「美味しい……」
「僕のお気に入りなんだ。気にいった?」
「えぇ、とても。私、初めて食べました」
テオドールはあれから、毎日の様に屋敷を訪ねてくる。その度に手土産に何かしら持参してきた。今日は手土産は、焼き菓子だがヴィオラは見たことがない。
「アマレッティっていうんだ。軽くて食べ易いだろう?」
多分ヴィオラより年上だろうテオドールは、たまに自分よりも幼く見える。無邪気で、たまに戯けてヴィオラを笑わしたり、たまに拗ねたりと一緒にいて飽きない。
もしも、自分に弟がいたら……こんな感じなのかも知れないと、ボンヤリと思う事がある。
「そうですね。ふふ、テオドール様、口に菓子屑付けてますよ」
「え、どこ?」
「ほら、ここです」
テオドールは、ヴィオラに顔を近付けて、口元に付いた菓子屑を取って貰おうとする。ヴィオラも慣れたもので、違和感なくそれをハンカチで取り除いた。
「もう、テオドール様は子供みたいですね」
「そうかなぁ。結構確りしてるって言われるんだけど」
これで確りしてるなら、世の男性達は大半の者が確りしているだろうと、ヴィオラは思う……。
「ねぇ、ヴィオラ」
「なんですか」
「そろそろ、良いんじゃない?僕と散歩行こうよ」
テオドールの言葉にヴィオラは、そっぽを向いた。テオドールと知り合ってはやひと月経つ。軽口をお互い叩く程には仲良くなった。だが、ヴィオラは頑としてテオドールと散歩に行く事を拒否していた。
「いやです」
「なんで、散歩はダメな訳?」
テオドールは不満そうに口をさ尖らせる。
「それは……」
散歩はヴィオラにとって、特別だった。ヴィオラとレナードとの2人だけの特別な時間。もし、テオドールと散歩に出かけたら、その時間が特別ではなくなる様な気がして嫌だった。
テオドールの事を嫌いという事ではないが、自分をお姫様抱っこしてくれるのは、レナードただ1人がいい……。
「兎に角、ダメなものはダメなんです!」
「ケチだなぁ」
「ケチで構いません!」
◆◆◆
ヴィオラとテオドールの、こんなやり取りを見ているとふと、デラは昔を思い出す。
テオドールはミシェルに良く似ている。内面もだが、外面もだ。初めてテオドールを見た時、デラは目を疑った。本当にミシェルが戻ってきたのかと錯覚をする程に、似ていた。
他人のそら似……世の中には自分に似た人間が3人だったか、いるという。だが、まさかミシェルに似た人間と遭遇するなど驚きだ。
ヴィオラには、無論だがミシェルの記憶もない。もしも、ミシェルを思い出したならヴィオラは驚愕するも、喜ぶだろうか。
今でも、ヴィオラは無意識の中でテオドールを弟のように扱っている。
テオドールとこのままいれば、もしかしたら記憶が戻る可能性も無きにしも非ずといったところだろう。
そして、テオドールならヴィオラを幸せにしてくれるのではないかと、淡い期待を抱いてしまう。ただ、テオドールの素性はまるで掴めない故、気掛かりも残るが。
デラはため息を吐くと、そっと部屋を出てた。向かった先は、焼却炉だった。
懐に隠していた、レナードからヴィオラ宛の手紙を取り出し、火に焚べる。
そして、手紙が灰になるのを見届けると、デラは踵を返した。