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ホラー小説 終電の呪い~a×s~
第一章 最終電車
俺の名前は阿〇〇平。私立桜丘高校の二年生だ。今夜も気象観測部の活動で遅くなってしまった。
実は明日、気象予報士の模擬試験があるのだが、どうしても理解できない計算式があって、一人で残って勉強していたのだ。気がつけば時計は午後十一時を回っていた。
「やばい、終電に間に合うかな」
慌てて学校を出て、最寄りの桜丘駅に向かった。
夜風が頬を刺すように冷たい。十一月の夜は思った以上に寒く、制服のブレザーだけでは心許ない。息が白く見えるほどだった。
桜丘駅は昔からある古い駅で、昼間でも薄暗い雰囲気がある。
建物自体が戦前からあるもので、レンガ造りの重厚な作りが特徴的だ。
しかし、夜になると更に不気味さが増す。
街灯の明かりが駅舎の古い壁に影を作り、まるで何かが潜んでいるような錯覚を覚える。
駅に着くと、ホームには数人の人影があった。その中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
「佐久間!」
振り返ったのは、同じクラスの佐久〇〇介だった。
演劇部に所属していて、いつも明るくて人気者の奴だ。なぜか俺のことをよく気にかけてくれる。
「阿部ちゃんじゃん。お疲れさま。今日も遅かったの?」
佐久間の声は相変わらず明るく、疲れた俺の心を温かくしてくれた。彼の笑顔を見ると、なぜか安心する。
演劇部のエースとして有名な佐久間は、普段からクラスの人気者だ。
それなのに、なぜか俺のような地味な気象観測部員のことを気にかけてくれる。
「気象観測部の勉強が長引いちゃって。明日、模擬試験があるんだ。佐久間は?」
「演劇部の練習だよ。新作の台本読み合わせ。今度の文化祭で上演する予定なんだ」
佐久間は軽く手を振りながら答えた。
その手の動きさえも、なぜか魅力的に見える。
俺は彼のその自然体な雰囲気が好きだった。
一緒にいると緊張が解けて、普段は人見知りの俺でも自然に話せる。
「文化祭の劇か。佐久間が主演?」
「まあね。でも今回は少し難しい役でさ。恋愛ものなんだけど、相手役が女装した男子なんだよ」
佐久間が苦笑いを浮かべた。確かにそれは演技の難易度が高そうだ。
「終電まであと五分か。ギリギリ間に合ったな」
ホームの電光掲示板を見上げながら佐久間が言った。確かに、次の電車が最終便だった。
「佐久間の家はどっち方面だっけ?」
「俺は反対方向。阿部ちゃんは?」
「俺は終点まで」
桜丘駅から俺の家までは電車で約三十分。終点の朝霧駅が最寄りだ。朝霧駅周辺は住宅地だが、駅自体は山の麓にあって、夜は人通りがほとんどない。
「朝霧か。あそこって確か…」
佐久間が何か言いかけた時、電車が到着した。古い車両で、蛍光灯がちらちらと点滅している。
「何だって?」
「いや、何でもない。気をつけて帰ってね」
佐久間は首を振って、反対方向のホームに向かった。俺は電車に乗り込んだ。
車内はガラガラだった。
乗客は俺を含めて三人だけ。
一人は居眠りをしているサラリーマン、もう一人は窓際に座っている老婆だった。
サラリーマンは疲れ切った様子で、頭を窓に預けている。老婆は何か呟きながら、ずっと外を見つめていた。
電車が動き出すと、車内は静寂に包まれた。
古い車両特有のガタガタという振動音と、レールを走る単調なリズムだけが響いている。窓の外には夜の闇が流れていく。街灯がポツポツと見えるが、それ以外は真っ黒な闇だ。まるで電車が暗黒の世界を走っているような錯覚を覚える。
いくつかの駅を過ぎるたびに乗客は減っていく。まず居眠りをしていたサラリーマンが降り、次に老婆も降りた。老婆が降りる際、なぜか俺をじっと見つめていた。
その目には何か不吉な予感が宿っているような気がした。気がつくと車内には俺一人になっていた。
朝霧駅まではあと三駅。時刻は午後十一時四十分を過ぎていた。
その時、車内アナウンスが流れた。
『次は、白骨駅、白骨駅です』
俺は思わず路線図を確認した。しかし、白骨駅なんて駅は存在しない。朝霧駅の一つ手前は月見駅のはずだ。
アナウンスの声も何かおかしかった。
機械音声のはずなのに、どこか人間味があって、それでいて不自然に抑揚がない。まるで感情を失った人間が話しているようだった。
電車は駅に停車した。ホームを見ると、確かに『白骨駅』という駅名板があった。しかし、そのホームは異常に古く、まるで何十年も前に廃止された駅のようだった。
ホームには一人の女性が立っていた。白いワンピースを着た、長い黒髪の女性。顔は髪に隠れてよく見えない。
女性は電車に乗り込んできた。俺の向かい側の席に座った。
扉が閉まり、電車が再び動き出した。俺は女性を見ないように気をつけていたが、どうしても視線が向いてしまう。
女性は微動だにしなかった。呼吸をしているようにも見えない。そして、その周りだけ妙に冷たい空気が漂っていた。
『次は、月見駅、月見駅です』
今度は正常なアナウンスが流れた。俺はほっと胸をなでおろした。きっと先ほどのは聞き間違いだったのだろう。
しかし、女性は月見駅で降りなかった。終点まで乗るつもりなのかもしれない。
『次は終点、朝霧駅です。朝霧駅、終点です。お忘れ物のないよう、ご注意ください』
朝霧駅に到着した。俺は立ち上がって降りる準備をした。女性も同時に立ち上がった。
ホームに降りると、女性も俺の後をついてきた。
まさか同じ方向に帰るのだろうか。
朝霧駅は無人駅で、夜中は人っ子一人いない。駅舎も古く、昼間でも薄暗い雰囲気がある。夜になると、まるで別世界のような不気味さに包まれる。
俺は改札を出て、家に向かう道を歩き始めた。女性はまだ俺の後をついてくる。足音が聞こえない。
振り返ろうとしたその時、携帯電話が鳴った。佐久間からの着信だった。
「もしもし、阿部ちゃん?無事に着いた?」
「ああ、今朝霧駅に着いたところ」
「良かった。実は阿部ちゃんに言っておきたいことがあったんだ」
「何?」
「朝霧駅のこと。あの駅、昔事故があったんだよ」
俺の背筋に寒気が走った。
「事故って?」
「五年前に女子高生が電車にはねられて亡くなったんだ。それ以来、その女子高生の霊が駅に出るって噂があるんだよ」
俺は恐る恐る振り返った。女性はまだそこにいた。そして今度は、その顔がはっきりと見えた。
顔は真っ白で、目は虚ろに宙を見つめている。口元には不自然な笑みが浮かんでいる。
「佐久間…今、俺の後ろに…」
「阿部ちゃん?どうしたの?」
電話が途切れた。いや、正確には俺が携帯を落としてしまったのだ。
女性がゆっくりと俺に近づいてくる。足音は相変わらず聞こえない。まるで地面の上を滑るように移動している。
「…一緒に…いこう…」
女性が口を開いた。声は電車の中で聞いたアナウンスと同じような、感情のない機械的な声だった。
俺は走り出した。家までの道のりは普通に歩けば十分程度だが、全力で走れば三、四分で着く。
後ろを振り返ると、女性は走ることもなく、ゆっくりとした歩調で俺を追いかけてきていた。しかし、距離は縮まらない。いや、むしろ近づいているような気がする。
家が見えてきた。俺は玄関の鍵を取り出しながら、最後の力を振り絞って走った。
玄関に着いて振り返ると、女性の姿は見えなかった。俺はほっと息をついて家に入った。
第二章 深夜の電話
家に入ると、両親は既に寝ていた。リビングには父が読んでいた新聞が散らかっていて、母の編み物道具がソファの上に置かれている。いつもの平和な光景だ。俺は自分の部屋に向かい、とりあえず制服を着替えた。
しかし、心臓の鼓動はなかなか落ち着かない。
あの女性の顔が頭から離れない。真っ白な顔、虚ろな目、不自然な笑み。そして何より、あの声だ。機械的で感情のない声が、まだ耳に残っている。
鏡に映る自分の顔を見ると、青ざめていることが分かった。こんな顔で家に帰ってきたのか。両親に見られなくて良かった。
あの女性は本当に幽霊だったのだろうか。それとも俺の見間違いだったのか。しかし、あの異様な雰囲気は確実に現実のものだった。足音がしなかったこと、地面を滑るように移動していたこと、そして何より、あの冷たい空気。
携帯電話を確認すると、佐久間からの着信履歴が十件以上あった。心配をかけてしまったようだ。
俺は佐久間に電話をかけ直した。
「阿部ちゃん!大丈夫か?急に電話が切れたから心配してたんだ」
「ごめん、携帯を落としちゃって。でも無事に家に着いた」
「本当に大丈夫?声が震えてるぞ」
確かに俺の声は震えていた。あの女性のことを思い出すだけで、身体が震えてしまう。
「実は…佐久間が言ってた女子高生の霊を見たかもしれない」
「え?」
俺は電車の中から家に着くまでの出来事を佐久間に話した。佐久間は最後まで黙って聞いていた。
「それは…確実に霊だな」
「やっぱりそうか」
「阿部ちゃん、明日学校で詳しく話を聞かせて。今夜はとりあえず安全だと思うから、ゆっくり休みなよ」
「分かった。心配かけてごめん」
「いいよ。俺たちの仲だろ?」
佐久間の優しい声に、俺の心は少し落ち着いた。彼がいてくれると安心する。
電話を切って、俺はベッドに横になった。しかし、なかなか眠れない。窓の外からは時々風の音が聞こえるが、それが女性の声に聞こえてしまう。
午前三時頃、ようやく眠りにつくことができた。
しかし、夢の中でも女性は現れた。白いワンピースを着た女性が、俺を見つめながら笑っている。その笑顔は優しく見えるのに、なぜか恐怖を感じる。
「…一緒に…いこう…」
女性が手を差し出してくる。俺はその手を取りそうになって、慌てて飛び起きた。
時計を見ると午前六時だった。もう朝だ。
第三章 佐久間の告白
学校に着くと、佐久間がすぐに俺のところにやってきた。
「阿部ちゃん、昨夜はよく眠れた?」
「あまり眠れなかった。夢にも出てきたよ」
「やっぱり。霊に見つかると、しばらくの間は憑かれたような状態になるんだ」
佐久間は周りに他の生徒がいないことを確認してから、小声で話した。
「佐久間、なんでそんなに詳しいの?」
「実は…俺も経験があるんだ」
俺は驚いた。明るくて楽観的な佐久間が、そんな経験をしているとは思わなかった。
「いつ?」
「去年の夏。朝霧駅じゃないけど、別の場所で霊を見たんだ」
佐久間の表情が暗くなった。普段の明るい彼とは全く違う顔だった。
「その時も女性の霊だった。俺を見つめながら、何かを訴えかけてくるような感じだった」
「怖くなかった?」
「最初は怖かったよ。でも、その霊は俺に危害を加えようとしているわけじゃないって分かったんだ」
佐久間の話は意外だった。俺が昨夜見た女性も、確かに直接危害を加えてきたわけではない。ただ後をついてきただけだ。
「霊にも色々あるの。悪意を持った霊もいれば、ただ寂しくて人間と関わりたがっている霊もいる」
「朝霧駅の女子高生は?」
「それはまだ分かんない。でも、阿部ちゃんに危害を加えようとしたわけじゃないなら、きっと何か伝えたいことがあるんじゃないかな」
佐久間の言葉には説得力があった。確かに、あの女性は俺を怖がらせようとしていたわけではないかもしれない。
「でも、また会うのは怖いよ」
「大丈夫。俺が一緒にいてやるから」
「え?」
「今夜、一緒に朝霧駅に行こう。その女性が何を伝えたいのか、確かめてみない?」
俺は戸惑った。また会うのは怖いが、佐久間が一緒なら安心できる。そして、確かにあの女性が何を求めているのか知りたい気持ちもあった。
「分かった。でも、危険を感じたらすぐに逃げよう」
「もちろんだ」
第四章 再び朝霧駅へ
その日の夜、俺と佐久間は朝霧駅に向かった。今度は二人一緒だ。
「阿部ちゃん、緊張してる?」
「少し。でも佐久間がいるから大丈夫」
電車の中で佐久間が優しく声をかけてくれた。彼のその優しさに、俺は複雑な感情を抱いていた。感謝の気持ちと同時に、それ以上の何かを感じている。
『次は、白骨駅、白骨駅です』
昨夜と同じアナウンスが流れた。佐久間も驚いた表情を見せた。
「これは…」
電車は再び存在しないはずの白骨駅に停車した。そして、昨夜と同じ女性が乗り込んできた。
しかし今夜は、女性の表情が少し違って見えた。昨夜は無表情だったが、今夜は何かを必死に訴えかけようとしているような顔をしている。
女性は俺たちの前に座った。そして、ゆっくりと口を開いた。
「…助けて…彼を…助けて…」
「彼って誰のこと?」
佐久間が勇気を出して女性に話しかけた。俺は佐久間の勇敢さに感動した。
女性は俺を見つめた。その目は悲しそうで、何かを必死に伝えようとしている。
「…駅で…事故じゃない…殺された…」
俺と佐久間は顔を見合わせた。事故ではなく、殺人だったということなのか。
「誰に殺されたの?」
「…彼が…危険…同じように…」
女性の声は途切れ途切れだったが、何となく言いたいことが分かってきた。彼女は殺されたのであり、俺も同じ危険にさらされているということなのか。
『次は終点、朝霧駅です』
電車が朝霧駅に到着した。女性も一緒に降りた。
ホームに降りると、女性は改札の方向を指差した。そして、そのまま姿を消した。
「消えた…」
「改札に行ってみよう」
俺たちは改札に向かった。古い改札機の近くに、小さな花束が置かれていた。枯れた花束だった。
「これは…」
佐久間が花束を見つめた。花束には小さなメッセージカードが付いていた。
『愛する人へ いつまでも忘れません 大介』
俺は佐久間を見た。佐久間の顔は真っ青になっていた。
「佐久間…これって」
「俺の字だ…でも、俺はこんなメッセージを書いた覚えない」
カードの文字は確かに佐久間の筆跡だった。しかし、佐久間自身に覚えがないという。
その時、俺たちの後ろから足音が聞こえた。振り返ると、一人の男性が立っていた。中年の男性で、駅員の制服を着ている。
「君たち、こんな夜中にここで何をしてるんだ?」
男性の声は低くて威圧的だった。俺は本能的に恐怖を感じた。
「すみません、電車で帰ってきただけです」
佐久間が答えた。しかし、男性の表情は厳しいままだった。
「この駅は夜中は危険だ。早く帰りなさい」
男性はそう言って、俺たちに背を向けた。その時、俺は男性の首筋に奇妙な傷跡があることに気づいた。
俺たちは急いで駅を出た。
「佐久間、あの駅員さん…」
「ああ、何かおかしかった。朝霧駅は無人駅のはずなのに」
確かにその通りだった。朝霧駅には駅員はいないはずだ。
第五章 隠された真実
家に帰る途中、佐久間が急に立ち止まった。
「阿部ちゃんに話さなければならないことがあるんだけど」
佐久間の表情は深刻だった。
「何?」
「実は…俺が朝霧駅に詳しいのには理由があるんだ」
俺は佐久間の次の言葉を待った。
「俺の昔の恋人が、朝霧駅で亡くなったんだ」
俺の心臓が一瞬止まったような感覚になった。佐久間に昔の恋人がいた。しかも、その人が朝霧駅で亡くなったという。
「昔の恋人って…」
「彼女の名前は美咲。川村美咲。中学の時の同級生だった」
佐久間の声は震えていた。彼がこんなに感情的になっているのを見るのは初めてだった。普段は明るくて楽観的な佐久間が、まるで別人のように暗い表情をしている。
「美咲は勉強が得意で、俺なんかよりもずっと成績が良かった。でも高校受験に失敗して、俺とは違う高校に通うことになった。それで、だんだん疎遠になっていって…俺も新しい環境に慣れるのに必死で、美咲のことを気にかける余裕がなかった」
佐久間は言葉を詰まらせた。その表情には深い後悔の色が浮かんでいる。
「最後に会ったのは五年前の夏だった。夏祭りの日で、美咲は浴衣を着て俺に会いに来た。とても綺麗だった。美咲は俺に復縁を求めてきたんだけど、俺は新しい恋人がいるからって断ったんだ」
俺は複雑な気持ちで佐久間の話を聞いていた。佐久間に昔の恋人がいたことにショックを受けると同時に、彼の苦しみも理解できた。そして、その新しい恋人というのは誰だったのだろうか。
「その三日後に、美咲は朝霧駅で電車にはねられて亡くなった」
「それが…あの事故」
「そうだ。でも俺は、あれは事故じゃないと思ってる」
「自殺ってこと?」
「分からない。でも、美咲が俺を恨んで死んだとしたら…」
佐久間は自分を責めていた。五年間、彼はその罪悪感を抱えて生きてきたのだ。
「佐久間のせいじゃないよ」
「でも、俺が断らなければ…」
その時、俺たちの前に再び女性が現れた。美咲だった。しかし今度は、昨夜とは全く違う表情をしていた。
怒りに満ちた表情で、佐久間を睨みつけている。
「…大介…なぜ私を捨てたの…」
美咲の声は怨念に満ちていた。
「美咲…」
佐久間が震え声で彼女の名前を呼んだ。
「…私はあなたを愛していたのに…なぜ私を裏切ったの…」
美咲が佐久間に近づいてくる。その手は佐久間の首に向かって伸びていた。
俺は咄嗟に佐久間の前に立ちはだかった。
「やめろ!佐久間を責めるのは間違ってる!」
美咲は俺を見つめた。その目は驚きの色を含んでいた。
「…あなたは…」
「佐久間は自分を責めて五年間苦しんできたんだ。君が死んだことをずっと悔やんで、罪悪感に苦しんでいる。それでも足りないのか?」
美咲の表情が変わった。怒りが消えて、悲しみの表情になった。
「…大介…本当に…苦しんでたの…」
「ああ。俺は君を愛していた。でも、高校生の時はまだ若くて、自分の気持ちが分からなかったんだ」
佐久間が涙を流しながら美咲に向かって話した。
「俺は君を傷つけたことを後悔してる。君が死んだと知った時、俺も一緒に死にたくなった」
美咲は佐久間の言葉を聞いて、ゆっくりと表情を和らげた。
「…私も…あなたを恨みたくなかった…でも…寂しくて…」
「分かってる。俺も寂しかった。君なしの人生は辛かった」
佐久間と美咲は見つめ合っていた。俺はその光景を見ながら、複雑な気持ちになっていた。
佐久間への想いが、確実に恋愛感情だったことを自覚していた。しかし、佐久間の心は美咲にあるのだ。
「…でも…もう大丈夫…」
美咲が微笑んだ。その笑顔は、初めて見る穏やかな表情だった。
「…大介には…新しい愛する人がいる…」
美咲の視線が俺に向けられた。
「…この人を…大切にして…」
俺は驚いた。美咲は俺と佐久間の関係を見抜いていたのか。
「美咲…」
「…私は…もう行く…大介…幸せになって…」
美咲の姿がゆっくりと薄くなっていく。
「待って!美咲!」
佐久間が手を伸ばしたが、美咲はもう消えていた。
俺たちは静寂の中に立っていた。美咲の最後の言葉が頭の中で繰り返される。
『この人を大切にして』
佐久間は俺を見つめた。その目には涙が浮かんでいたが、同時に何か新しい感情も見えた。
「阿部ちゃん…」
「佐久間…」
俺たちは見つめ合った。美咲が残していった言葉の意味を、お互いに理解していた。
しかし、その静寂は長くは続かなかった。突然、俺たちの後ろから声が聞こえた。
「君たち、まだいたのか」
振り返ると、先ほどの駅員が立っていた。しかし、今度はその男性の顔がはっきりと見えた。
顔は死人のように青白く、目は虚ろだった。そして首の傷跡は、実は致命傷だったことが分かった。
「その女性を成仏させてしまったのか…困ったな」
男性の声は機械的で、感情がこもっていなかった。
「美咲を知ってるの?」
佐久間が男性に尋ねた。
「知ってるも何も、私が殺したのだからな」
俺と佐久間は凍りついた。この男性が美咲を殺したのか。
「なぜ?」
「彼女が私の秘密を知ってしまったからだ。この駅で起きている不自然な現象の正体を」
男性が一歩俺たちに近づいた。
「この駅は、死者の魂が集まる場所なのだ。私はその管理者として、長い間ここにいる」
「管理者って…あんたも死んでるのか?」
「三十年前に死んだ。しかし、この駅の秘密を守るため、今もここにいる」
男性の説明は理解し難いものだった。しかし、この駅に何か特別な力があることは確かだった。
「美咲は偶然その秘密を知ってしまった。だから口封じをする必要があった」
「許せない…」
佐久間が怒りを露わにした。
「そして今度は君たちの番だ。君たちも秘密を知ってしまった」
男性の手が俺たちに向かって伸びてきた。その時、美咲の声が響いた。
「やめて!彼らに手を出さないで!」
美咲が再び現れた。今度は怒りの表情で、男性を睨みつけていた。
「君は成仏したはずだ」
「大介と亮平を守るために戻ってきた」
美咲は俺と佐久間の前に立ちはだかった。
「君にそんな力があるとは思えない」
「一人じゃない」
美咲の後ろに、他の霊たちが現れた。この男性に殺された人々の霊たちだった。
「もう十分です。これ以上の犠牲は許しません」
霊たちが男性を取り囲んだ。男性の顔に初めて恐怖の色が浮かんだ。
「やめろ…私は管理者だ…」
「偽りの管理者など必要ありません」
霊たちが男性に襲いかかった。男性の悲鳴が夜空に響く。
そして、静寂が戻った。
男性の姿は消えていた。霊たちも、美咲も消えていた。
俺と佐久間だけが残されていた。
「終わったのかな…」
「ああ、きっと」
俺たちは安堵のため息をついた。しかし、まだ解決していない問題があった。
俺と佐久間の関係だ。
美咲の最後の言葉を思い出すと、胸が苦しくなる。彼女は俺が佐久間を愛していることを知っていた。そして、佐久間にその想いを受け入れてほしいと願っていた。
しかし、それが本当に正しいことなのかは分からない。
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