テラーノベル
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宇佐美と佐伯が付き合い始めてから半年以上が経過していた。
あの日、両思いだと知って泣き崩れた佐伯。
「リト君、醤油どこ?」
「えっとね、はい」
「ありがとう」
そんな彼は今、宇佐美の目の前で朝ご飯を食べている。寝癖のついた髪に襟の伸びたTシャツ、半分しか開いていない目。
「……なに?」
「ううん、なんでもない」
愛おしく見ていれば目が合った。
現在、彼とは半同棲状態だ。お互いの家に泊まりにいったりして一緒の時間を過ごしている。
あの後、付き合った報告を緋八と赤城にして次に他の同期の面々に伝えた。その次、周央と東堂に報告した時に2人は揃って目を丸くした。
「え、あの時まだ付き合ってなかったってこと?」
「あの時…?」
「ほら、2人とも外のバルコニーで踊ってたじゃん」
「え…!?見てたんですか?」
「うん。宇佐美さんが慌ててホールから出ていったからどうしたんだろうと思ってついてったの」
「あー、そうだったんですか 」
「てっきり付き合って…というか付き合いたてで踊ってるものだと思ってました」
「え、ちょっと待って。告白前に踊ってたの?」
「まぁ…はい」
「えーめちゃくちゃロマンチック」
「シンデレラかな??」
2人が社交ダンスの練習をしようなんてことを言わなかったら今こうして彼と付き合うこともなかったかもしれない。だから周央と東堂には交際のことを伝えることにした。2人は最初こそ戸惑ってはいたものの思っていたより喜んでくれた。
「ちょっと、ご飯粒ついてるよ」
「え?」
「そっちじゃない」
彼の口端についた米粒をとってそのまま彼の口元に指を持っていく。
「ん」
「ははは、雛鳥にご飯やってるみたい」
口を開けてぱく、と指先ごと口に入れた彼のあどけない気の抜けた表情に笑う。
「歌の練習って何時からだっけ?」
「夕方。6時だったはず」
「じゃあ、それまでに会議終わらせなきゃね」
今日は夕方からいつもの4人で歌の練習をすることになっていた。彼の言うように会議を時間内に終わらせなければいけない。しかし。
「お偉いさんだから話長引くかも」
「あー…まぁ、でもあの人達も早く帰りたいでしょ」
「たしかに」
目上の人ばかりで、しかも滅多にないことにかしこまったスーツでの会議となっている。話が長引くのでは、と危惧する宇佐美に佐伯はあくまで前向きに言葉を返した。
「だぁーーー、疲れたあ」
会議は歌の練習時間に間に合うギリギリのところで終了。急いで集合場所に向かう。滑り込みで集合場所に到着。スタジオで練習できる時間は限られているため、スーツから着替える時間がなかった。練習終了後、4人でご飯を食べて解散。
一日中スーツを着ていると窮屈で疲れる。電車から降りて人通りが少ない道に出ると宇佐美は大きく背伸びした。
「スーツだと疲れるね」
どうやら佐伯も同じらしい。両腕をぐっと広げて伸びをした後に大きな欠伸をした。やる事はやった。後は帰るだけ。海岸沿いの道を2人で駄弁りながら歩く。
この先を真っ直ぐ行けば、佐伯に告白した海岸近くに着く。
「……あのさ」
「うん?」
「2人でホテルのバルコニーで踊った時のこと急に思い出したんだけど」
唐突に思い出したセレモニーの日のこと。自分でも突拍子のない切り出し方だなと他人事みたいに思った。あの日を振り返って話をするのはもしかしたら初めてかもしれない。
「古い洋画でね、社交ダンスの歴史についてがテーマの作品があるんだけど、手をとりあって2人で踊れば言葉はいらないっていうセリフが作中で出てくるのね」
見たのは学生時代。海外留学で参加はしなかったもののプロムの文化に触れたのがきっかけでその洋画を見た。当時見た感想は素敵だな、くらいのものだった。きっと自分が踊る側になるなんて思いもしなかったからそこまで響かなかったのだろう。
「その通りだったなって。テツとあの時、大した会話はしてなかったけど通じ合ってた気がして」
今でも鮮明に思い出す。夜景をバックに月明かりに照らされた彼は綺麗で、目が合って思わず溢れたような笑みが可愛いかったこと。彼が俺の手をとって踊ってくれたこと。
潮の香りが近くに感じられて気が近く。歩いていつの間にか海岸沿いの道についていたこと。
「凄く幸せな瞬間だった」
「…ね。俺も幸せだった」
浸るような彼の声。
「……”良かったら一緒に踊ってくれませんか”」
ふと、その声に振り返るといつかの自分のように彼が手を差し出していた。
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