がグチるように話す。
「まあ今後の技術の発展を待つしかないかー。
シンのいた世界じゃ、フツーにあったんでしょ?
アレ」
「厨房で見てきたが、確かにアレは大き過ぎる。
シンの世界ではもっと小さいのであろう?」
「ピュ?」
と、家族が私に質問を向けるが、
「あー、その事なんだけど……
アレを小型化させる予定は無いかな」
それを聞いたメルとアルテリーゼが、両側から
私を2人でブンブンと揺らしてくる。
「何でー何でー何でー!?」
「それはあまりにも無情じゃぞ、シン!!」
見かねたライさんが片手を挙げて制し、
「それについてちと説明させてくれ。
シンと王家で取り決めたんだよ。
『雇用を奪う』性質の魔導具は
開発しないと―――」
そこでようやく自分も事情を説明する。
今回の魔導具はあくまでも、複雑な技術が
必要だから作成したのであり……
せっかく炊飯という『手に職』がつくものを、
わざわざ無効化させたくない、という考えも
あった。
なので、大量に炊ける魔導具は作るが、
小型化は当面見送る事にしたのである。
「今、公都の西側……富裕層地区でも、炊飯技術を
習得した人間は引く手あまたなんだ。
その人たちの職を奪うのはちょっと」
実際、シンプルな機能なら扇風機や単純に
水を出す魔導具も作る事が出来るだろう。
でもそれで働いている人たちの行き場が、
無くなってしまう。
水路や大浴場、または料理のサポートとして
働いている人たちもいるわけで……
そういった経緯から、魔導具の開発は慎重に
行われていた。
「それでも、シンのアドバイスを受けて―――
かなり開発は早まったんだぜ。
決まった量の米を入れて、
決まった量の水を入れる。
その上で、美味しく炊ける時間分、
火力が上下するように……
小型化は今のところする予定は無いって
だけで―――
米食がもっと一般化してきた頃にはやるよ」
本部長の言葉を受けて、妻たちは大きく
息を吐き、
「そういう事情かあ~」
「まあ、それならば仕方がないのう」
私もようやくホッと一息つく。
「それと、シン。
ちょい前に甥っ子―――
ラーシュ陛下と話してきたけどよ。
だいたいはワイバーン定期便で知っていると
思うが」
こうして話は―――
直近の情報共有に移っていった。
「では、またお肉は手配しておきましたので」
「郊外の『乗客箱』に詰め込んであります。
冷凍してあるので1日はご安心を」
一通り話は終わり―――
私たちは一礼して、立ち上がる。
「ああ、それとな……シン」
「?? 何でしょうか?」
本部長室から出ようとしたところ、ライさんから
声をかけられ振り返る。
「甥っ子からだけどよ。
息子の件について感謝する。
この恩は何らかの形で必ず返す。
だと」
現国王の子息で―――
魔力暴走という体質のナイアータ殿下を、
私の能力で治した事はあった。
(76話 はじめての りはーさる参照)
ただ私の能力はトップシークレットになっており、
公式に感謝を伝える事は出来ない。
だからこのような『非公式』な場で―――
ささやかに、まるで言い忘れた事を最後に
伝えるようにするしか、出来ないのだろう。
(王族というのも、難儀なものだなあ)
私は心の中でその苦労を思いながら、
冒険者ギルド本部を後にした。
「とゆーわけで、報告は以上です」
「おう、ごくろーさん」
公都『ヤマト』に戻ってからすぐ、私は
ギルド支部へと向かい、『急進派』トップである
ヴィンカー・サイリック前大公との『交渉』が
終わった事、またそれが良好な結果に終わった事を
伝えた。
筋肉質で白髪交じりのアラフィフの男は、
横で私の話を聞いて、内容を記録していたであろう
丸眼鏡・ライトグリーンのショートヘアの女性から
書類を受け取ると―――
その一番下の段にサインをかき込む。
「レイド!
これどこにしまうかわかってんだろうな?」
「わかっているッスよ!
いつまでも子供扱いしないでくださいッス」
黒髪短髪の、褐色肌の青年がジャンさんから書類を
受け取ると―――
テキパキと書類棚に入れていく。
それを妻であるミリアさんがジーッと見ていたが、
『合格』だったのか、私の方へ向き直り
「そういえば奥様方は?」
「2人とも、肉の運搬の手伝いをしています」
「いつもすまねえなあ。
しかし、王都でも本格的に『養殖』が
始まったか。いい事だ」
魔物鳥『プルラン』はもちろんの事―――
水路での魚の産卵が確認された後、孵化に成功。
このままいけば完全養殖が可能になるだろう。
「でも、『炊飯魔導具』ですか。
是非とも欲しい逸品ですね……!」
やはり女性の観点からなのか、ミリアさんが
目を輝かせながら話す。
「確かにな。
今コメを炊くのって、人によってバラバラ
なんだよなあ」
「そうッスねえ。
でもシンさん発案なら、公都に優先的に
回してくれてもいいッスのに」
すっかり米食に慣れたのか、男性陣2人も
不満を口にする。
「一応、ドーン伯爵邸と公都にも可能な限り
早く回してくれると言ってました。
多分こっちに来たら、宿屋『クラン』に導入
されるかと」
無論、金を出すのは私だが……
導入先はギルド長や公都長代理と相談してからだ。
私の言葉に一応納得したのか、彼らは諦めと
落ち着き、半々の表情になった。
「しかし金貨1500枚、か……
かなりの値段だな」
「それでも、注文が次々と入っているみたい
ですからね」
そこで、ミリアさんが主婦の顔付きになって、
「シンさんの世界にも当然あった物でしょうけど、
どれくらい普及していたんですか?」
「私の世界と言うか国では米が主食でしたし、
多分、アレが無い家庭は無いと思います。
私は野外……短期間の旅をする趣味があったので
炊飯技術がありましたが、今では自力で炊く人は
ほとんどいないでしょうね」
そこで男性陣がウンウンとうなずく。
「面倒くさいもんな、アレ」
「でも一般家庭にそれほど普及しているって事は、
いくらくらいなんスか?」
レイド君の質問に、こちらの貨幣価値を
当てはめて考え、
「安いのなら銀貨7、8枚といったところ
でしょうか。
高いのはそれこそ金貨5枚以上の物も」
「うーわー!!
何ソレ! そりゃ絶対買いますよー!!」
テーブルをバンバン叩き、吠えるミリアさん。
「ま、まあ……
雇用対策でもありますので、今しばらくは
ガマンしてください。
もっと米食が普及したら、『炊飯魔導具』の
小型化も考えていますから」
その後は男性陣で何とか彼女をなだめ―――
一段落した後、私は支部長室を出た。
「す、すいません。
『乗客箱』まで用意して頂いて」
短い茶髪をした20才前後の男性が、対面の座席に
腰かけながら頭を下げる。
「いえ、別に構いませんよ。
3人には児童預かり所が孤児院だった頃から、
お世話になっていますし。
私も一度、ご挨拶に伺おうかと思って
いましたから」
彼の名前はカート君。
あの3人組のリーダー的存在の青年だ。
出会ったばかりの頃は、いかにもガキ大将的な
雰囲気を醸し出していたが―――
今はすっかり落ち着いた印象になった。
「これまでにも何度か技術者も送って頂き……
感謝のしようもありません」
その隣りには、白銀のロングヘアーをした
深窓の令嬢のような女性のリーリエさんが、
「水路やプルランの飼育施設、お風呂やトイレも
公都並みにとは言わずとも―――
それなりに導入されたと聞いています。
村に着いたら精いっぱいおもてなしさせて
頂きますので、期待してください!」
反対側には、女性と見紛うばかりの中性的な
顔立ちに―――
薄い黄色の長髪をしたバン君が、口を開く。
「まあ、あと10分もすれば着く。
それまではゆっくりしているが良かろう」
金属製の管を通じて、車内にアルテリーゼの
声が響く。
公都に戻ってきてから3日目―――
私とメルはアルテリーゼが運ぶ『乗客箱』に
乗って、3人と一緒に南東方向へ飛んでいた。
(ラッチは公都で児童預かり所にて留守番)
彼らの故郷の村へ里帰りする、その付き添いの
ためである。
3人の出身地は、公都から南・やや東よりに
向かって徒歩3日ほどの距離にあったのだが、
ラミア族の住む湖までの通り道に近い位置にあり、
また『乗客箱』の導入で、開発しやすい立地条件と
なった事も相まって、それなりに発展していると
聞いた。
「でも本当に久しぶりだ。
手紙である程度はやり取りしてきたけど……
みんな元気かなあ」
リーダー格の彼が嬉しそうにつぶやく。
カート君・バン君・リーリエさんの3人は―――
魚を獲る『トラップ魔法』(という事にしてある)
の使い手になった時から、村に帰って恩返ししたい
という希望を持っていて―――
これまでにも送金や、技術者を派遣して来た
経緯もあり、交流はあったのだが……
なかなか里帰りする機会が無く、3回くらいしか
帰郷していなかった。
これには理由があり―――
彼らは孤児院時代から、児童預かり所の警備や
各種手伝いをしてもらっていたが、
3人とも身寄りは無く、そのせいか孤児の
子供たちの扱いは親身になって行い、非常に
懐かれ……
さらに冒険者ギルドの詰め所の顔といえば
この3人で、イメージ的な事情からも、
身動きが取れなかったのである。
そしてもう一つにして最大の理由は……
「いやー、でも……
あれには参りました。
いったい何人ついてくるつもりだったのか」
バン君が苦笑しながら視線を下に落とし、
妻たちが内外から受け答える。
「うむ。
さすがにあの『バン玉』のままだったら、
我は搭乗拒否したぞ」
「留学組の子まで引っ付いていたモンね。
以前より2回りくらい大きくなってなかった?」
※説明しよう。バン玉とは―――
バン君を中心に女の子たちが寄ってたかって
集まり、球形になった状態の事を言うのである!
「……バン君が故郷に戻ったら―――
公都の児童預かり所の女の子がごっそり
減るかもね」
私は軽いつもりで、場を和ますジョークとして
言ったのだが……
私以外から『シャレにならない』という大きな
心の声が聞こえ、車内が静まり返る。
「シン、そろそろ見えて―――ン?」
「?? どうした、アルテリーゼ?」
フォローするようにドラゴンの妻から
話しかけられるが、様子がおかしい。
「えっ!? 村が―――」
「あ、あれは!?」
カート君とリーリエさんが窓から下をのぞき、
声を上げる。
「シン、あれ!!」
見ると、円形の土壁に囲まれた村の外側に―――
明らかに武装した一団が、何やら騒いでいる。
かつてあったグランツの襲撃を思い出させ、
私は窓の外へ向かって声をかける。
「アルテリーゼ!!」
「わかっておる!
緊急着陸するぞ!!」
彼女の火力なら一掃出来るだろうが、
その場合村まで被害が及ぶ可能性がある。
それに、状況がわかっていない以上、
安易に死人を出すのは避けるべきだろう。
私たちはその集団の後方に着陸すると、
すぐに村へと急いだ。
「早く開けやがれ!!
ドラゴンを見ただろ、中に入れろ!!」
「俺たちは盗賊じゃねえって言ってるだろうが!!
ただの傭兵だ!!」
現場に到着すると―――
ボサボサの髪に無精ひげの、いかにもなガラの悪い
男たちが、土壁の上に向かって口々に怒鳴るのが
見えた。
まずは茂みに潜み、状況を伺う。
「傭兵?
冒険者とは違うのか?」
「んー……
冒険者を少数の移動パーティーとするなら、
あっちは大所帯ってところかな。
一度『仕事』をした国なら顔パスだけど、
御覧の通り、盗賊か山賊の一歩手前みたいな
ものだから」
私の質問にメルが答える。
確かに見たところ、30人前後はいるっぽい。
今は公都でも護送船団方式を取っているから、
あの程度の人数でのクエストも珍しくはないけど。
「だからまず武器をしまってくれ!
食料なら外で渡すから……!」
あの村の人口は、確か70人程度だと聞いている。
そこに半分近い、しかも戦闘集団を受け入れるのは
リスクが高過ぎるだろう。
土壁の上の初老の男の答えはもっともだと思うが、
「そんな悠長な事言ってられねぇんだよ!
ドラゴンが降りてきたのは見ただろうが!」
「食われちまったらどうするんだよ!
だからさっさと開けやがれ!!」
「あーもう、隊長!
ぶっ壊して入っちまいましょうぜ!!」
うーん。
入ったら入ったで、絶対問題起こすだろうなあ。
それに、アルテリーゼを理由にされているようで、
気分が悪い。
「……ちょっと行って止めてきますか。
3人は待機していてください。
メル、アルテリーゼ。
ついて来てくれ」
「りょー」
「もちろんじゃ」
茂みにカート君・バン君・リーリエさんを残すと、
私たちは傭兵とやらに近付いた。
「すいません、ちょっといいですか?」
私の声に、村からこちらへ傭兵たちが振り返る。
「あぁ!? 何だてめぇらは!!」
「今こっちは忙しいんだよ!!
お前らもドラゴンを見ただろうが!!」
そのドラゴンに『乗って』きたのだから、
知っているけど……
「ええと……確認させてください。
あなた方は本当に『傭兵』なんですね?」
すると、ひと際大きな―――
身長2メートル近くはあるだろう男がずい、
とこちらへ近付いてきて、
「ごちゃごちゃうるせえよ!
さっきからそう言ってんだろうが!!
知ってるか!?
傭兵は非常時なら、緊急回避のための
違法行為が認められているんだぜ!!
お前から『排除』してやろうか!?」
その答えに、妻2人はフー、とため息をつき、
「確認させてって言っているのに、
話が通じないねー」
「シン、これは仕方あるまい」
メルとアルテリーゼの言う通り、かなり
ヒートアップしているな。
アルテリーゼに本当の姿になってもらうのも
手だが、パニックになる可能性もある。
それで2人がケガするのも嫌だし。
先に『無効化』させておいた方が良さそうだ。
『傭兵』かどうかの確認は取れなかったので……
候補は全て入れておこう。
私は小さな声で、
「(魔法を使う―――
傭兵、盗賊、山賊など
・・・・・
あり得ない)」
さすがにこれだけ言っておけば大丈夫なはず。
「メル、アルテリーゼ。
武装解除頼む」
「あいよー。
アルちゃんは向こう側お願い」
「了解じゃ、メルっち」
私たちのやり取りに、目の前の集団は
『は?』という表情になるが―――
「ぐおっ!?」
「げふっ!!」
「が……っ!!」
ものの数十秒で彼らの鎮圧は終わり―――
ようやく村に静寂が訪れた。