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「なんていうか、おふたりが無意識に寄り添う感じがいいですね。そんな中で江藤さんはご自分の威厳を保ちつつ、リーダーシップを発揮している。一方の宮本さんは先輩を立てるために、自虐ネタをわざわざ出すなんて。恋人なら、相手を惹きつけておこうと考えるところでしょ?」
互いに目を瞬かせて見つめ合うふたりを、橋本は含みを持たせる上目遣いで諭すように語りかけた。
「こっ、コイツは単細胞のバカですから、そんなあざとい考えができません。自虐するのは、天然のドMだからですよ」
ほんのり頬を染めた江藤は、宮本と見つめ合っていた視線を外し、困惑を隠すような震え声で返事をした。
「お兄さんの雅輝も天然ですよね。掴みどころがなくて、大変苦労させられてます」
「宮本聞いたか? 苦労させられてるってさ」
「兄貴って天然なんだ。知らなかった」
ぽつりと呟いた宮本弟の言葉で、江藤と一緒に大爆笑してしまった。
「おまえは雅輝よりも、天然に輪がかかっているからな。気づかなくて当然か」
「雅輝本人も自分が天然だということに、多分気がついてません。しょうがないでしょうね」
「えっと橋本さんには、兄貴がお世話になったり、ご迷惑をおかけしているようですんません」
笑っているところに、宮本弟がペコペコ頭を下げてきたので、橋本は思いっきり狼狽えた。
「さっきも言いましたが、お互い持ちつ持たれつの関係なので。参ったな……」
困って江藤に視線を飛ばすと、宮本弟の頭をガシガシ撫でだした。江藤の満足そうな表情は橋本でも見惚れてしまいそうになるくらい男前で、後輩兼恋人の宮本弟はそれに当てられて、リンゴのように真っ赤な顔になった。
「宮本にしてはいいタイミングで、謝ることができたじゃねぇか。これは、ご褒美を用意しなきゃいけないか?」
「ごごごご褒美っ!」
鼻の穴をおっぴろげて興奮する姿を見て、恋人である宮本の姿を重ねた。だからこそ、容易に想像つく。
「ああ。仕事を無事に終えたあとに、おまえが食いたいものを奢ってやるよ」
(あーあ、注意する暇もなかった。この展開は、俺も止められないぞ――)
「江藤さん!!」
額に手を当てて、巻き込まれないように俯く橋本を尻目に、宮本弟は大きな声で江藤を呼んだ。
「なんだよ?」
「江藤さんが食いたいです」
「バっ、何を言い出すんだ、コラ!」
「だって奢ってくれるんでしょ。江藤さんが食いたいです」
「俺様は食い物じゃねぇぞ、奢れるわけがないって。橋本さん、誤解しないでくださいね。けしてアヤシイ話じゃないんですっ」
しどろもどろになった江藤が弁解すべく、橋本に話しかけたが、おふたりでどうぞやってくださいと小さな声で告げて、呆れ顔のまま両耳を塞いだ。
「あ~もぅ、宮本のせいでいろいろ誤解されちまったじゃねぇか」
「俺は普通に江藤さんが食べたかったから、食いたいって言っただけなのに、どうしてそれが誤解になるんでしょうか?」
「俺様の気苦労が絶えないから、ここのところ白髪が増えたんだ。全部おまえのせいだ、コノヤロー!!」
宮本弟の頭にふたたび振り下ろされた江藤の会心の一撃により、場の雰囲気が変わったのはいうまでもない。
「宮本のバカさ加減など、橋本さんには何度もお見苦しいところをお見せしてすみません」
「いえ、大丈夫です。雅輝で耐性がついてますので」
「江藤さん良かったね。兄貴で耐性がついてるってさ」
「これは橋本さんの言葉の綾だ。バカなところを、これ以上晒さないでくれ」
両手に拳を作り、殴らないように我慢する江藤の様子に、普段の自分を思い出す。
普通の会話から、突拍子もないことを言い出す宮本に苦労させられているものの、江藤のような暴力沙汰には発展していない。橋本お得意の話術で、何とか切り抜けていた。
(そう俺の場合、最初はうまいこと切り抜けているが結局のところ、途中から翻弄されっぱなしなんだよな――)
目の前のやり取りをぼんやり眺めているだけで、笑みが自然と口角に浮かんでしまう。兄弟でじゃれ合っている大型犬のような感じは、見ていて微笑ましく思えた。
「それでは、そろそろ仕事に戻ります。引き留めてしまって、すみませんでした」
自分がいることでふたりの邪魔になると察し、思いきって声をかけた。橋本が軽く会釈してその場を去ろうとしたら、大きな手が橋本の肩を掴んで動きを止める。
振り返るとそこにいたのは、強張った表情の宮本弟だった。
「何か用でしょうか?」
肩に置かれた手と顔を、交互に視線を飛ばして訊ねたら、余計に顔を強張らせる。
「宮本さん?」
「あのえっとその……。これからも兄貴のことを、よろしくお願いします。バカな俺とは違ってどんなことでも器用にこなすし、助けなんかいらないって、つらいことでも我慢しちゃう強い人だから、橋本さんとしては扱いにくいかもですけど」
「弟さんの目に映る雅輝は、俺と付き合ってるヤツとは違う人みたいです。そうでしょう? しょっちゅう、アプリ経由で相談に乗ってる江藤さん」
橋本の返事と一緒に、力なく外された宮本弟の手。江藤の名を呼んだタイミングで、そろって彼を見た。
「それは……」
投げかけられた質問に、弱りきった顔の江藤が返答を渋った。だんまりを決め込むのは自分のためなのか、あるいは宮本弟のためなのか――。だけど、言えることはある。
「俺にも兄が数人います。だからこそわかるんです。弟には格好悪いところを見せないように、常に努力をしているって」
「そうなんだ」
「雅輝も俺も相手を想うあまりに、不器用な態度をとって、ドツボに嵌るときがあるんですよ。たまにでいいので恋愛の先輩として、雅輝に連絡してやってください。タイミングがよければ、面白い話が聞けるかもしれません」
よろしく頼むという意味を込めて、宮本弟の二の腕をぽんぽん叩いた。どんぐり眼で橋本を見つめる眼差しをやり過ごそうと、ハイヤーに歩を進め、颯爽と車に乗り込む。
「恋愛の先輩! 江藤さん俺ってば、恋愛の先輩って言われちゃった」
喜ぶ宮本弟と、うんざり気味の江藤を視線の端に捉えながら、シートベルトを着用し、ギアをドライブに入れる。
スムーズに発進した黒塗りのハイヤーに向かって、江藤が深く一礼すると、慌てた様子で宮本弟も頭を下げた。
「やっぱり雅輝が選んだだけある。江藤ちんはいい男だ。弟くんも素直でよろしい」
騒がしさの中に、恋するふたりの気持ちが混ざりあったのを垣間見た。そのお蔭からか清々しい気分で、その後も仕事をこなすことができたのだった。
☆チャットノベルで、橋本と宮本のやり取りを掲載しました。今回のお話をネタに色々会話してます。
次回は【トリプルバトル☆裏】です。裏と名付けましたがエロい話じゃないです。まんま裏話なんですよ。お楽しみに!