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「俺、好きだった子がいてさ。まあお前もよ〜く知ってるんだろうけど。」
何かの感情がこもっているような感じではなくて、ただの暇つぶしに昔話を始めるような口調だった。
知ってるもなにも、きっと仁人が自分の恋心に気付く前から俺は気付いてたよ。ずっと仁人のこと見てたんだから。
そう口に出すことはしなかった。
「研究生の頃から一緒にいて、いつか気持ちを伝えようってずっと大事にしておいてた。でも結局いきなり現れたアルファにとられちゃって。勇斗も知ってるようにあの子はオメガだったから。
やっぱりそうなっちゃうんだなって思った。俺の方が長く一緒にいたのに。それでアルファが嫌いになった。単純だよな。」
…なんで仁人はアルファの俺にそんな話をするんだろう。
俺に対する嫌悪を遠回しに伝えたいのか?
でも口調は変わらず穏やかで優しい。
「俺は第二の性とか関係なしに好きな人と過ごしたかっただけなのにな。だからもう誰も好きになりたくなかった。馬鹿馬鹿しくなっちゃって。誰からの告白も受けたくなかったんだよ。」
恋をしなかったのでバッドエンドってことあるわけねえし。
至極どうでもよさそうにそう言った仁人に、この捻くれ者と思いながら胸が苦しくなった。
ベータは一般的で平穏で、それを羨ましく思うアルファやオメガは沢山いる。悩みがなさそうで良いよなって。
でもベータにもベータなりの苦悩があるんだよな。当たり前のことなのに。
「あの子に、ベータには分からないって言われた時はめちゃくちゃ悔しくてさ。理解できる、できないを確かめもしないで蚊帳の外に出されたことが悲しかった。でも、あの子の気持ちも分からなくもないとも思った。傷付きたくないよな。」
相手のことを先に考える仁人はやっぱり優しすぎる。自分だって傷付いたはずなのに。一体誰が傷付いたお前を救うんだ?
それは絶対俺がいい。だから俺はお前の気持ちを分かってあげたいんだよ。
仁人の鼓動が少し速まる。反対に背中を撫でていた手はゆっくりとした動きになっていく。
「お前の気持ちに答えたのは、変えてくれるかもしれないって思ったから。俺の中にあるベータはオメガやアルファと結ばれる結末はないって固定概念を。」
今まで、俺らが泣いてても泣かないし、弱味を見せようとしない仁人の翳りのない宝石よりも綺麗な目には、涙が浮かんでいた。
仁人は涙までも綺麗なんだな。
それが零れ落ちないように優しく抱きしめて親指で掬おうとしたら仁人が胸を押し返した。
「“待て”ができない奴だな。」
不敵に微笑みながら呟いた。
彼の口端は誘っているように見える。言葉だけだと先ほどのオメガと同じだが、あの時の不快感や寒気はしなかった。
変わりに体の奥から沸々と熱が込み上げてきて、まだ発情した体が鎮まってないことを察し仁人から離れようとした。
なのに仁人は俺の胸ぐらを掴み引き寄せた。
“これ以上越えちゃいけない”と自分に言い聞かせていた領域に入り込んでしまい、仁人には見られて幻滅されたくなかったアルファとしての本性が体の奥の奥から湧き上がってくる。
「仁人それ以上はダメだ。」
「なあ、アルファ様よ。オメガと同じように愛せるって証明してみろよ。」
仁人は分かってない。
ベータだからとかじゃなくて本人の鈍感さ故に。
今俺から逃げないと大変なことになるのに誘ってくるだなんて、自分の状況が危ないことを分かってない証拠だ。
反応するのはアルファの性質だけじゃない。俺がどれだけ仁人のこと好きかちゃんと分かってる?
今まで一度も手を出さなかったのは理性があって我慢してただけで、それはほんの少しのきっかけで崩れてしまうもので。
「途中でやめてって言っても止めねーぞ。」
「うん。いいよ。」
「…無理だって思ってんだろ。最後までできないって。」
「いやー?でもオメガのフェロモンを受けて分かったろ。俺相手じゃ感じることができないものだって。それに気付いた勇斗はもう俺じゃ満足できない体になってるって思ってる。」
つまり試してみろってことだ。
仁人の想像通り、俺が最後までできなかったらきっと俺らはそこで終わりなんだろう。
でも俺は確信している。仁人の想像通りにはならないことを。
もし俺らの関係が終わるとしたら、別の理由になるだろう。
「さあ、佐野さん。お前の相手に俺が務まるのか試してみよっか。」
そうだね。
俺は「ベータには分からない」って言わないよ。
分からないなら教えればいい。
俺が最後まで仁人を抱けないと思ってるならきちんと証明してあげないと。
仁人のこと性に関係なく愛せること、仁人が知りたいこと、俺の気持ち全部教えてあげる。
ただ、仁人がこの気持ちの重さに最後まで耐えられるか。
それだけが問題なんだ。
※次回センシティブ入ります。ご注意ください。