「アイナ様、お気を付けください!」
3歩も歩くたびに、ルークが心配をしてくる。
確かに正体不明の『何か』が近くにあるけど、さすがに心配しすぎじゃない……?
……いや、でもこれが正しいのかな。
村に入るときもそうだったけど、しっかりルークの言うことも聞かないとね。
「うん、ありがと。
……むぅ。すぐそこなのに、まだ鑑定ができないよ……」
距離にすれば、あと10メートルほど。
それなのに、未だに鑑定スキルが働いてくれない。
もう二度三度、この流れを繰り返して近付いてみると――
……ついに、『何か』を目視できる距離まで来てしまった。
目に見える『それ』は、陽の光を静かに浴びて煌めいている。
「――あれですね。あの、黒く光っているやつ」
前にいるルークと、後ろにいる村人にそう伝える。
「あれは……何でしょう?
宝石、ですか?」
「うーん、何だろう?
この近辺って、黒い宝石とか特殊な鉱石は採れたりします?」
「いえ、そういうのは無いですね」
村人からは、すぐにそんな答えが返ってきた。
「ねぇ、ルーク。もう少し近くで見てみたいんだけど」
「アイナ様、ジョージ君も言っていましたが……どうやら瘴気を発しているようです。
これ以上はもう、近付いて欲しくないのですが」
「でも、もし危険なものだったら……放っておくことは出来ないじゃない?
危険じゃなかったら、それはそれで良いことだし――」
……とは言うものの、私には強く主張することが出来ない。
ジョージ君の怪我の理由は未だに分からないし、無理をして取り返しの付かないことにでもなってしまったら……。
行っても行かなくても、どちらも正解のような気がするし、間違いのような気もする。
何だろう……? よく分からないけど、そんな直感。
しばらく考えたあと、私はルークに結論を伝えた。
「……うん、分かったよ。今回は退こう。
村の人にどう説明するか、最終的にどうするか、後で相談させてね」
「ありがとうございます。
私の願いを聞いて頂き、とても嬉しいです」
ルークは私に、良い笑顔を見せてくれた。
意地悪で言っているんじゃない。
ひたすらに心配してくれて、言いにくいけど、そう言ってくれているんだからね。
――ひとまず、戻ろう。
村人にそれを伝えようとして、『何か』から意識を離した瞬間――
ザシュッ!!
……そんな音がして、地面が赤色に染まった。
「えっ!?」
急いで振り返って見れば、私を庇うようにルークが仁王立ちをしている。
「ちょ……? え、ルークっ!?」
「アイナ様……、ご無事……ですか……?」
「私は大丈夫だよ!? ね、ねぇ、一体どうしたの!?」
「あ…アレは危険です……。早くここから……ゴフッ」
話の途中、彼は大きく血を吐き出してその場に倒れた。
息も絶え絶えの中、ルークは何かを伝えようとしている。一体何が――
……しかしそれよりも、今は怪我の治療だ。
肩口からバッサリと、ジョージ君と同様の直線的な傷が付けられている。
「お願い、高級ポーション……!」
アイテムボックスから高級ポーションを出して、ルークの傷口に急いで掛ける。
液体は淡い光となって、ルークの傷を癒していく。
「すいません、ルークをお願いします!」
私は同行していた村人に声を掛けた。
その声で、急な展開に戸惑っていた村人もようやく我に返る。
「わ、分かりました、一旦戻りましょう!
ルークさんは私どもがお連れしますので――」
「お願いします!」
……そうだ。
ジョージ君は怪我をしたとき、それまでとは違う疫病にかかっていた。
もしかしたら、このタイミングで……?
私は慌てて、ルークの状態を鑑定スキルで調べた。
──────────────────
【状態異常】
疫病375型、疫病875型、疫病2044型、疫病2098型、疫病4412型、疫病4832型
──────────────────
――――ッ!?
何これ!? 最初のやつ以外は初見だ!
……その瞬間、ぞわっとした悪寒と共に、私の足元にはきらりと光るものが見えた。
それは、『何か』。
ルークの怪我を治すため、いつの間にか近付いてしまっていた……?
でも、この距離なら鑑定が出来るかもしれない。
いや、少しでも情報が欲しい! 鑑定は必須だ――
……いくよ、かんてーっ!!
──────────────────
【疫病のダンジョン・コア】
生者を拒む常闇の迷宮を作るための核。
あらゆる疫病を撒き散らす
──────────────────
……鑑定は出来た! けど、何これ!?
意味は分かる。でも、理解がまるで追い付かない……。
その瞬間、『疫病のダンジョン・コア』から黒いオーラが噴き出した。
よくは分からないけど、嫌な気しかしない!
まずはその正体を確認――
──────────────────
【疫病の霧】
『疫病のダンジョン・コア』から放たれる瘴気。
疫病375型、疫病421型、疫病422型、疫病424型、疫病517型、疫病610型、疫病875型、疫病876型、疫病899型、疫病997型、疫病2044型、疫病2098型、疫病3011型、疫病3451型、疫病3912型、疫病4412型、疫病4832型、疫病8172型、疫病8173型、疫病8174型を拡散させる
──────────────────
……絶望が見えた。
ちょっと、こんなのどうしろっていうのよ……!?
「――っ、ゴホ……ッ!?」
突然、おかしな咳が出た。
それに何だか、急に熱っぽい。身体から力が抜けていく。
……ダメだ。ダメだよ、これ!
これは、ここに放っておくだけでも酷いことになっちゃう……。
せめて壊すことが出来れば――
……でも、私は攻撃系のスキルなんて何も持っていないんだよ!?
私が使えるスキルなんて、錬金術と、鑑定と、収納くらいしか――
――――収納?
一か八か、私は『疫病のダンジョン・コア』を手に取った。
私の収納スキルはレベル99。
収納スキルはレベル50以上になると、アイテムボックス内での時間の流れが止まるらしい。
だから、時間が流れない中では……疫病を広めるなんてことは、出来ないはず――
「収納――ッ」
収納スキルを発動するが、手には反発するような強い衝撃が伝わってくる。
こんなことは今までに一度も無かったのに――
……そして気付く。
『疫病のダンジョン・コア』が、アイテムボックスに入れられまいと抵抗しているのだ、と。
この世界に留まって、もっと疫病を撒き散らすのだ、と。
そんなの許せない。許さない――
「――いい加減に……しなさいっ!!!!!」
バチィイイインッ!!!!
……思い切り力を入れて、全力で『疫病のダンジョン・コア』をアイテムボックスに叩き込む。
大きな音と共に、周囲に撒き散らかされていた嫌な気配は霧散していく。
「へへ……ざまーみろ、だ……」
足元がぼやける。力が入らない。いつの間にか、すごい汗をかいている。
まぁ、疫病の元凶を握りしめちゃったからね……。
ああもう、何種類くらいに侵されてるんだろう。
多分、きっとルークよりも――
……ルーク?
そうだ、薬を作らないと……。
私が倒れたら……、誰が薬を、作るのだろう……。
でも、材料はどうする……?
大蛇の血液に含まれていた疫病は作れるだろうけど、それ以外のものは――
……さらに力が抜けていく。
周囲から、村人の声が聞こえているような気がする。
でも、それよりも、今は薬を作らないと――
……私の意識は、そこで途絶えていった。
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