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「…ん」
目を覚ますと元貴の家の、 ふかふかとしたソファに腰掛けた状態で、だぼっとしたオーバーサイズのTシャツに下着一枚というなんともだらしのない格好だった
正直、状況を掴めていないのかと問われれば、否定する
鮮明に覚えているのだ、意識を手放す前のコマを
首を絞められた
それも、直ぐに呼吸をとめてしまう強さで
「…なんで…っ」
まるで砂のように涙腺がほろほろと崩れてゆく
ひっきりなしに涙が頬を伝って顔を濡らしていく
「あ、え、なにこれ」
ふと首になにか当たっているのに気づいた
それも当たったと言うより、付いているという感覚
触ってみると、硬い革製のチョーカー
手探りだが、金属製の金具に鍵穴が付いていて、いくら引っ張っても苦しくなるばかりで外れる気配がない
「くそッ」
思うように行かない苛立ちをこめて壁をどんっと殴った
「…もとき…っ」
目の前にいない人の名を呼ぶのはこうも虚しいのか
そうしみじみと感じた時、玄関からリビングへ入る戸が開く
「あ、起きたの」
「ごめんね、手荒なことしちゃって」
そう柔らかく笑う大森とは裏腹に、若井は恐怖心を覚える
この状況でなぜこうもにこやかに振る舞えるのか
その気分が体を立ち上がらせ、大森から距離を取ろうとする
「…こわい?」
「まぁね、お前が一番分かってるでしょ」
俺が怖がるってことくらい
「怖がってるところも俺は好きだよ」
手に持っているスマホを膝に置いて、ソファにぼふっと体を沈ませる
「ねぇ元貴、俺元貴が分かんない」
「手中に留めたいってなに、俺が居なくなりそうって…居なくならないってことくらいお前が一番わかってるじゃんッ」
すり足で一歩、また一歩と間をとる
昔から読めない奴ということくらい分かっている、だが、読めなすぎる
「…若井は俺のでしょ」
「俺は…モノじゃない」
片眉をあげ、口角をニヤリとあげて言う
だが、表情こそ余裕そうに見えるが、心臓はひどく波打つ
余裕ぶれるのも今のうちだけだということを心臓のうるさい鼓動だけが知らせた
「…良かったよ、お前は強がりが下手くそで。昔からだもんね」
「…ッ」
伏し目がちで、どこか寂しげに言う大森を、若井は理解ができない
「お前は…諦めが悪い…ずっと前から」
「うん、よく知ってるね」
「でも、諦めの悪さを出すところ、間違ってるんじゃない?」
要するに、俺を手中に収めようとするのは諦めろということ
余裕さを崩さず、そのまま大森を突き放すように言う
「ほんとは分かってんでしょ、俺を元貴のものにするのは無理って」
「元貴はそんな馬鹿じゃない」
大森の肩がぴくりと動いた
伏せていた目が丸く開き、唇が微かに動いたのを見逃さなかった
「ねぇ、分かってんならこれ取って、こんなチョーカーまで使って…」
そう言い終わらないうちに、元貴がゆらゆらと若井の目の前まで歩み寄った
「わかい」
ぽつりと名前を呼ぶと、若井の前髪を鷲掴みし、もう片方の手で顎を掴み体を壁にぶつける
「いッ…っ 」
「たくさん躾が必要そうな犬だね、先が思いやられる」
離せという望みで暴れるも、あとが残りそうな程の力でひたすらに壁に固定される
「ねぇ、お前はどっちになる?」
「従順な犬か、駄犬か」
駄犬とは、本来雑種犬などに使われる言葉だ
だが、元貴の言う”駄犬”はおそらく
ダメな犬、つまらない犬
の方だろう
「…ッ誰が犬だよ、元貴の犬になった覚えはないっての…ッ!!」
若井はそう言うと、顎を掴む大森の手に噛み付いた
甘噛みではなく、血が滲むほどの力で
「…バカ犬が」
眼鏡の縁がぎらりと反射した途端、大森が若井の額と自身の額をぶつけ、明らかに怒りを込めた声で言う
「お前は今日から犬なの、分かるでしょ
俺が鳴けって言ったらわんわん吠えて、帰ってきたら出迎える、俺の望みを叶えて俺の期待に応える、それが犬」
「期待に応えることが出来たんなら撫でてやる、撫でられたら尻尾振って喜ぶのが犬なんだよ、分かったか駄犬」
大きく黒い大森の瞳に反射する自分の顔は、酷く脅えた犬の顔だった
「返事しろよ」
「…ぅ、はい」
こういった場合の返事は「うん」よりも「はい」が相場な気がする、そう思い若井は言い直す
「…犬は喋れないよ?」
「犬ははいなんて言えるの?」
「お前に見合った返事があるでしょ?」
「…わん…ッ」
終わった
こいつからは逃げられない
to be continued