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体育館は、やけに広く感じた。
パイプ椅子の並ぶ音、ざわめき、知らない香水の匂い。
相馬は後ろの列に座り、三年生の背中を見ていた。
(……いる)
壇上から少し離れた位置。
鷹宮は、卒業生の列にいた。
制服はきちんと着ているのに、
立ち姿はいつもと変わらない。
(今日で、終わり)
そう思った瞬間、胸の奥が静かに軋んだ。
式の途中、何度も名前を呼びそうになった。
でも、喉が動かない。
(今さら、何言うんだよ)
別れの言葉も、
引き止める資格も、
自分にはないと思っていた。
鷹宮は一度も振り返らなかった。
それが、いちばんきつかった。
拍手。
ざわめき。
写真を撮る声。
三年生が立ち上がり、動き出す。
(行くな)
そう思ったのに、足は動かなかった。
人の流れに紛れて、
鷹宮の姿が見えなくなる。
その瞬間、初めて――
本当に失うと理解した。
逃げるように、相馬は校舎裏へ向かった。
ここは、始まりの場所。
(……馬鹿だ)
拳を握りしめる。
「ちゃんと話すって、言えばよかった」
「引き止めたいって、言えばよかった」
声に出した瞬間、
背後から聞き慣れた声がした。
「今さら?」
振り向くと、そこに鷹宮がいた。
卒業証書の筒を持って、
少しだけ息を切らして。
「……なんで」
「お前、ここ来ると思った」
その言い方が、ずるかった。
「俺さ」
鷹宮は視線を逸らす。
「式の間、ずっと考えてた」
一歩、近づく。
「行くって決めたの、俺だ」
「でも――」
そこで、言葉が詰まった。
「一番怖かったのは」
「お前が、何も言わないことだった」
相馬は、何も言えない。
「引き止められたら」
「行けなくなると思ってた」
苦笑する。
「でもさ」
「引き止められないまま行く方が、もっと無理だった」
視線が、重なる。
「俺、卑怯だった」
「……当たり前だろ」
声が震える。
「行くなら行くって言えよ」
「俺に、ちゃんと聞けよ……!」
初めて、涙が落ちた。
「置いてかれる側の気持ち」
「勝手に決めんなよ……!」
鷹宮は何も言わず、ただ聞いている。
それが、救いだった。
しばらくして、鷹宮が言う。
「俺、進路」
「春からでも遅いって言われた」
相馬が顔を上げる。
「……は?」
「半年、こっちに残る」
「考える時間、欲しかった」
「お前と、ちゃんと話す時間」
沈黙。
風が、二人の間を通り抜ける。
「なあ」
鷹宮が、ゆっくり言う。
「俺と、続きやるか」
相馬は、しばらく黙ってから――
小さく、でもはっきり言った。
「……当たり前だろ」
鷹宮は、初めて泣きそうな顔で笑った。
「名前、呼んでいい?」
「……一回だけな」
でも、その声は拒んでいなかった。
校舎裏。
始まりの場所で、終わらなかった二人。
「卒業、おめでとう」
「……うるせ」
でも、手は離さなかった。