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「おい陽翔、負けたなー! じゃあ罰ゲームね。冬馬に告白してこいよ!」
クラスの後ろで盛り上がる男子グループ。
陽翔(はると)は半笑いで首をかいた。
「……マジ? 冬馬って、あの読書オタク?」
「そう、それそれ。陰キャ中の陰キャ。あいつに『好き』って言ったらどうなるか、見てみてぇ〜!」
しょうもないノリ。でも断ったら負け。
ゲームのルール、空気を壊さない笑い──その場の陽翔には、それがすべてだった。
「わかったわかった、言えばいいんだろ?」
放課後、図書室。
冬馬(とうま)は静かに本を読んでいた。
目元にかかる前髪、薄い唇、涼しい眼差し──今までよく見たこともなかったけど、なんだか近づきにくい雰囲気だった。
(……すぐ終わる)
「冬馬、ちょっといい?」
呼びかけると、彼は静かに顔を上げた。
「……何?」
「俺さ──お前のこと、好き。付き合ってくれない?」
図書室の空気が一瞬止まったような気がした。
冬馬は目を見開き、微かに頬を赤らめた。
「……本気で言ってるの?」
「……ああ、うん。マジで」
陽翔の声が、わずかに揺れていた。
でも冬馬はその震えに気づかない。いや、信じようとしていた。
そして──
「……わかった。俺でいいなら、よろしく」
その言葉に、陽翔は心のどこかがざわついた。
(え? マジで付き合うことになるの?)
付き合い始めたとはいえ、最初は距離感だらけだった。
沈黙ばかり。会話が続かない。
でも──
「この作家、好きなんだ。昔から、静かな話が好きで」
「……ふーん」
少しずつ、冬馬は陽翔に本の話をしてくれるようになった。
一緒に帰る日が増え、時折、笑うようにもなった。
その笑顔に、陽翔の心が揺れる。
(最初は罰ゲームだったはずなのに……)
何度も、嘘を本気に変えたくなった。
それでも、言えなかった。
そんなある日、教室で。
「お前、マジであの陰キャと付き合ってんの? ウケる」
友人の1人がニヤニヤしながら言った。
「最初は罰ゲームだったんだよな〜。冬馬にも言っといたわ。
“騙されてんの、お前だけだぞ”って」
陽翔の心臓が、ズキリと痛んだ。
「……は?」
「なにムキになってんの? 冗談じゃん? お前が始めたんだし」
その時、陽翔は自分の中の感情に気づいた。
(……冬馬が、好きだ)
でも、遅かった。
その日の夕方。
冬馬は学校に来なかった。
慌てて陽翔は冬馬の家を訪ねた。
何度もインターホンを押し、ようやくドアが開いた。
「……もう来ないで」
冬馬の目は赤く腫れていた。
「俺、本気だったんだよ……。初めて、誰かとちゃんと話せた。
嬉しかったんだよ。信じたかったんだよ。
でもさ、全部……笑われてたんだって、思ったら、もう無理だった」
「違う。俺、本当に……今は、お前のことが好きなんだ。あの時とは違うんだ」
「もういいよ」
冬馬はドアを閉めようとした。
その隙間に陽翔が言葉を押し込む。
「信じられなくてもいい。だけど、俺はもう逃げない。
今度こそ、お前にちゃんと“本気”を見せるから」
ドアが閉まったあとも、陽翔はしばらくそこを離れられなかった。
陽翔が冬馬の家を訪ねた翌週。
学校に、冬馬の姿が戻ってきた。
静かな朝、クラスの扉を開けた瞬間、陽翔と目が合う。
驚いたように目を見開く陽翔に、冬馬はわずかに目を伏せて、席に着いた。
(来てくれた……)
ただ、それだけで胸が熱くなった。
けれど──
「よう、裏切り王子。あの陰キャのどこがよかったんだよ?」
「まだ付き合ってんの? あれガチだったんだ〜w」
「お前さ、空気読めよ。キモいんだけど?」
周囲の声は冷たかった。
罰ゲームで始まった恋。
最初は冗談。けど、今は違う──そんな陽翔の本気を、誰も信じようとしなかった。
仲のよかったグループも離れていった。
昼食はひとり。話しかける人もいない。
ロッカーの中には、誰がやったのか、水で濡らされた教科書。
冬馬はそれを、見てしまった。
放課後、教室。
陽翔が一人で机を拭いていた。
イスの上に、ジュースがこぼされていたのだ。
そこへ冬馬が、足音も立てずに近づく。
「……やられてるんだね、俺のせいで」
陽翔は顔を上げ、慌てて笑顔を作ろうとしたが、うまくいかなかった。
「違う。お前のせいじゃない。俺が、罰ゲームだなんてバカなこと始めたから……。自業自得だよ」
「……じゃあ、俺が止める」
「え?」
冬馬の目が、真っすぐ陽翔を見ていた。
いつもの陰のある視線とは違う。まるで火が灯ったように。
「君が俺を信じて告白したのが嘘でも、今の気持ちは嘘じゃないんでしょ?
だったら、俺が守る」
次の日の昼休み。
また陽翔の机に、ゴミが乗せられていた。
「おーい、王子。彼氏に捨てられて孤独かよ?」
クラスの数人が笑う中、突然、教室の空気が変わった。
「──いい加減にしろ」
教室の隅から、低く、鋭い声が飛んだ。
冬馬だった。
本を机に置いたまま、まっすぐ立ち上がり、陽翔のもとへ歩く。
「君たちに陽翔の何がわかるの?
罰ゲームから始まったとしても──それでも、俺は今、彼に救われてる。
君たちが笑ってる間、あの人は自分のせいだって思いながら、一人で傷ついてた。
そうやって、誰かを嘲笑って、自分の価値を守った気になってるの、見てて吐き気がする」
クラスが静まり返った。
普段は声も小さくて、空気のように過ごしていた冬馬が、
まるで別人のように声を張り上げていた。
「もし、これ以上何かするなら、俺が黙ってない。教師にでも、生徒指導にでも言う。
でもまずは俺が、君たち一人一人に──二度と、陽翔に触れさせない」
その言葉に、誰も何も言い返せなかった。
──そして、陽翔はその横顔を見つめていた。
(……冬馬、お前……)
胸が熱くなった。
どんな言葉よりも、冬馬のその行動が、陽翔の心を救っていた。
休み時間が終わり、2人きりになった教室。
「……ごめん、俺が守るって言ったのに、お前に守らせちまって」
陽翔がうつむくと、冬馬はふっと笑った。
「いいんだよ。今度は俺の番だから。
君が俺を信じてくれた。だったら、俺も君を信じる」
「……ありがとな」
「ちゃんとお返ししてよ?」
「何を?」
冬馬は少しだけ、恥ずかしそうに言った。
「……俺のこと、“本気で好き”なら、言葉で証明して」
陽翔は笑って、冬馬の手を取った。
「任せろ。次は絶対、嘘じゃない」
それは、あの日の騒動から少し時間が経ったある日のことだった。
陽翔は、廊下の端で友人から声をかけられていた。
「おい陽翔、あの陰キャとまだ続いてんの? さすがにそろそろ冷めたろ?」
陽翔は、苦笑した。
「……なに言ってんだよ。俺は最初から本気だったし、今はもっと好きだよ」
その言葉に、周囲の空気が少し変わる。
でも陽翔は構わず、まっすぐ歩いた。
彼は知っていた。
本当に守りたいものができたとき、人は少しずつ強くなる。
昼休み。
教室の扉が開く音がした。
振り返った瞬間、陽翔の目が見開かれた。
「……え」
そこに立っていたのは、冬馬──
けれど、別人のようだった。
重くかかっていた前髪はきれいにカットされ、すっきりした額が見えている。
清潔感のある髪型、整った眉、はっきりとした目鼻立ち。
制服もきちんと着ていて、その姿はまるで……モデルのようだった。
「……髪、切ったんだな」
「うん。鏡見て思った。今までずっと、“どうせ自分なんて”って思ってたんだって。
でも……君と一緒にいたら、変わりたくなった。堂々と隣に立ちたいと思った」
陽翔は、口元が緩むのを止められなかった。
「ずるいって、それ。カッコよすぎ」
「……照れるから、やめて」
それでも冬馬の耳は赤かった。
2人の関係にまだ口を出す人はいた。
「付き合ってんのか、マジで?」
「冬馬って、意外とイケメンじゃん。てか、陽翔と逆にお似合いかも?」
皮肉混じりだった言葉も、次第にただの冷やかしに変わっていった。
でももう、どんな声も怖くなかった。
冬馬は陽翔と並んで歩き、
陽翔は堂々と冬馬を紹介した。
放課後。
静かな下校道。
2人は並んで歩いていた。
蝉の声。風に揺れる木々。
陽翔はちらっと横を見る。
「なあ……初めて話しかけた日、覚えてる?」
「図書室でしょ? 忘れられるわけない。
君が“好き”って言ったとき、頭が真っ白になったんだから」
「……その時の俺は、最悪だったよ。
でも、今の俺はちゃんと自分で選んだ。お前が好きだって」
立ち止まって、陽翔は冬馬の目を見た。
「俺、お前の隣を、これからも歩いてたい」
そう言うと、ゆっくりと顔を近づけた。
冬馬の目が少しだけ驚きに揺れ──
でも、逃げなかった。
ほんの短いキス。
静かで、でも確かに“恋人同士”のキスだった。
「……バカ」
「うん。でもお前のバカだから」
2人はまた並んで歩き出す。
何も変わらない道。
だけどその景色が、どこまでもあたたかく感じられた。
end