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Side黄
「ちょっと、大我…」
車から降りて玄関までは来たものの、ドアの前でしゃがみ込んでしまう。
思いのほか酔っ払ってしまったようだ。と言っても、俺もだいぶ酔いが回ってふわふわしている。
「ねみぃ…」
呂律の回らない口でそう言うが、さすがにここで寝落ちはまずい。
「ほら、こんなとこで寝たらヤバいから。立って」
身体を支えて立たせる。でも足元はおぼつかない。
「鍵は? ある?」
大我はがさごそとバッグを探り、何とか鍵を取り出して開けた。
玄関フロアのライトが自動で点いた。
靴を脱いだまではいいけれど、また座り込む。
「ダメだって。大我」
しょうがない。玄関に入り、大我の脇に腕を入れて持ち上げる。後ろでドアが閉まる音がした。
「寝る…」
ため息をついて、そのまま寝室へと向かう。どこかわからないがそれらしき扉を開け、電気をつけた。案の定そこにはベッドがあった。
ゆっくり寝かせ、毛布をそっとかけると彼は目を閉じた。
俺の心は罪悪感でいっぱいだ。やっぱり断ればよかった。大我から二人で会おうと言ってくれた事実に有頂天になっていたし、気持ちを伝えて諦めることだってできなかった。
しかも成り行き上とは言え、家に上がり込んでしまっている。
「樹…」
そのとき大我が、彼の名前を呼んだ。
ここにいるのは樹ではない。なのに俺だと伝えるには口が動かなかった。
「…んん…キス、して…」
はっ、と耳を疑う。大我はやはり俺のことを樹だと勘違いしているようだ。
しかし俺は無意識のうちにベッドに片膝を載せ、大我の後頭部に触れていた。
言い訳にさせてほしい。これはお酒のせいだ。もはや頭の中には思考などない。悪意も自制もすでに消え去っていた。
柔らかい髪の感触を手で感じながら、彼に顔を寄せる。
その白いけれど朱色に火照った頬に一つ、口づけを落とした。
顔を上げた俺は手を離す。すると急に頭が冷静になり、理性が戻ってくる。
「たい、が…」
やってしまった。樹の大事な恋人に、樹以外の唇をつけてしまった。
何て謝ろうか、きっと…いや絶対怒るだろうな、と頭を抱える。大我が目覚めても大変なことになる。
と、そばのナイトテーブルに置かれたメモに気づいた。ちょうどペンもある。
これを借りよう。白紙のメモ用紙を一枚はがし、伝言を書く。ペンを持つ手が震えた。
名前は記さないでおこう。メンバーなら筆跡でわかってくれる。いや、わかってもらいたくない自分がここにはいる。
ベッドで寝る大我を見やると、その胸はゆっくりと上下している。こっちの気持ちなんてつゆ知らず。
どうか、今夜のことは何も覚えていませんように。
願わくば、起きてもこれに気づいてくれなければと思った。
書き終わるとそこにそのまま残し、静かに家を出た。
――
俺は大我にも樹にも申し訳ないことをしてしまいました。
ごめんなさい。
でもひとつだけ言わせてください。
大我、好きだったよ
――
終わり