お待たせしました。これは、信じる政治を貫いた男の静かな幕引きです。
ドラマでもなく、劇的な転落でもない。
ただ、“次に託す”ことを受け入れた男の、
誇りと余韻に満ちた最終章――
📘《秋霧の乱》
第十話(最終話) 冬のあとに
春が来ていた。
気づけば、永田町の桜も咲き始めていた。
昨年、あの嵐のような政変劇をくぐり抜けてから、季節が一周していた。
誰ももう、“あの騒動”を口にしない。
テレビは構造改革の進捗を取り上げ、
新聞は泉のカリスマ性を讃え、
後援会の電話も、減った。
だが――私は、それでいいと思っていた。
「信じた政治」は、結果で測れるものではない。
“続けること”で意味を持つ。
◆ 国会・控室
一人、議員会館の自席で珈琲を飲んでいた。
書類の山も、報告の山もない。
私は今、党の中枢にはいない。
それでも、若い議員が一人、控えめにドアをノックした。
「加山先生…お話、少しだけ…」
彼は、30代前半の新人。
人事では冷遇されたらしい。
私は席を空け、向かい合った。
「先生…正直、政治って何を信じたらいいのか、わからなくなります。」
彼の目は、あのときの私と同じだった。
不器用で、真っすぐで、でも臆病な目。
「信じるのは、“政治そのもの”じゃなくて、自分の志だよ。」
私はそう答えた。
「人がどう言おうと、自分の心に嘘をつくな。
誰かが笑っても、何年もあとに、“あれが正しかった”って言われることもある。」
彼は深く頷き、立ち上がった。
帰り際、彼はこう言った。
「僕…先生みたいになりたいと思ってました。」
私は、少しだけ笑った。
「なら、私みたいになるな。君は君の“信じる政治”をやりなさい。」
◆ 風のあとに
桜が満開になった日、私は一人、憲政記念館を歩いた。
加山紘一――
昭和、平成、そして次の時代へ続いた橋の途中にいた男。
大きな改革も、目立つ実績も、
今は他の誰かが担っている。
だが――
自分を裏切らなかったことだけが、最後に残った。
私は、空を見上げた。
一羽の鳥が、風のない空をゆっくりと横切っていった。
「信じたことは、どこかで誰かが拾ってくれる。」
誰にともなく、呟いた。
もう語ることはない。
だが聞かれれば、こう答えよう。
「私は、敗れた政治家ではない。
“続けることを選んだ政治家”だ。」
🔚《秋霧の乱》完