テラーノベル
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その日は珍しく雨だった。
放課後のギター部は部室で雑談ばかりで、練習はほとんど進まなかった。
「雨だと弦の音、なんか湿っぽいんだよな」
若井がそう言って笑いながら、僕の傘を覗き込んだ。
「お前の傘、骨折れてんじゃん」
「あ、ほんとだ……」
「帰りどうすんだよ。ほら、俺と一緒に入れ」
当然みたいに言う若井の声。
ああ、そういうやつだ。前からずっと。
困ってる僕を見たら、何も考えずに手を差し伸べてくれる。
でも、今日は違った。
傘の下。
若井の肩と僕の肩が自然に触れる。
雨の音が全部遠のいて、僕の耳には心臓の音しか響いてなかった。
「風邪ひいたら涼ちゃんに怒られるしな」
若井は軽口を叩いて笑う。僕を気遣うための、優しい言葉。
その優しさが、胸の奥に落ちる音になった。
家に着くと、僕は完全に限界だった。
「……なぁ、若井」
「ん?」
「なんで、そんなに優しいの」
思わず口から出てしまった。
若井は一瞬だけ驚いたように目を見開いたけれど、すぐににやっと笑った。
「は? 何言ってんだよ。俺が優しいとかじゃなくて……元貴だからだろ」
その言葉に、呼吸が止まる。
若井の目が真っ直ぐに僕を射抜いていた。
——涼ちゃんの言葉が蘇る。
「若井は、君をただの幼馴染として見てるわけじゃない」
冗談でも、思い込みでもない。
目の前の若井の表情が、そのまま証拠だった。
僕は俯いて、震える声で言った。
「……ずるいよ」
その夜、布団に潜り込んでも、
傘の下で触れた若井の肩の温もりと、真剣な瞳が焼き付いて離れなかった。
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