テラーノベル
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話し合いは三日続いた。
畑の仕事をしながら。
水路を直しながら。
夕食を食べながら。
第17居住区のあちこちで、境界の話がされた。
「開けたら盗まれる」
「31と交換できるなら助かる」
「子供が勝手に出る」
「今までだって勝手に出た子がいる」
その言葉でハルが見られた。
「俺?」
「お前以外に誰がいる」
トウマ。
笑いが起きる。
反対する人も多い。
当然だった。
外を一度も見たことがない人がほとんど。
危険だと教わってきた。
そして、その教えは完全な嘘ではない。
シンは全員の意見を聞いた。
賛成多数で一気に開けるようなことはしなかった。
まず試験的な運用。
日中だけ。
管理者がいる時だけ。
外出者は行き先と帰還予定を残す。
子供だけの外出は禁止。
31との連絡路を定期確認。
問題が起きれば閉鎖。
一か月後に見直す。
「めちゃくちゃ決まり増えた」
ハルが言う。
「自由って面倒だね」
ミオ。
「思ってたのと違う」
「何だと思ってたの」
「門開けて、行きたい時に行く」
「十四歳が?」
「……無理か」
「無理」
それでもハルは嬉しかった。
決まりが増えたのに。
前より自由になった気がする。
決まりの理由を知り、変える方法があるからだ。
その日の午後。
セイジの授業。
黒板に大きく書いた。
『境界は、なぜある?』
最初のころなら、答えは一つだった。
外が危険だから。
今日は違う。
「昔の危険から守るため」
「居住区の生活を維持するため」
「人の出入りを管理するため」
「今は?」
セイジが聞く。
誰もすぐには答えない。
「先生はどう思う?」
ハルが聞く。
「質問を質問で返すな」
「先生もやってる」
教室が笑う。
セイジは黒板を見る。
「昔はそうだった。」
少し間を置く。
「今は?」
教室が静かになる。
答えを先生は書かなかった。
その日の夕方。
ゲンが管理棟へ呼ばれた。
31から追加の記録が届いた。
レンとエナが古い来訪者記録を調べてくれたらしい。
ハルも呼ばれた。
紙には、約五十年前の記録。
『南西区域出身者 一名』
名前。
ソウ。
ゲンの手が止まる。
「兄貴」
記録によれば、ソウは31へ到達していた。
数週間滞在。
修理作業を手伝った。
その後。
『北方区域の確認を希望』
出発。
そこから先はない。
「また行ったのか」
ゲンが笑う。
泣いている。
「本当に馬鹿だ」
「生きてた」
ハルが言う。
「31までは」
「十分だ」
ゲンは紙を胸へ押し当てた。
「俺が知りたかったのは、死んでないってことじゃなかったのかもしれん」
「じゃあ何?」
「兄貴が、どこまで自分で選んだか」
ゲンは窓の外を見る。
「村に嫌気が差して逃げたんじゃない。見たかったんだろうな」
ハルはソウを想像する。
十九歳。
同じ旧道。
同じ中継所。
31。
そしてさらに北へ。
帰らなかった。
「後悔してたと思う?」
ハルが聞く。
「知らん」
ゲンは即答した。
「本人にしか分からん」
「そっか」
「だから勝手に物語を作るな」
その言葉は村全体にも向いている気がした。
ソウは外へ出て死んだ。
だから外は危険。
何十年も、分からない部分を一つの物語で埋めていた。
「兄貴が帰らなかったことを、壁を閉める理由に使ったのは俺たちだ」
ゲンは紙を畳む。
「兄貴はそんなこと頼んでない」
翌日。
門の試験運用を始める日が決まった。
二日後。
朝から日没前まで。
最初は31との往来だけ。
31からはエナと農業担当者が来る予定。
17からはトウマたちが中継所まで道の安全を確認する。
ハルは当然、自分も行けると思っていた。
「学校」
父が言う。
「なんで!」
「平日だから」
「歴史的な日だよ!」
「だからって授業はなくならん」
「先生!」
セイジを見る。
「授業だ」
「裏切った!」
ミオが笑っている。
「私も授業」
「何で嬉しそうなんだよ」
「普通だから」
ハルは少し考えた。
普通。
門が開く日なのに、学校がある。
畑もある。
昼食も作る。
誰かが水路を直す。
革命ではない。
世界が一日で別のものになるわけでもない。
ただ、今まで閉じていた門を、必要な時に開けられるようにする。
それだけ。
それがいい気がした。
夜。
ハルはトウマと境界まで歩いた。
いつもの道。
学校。
共同食堂。
畑。
北側。
ハルは歩数を数える。
百十八。
百十九。
百二十。
境界。
「まだ数えてるのか」
父が聞く。
「癖」
「そうか」
門には新しい手動レバー。
トウマが整備した。
黒ずんだ鍵もまだ使える。
「父さん」
「何だ」
「あの日、鍵わざと置いた?」
トウマは門を見たまま答えない。
「忘れたって言っただろ」
「本当に?」
「どうだろうな」
「ずるい」
「お前も親になったら分かる」
「何が」
「止めたいことと、止めちゃいけないことが同時にある」
ハルにはまだ分からなかった。
「明後日、開けるんだね」
「ああ」
「怖い?」
「怖い」
「俺も」
トウマは頷く。
「それでいい」
壁の向こうから風が吹く。
昔から壁はあった。
昔から門は閉じていた。
昔から外へ行ってはいけなかった。
でも。
ハルは壁を見上げた。
ずっと続いてきた。
それだけで、明日も同じにしなければならないわけではない。
試験運用案が掲示されると、反対していた人たちからも修正案が出た。
「一か月は長い。最初は一週間ごとに確認した方がいい」
「子供の外出条件が曖昧だ」
「交換品の保管場所を決めろ」
「31から病気が入った時の停止条件も必要」
ハルは掲示板の前で目を丸くした。
「反対の人が、開けるための決まり考えてる」
セイジが横で笑う。
「反対にも種類がある」
「種類?」
「絶対に開けたくない人。今は早いと思う人。条件が整えばいい人。賛成でも方法が違う人」
「めんどくさい」
「それが話し合いだ」
「多数決で決めたら早いのに」
「早いことが正しいとは限らん」
ハルは黒板で何度も「分からない」を整理した授業を思い出した。
村全体も同じことをしている。
意見を一つにするのではなく、違うまま一緒に暮らす方法を探している。
夕食時、ユイは開門に慎重だった。
「私はまだ怖い」
ハルが驚く。
「母さん反対?」
「試すことには反対しない。でも病気が一番怖い」
「31の人、普通だったよ」
「普通の人でも病気は運ぶ」
医療担当らしい答えだった。
トウマも言う。
「設備としては毎日開閉する方が負担が増える」
「父さんも反対?」
「だから点検回数を増やす」
「反対じゃないの?」
「賛成か反対かだけで仕事はできん」
ナナだけが簡単だった。
「私は開けたい」
「なんで?」
「レンの村見たい」
「子供だけじゃ行けないよ」
「お兄ちゃんと行く」
「俺も子供」
「じゃあお父さん」
トウマがむせた。
家族の中ですら理由は違う。
それでも同じ食卓にいる。
村だって、全員が同じ理由で同じ場所にいる必要はないのかもしれない。
翌日、31から届いたソウの記録は、ゲンだけに見せて終わりにはしなかった。
本人の了承を得て、写しが管理棟に置かれた。
『南西区域出身者 一名』
『ソウ』
『修理作業補助』
『北方区域の確認を希望』
その後の記録なし。
誰かが言った。
「結局、帰らなかったんだろ」
ゲンが答える。
「そうだ」
「なら外は危険だったんじゃないか」
「危険だったかもしれん」
「じゃあ何が変わる」
ゲンは少し考えた。
「兄貴が外へ出たらすぐ死んだ、という話は違った」
それだけだった。
けれど十分だった。
事実を、都合よく大きくもしない。
小さくもしない。
ソウは31まで生きて着いた。
さらに北へ向かった。
その後は分からない。
村は初めて、分からない部分を分からないまま残した。
夜、シンがハルの家を訪ねてきた。
トウマと二人で話すつもりだったらしいが、ハルも呼ばれた。
「お前は門が開けば満足か」
突然聞かれた。
「満足って?」
「目的は達成か」
ハルは考える。
最初は外を見たかった。
次は境界の秘密を知りたかった。
中央を知りたかった。
31を知った。
でも、知るほど分からないものが増えた。
「たぶん、終わりじゃない」
「だろうな」
「シンさんは?」
「何が」
「門開けるの嫌?」
シンはすぐ答えなかった。
「嫌だ」
ハルは驚いた。
「怖いから?」
「怖い。それに、今まで守ってきたものを自分の代で変えるのは気分が悪い」
「じゃあ止める?」
「それとこれは別だ」
シンはハルを見る。
「俺が嫌だから閉じる、では昔から閉じているのと変わらん」
ハルは初めて、シンが変化を受け入れたのではなく、怖いまま考え続けることを選んだのだと知った。
「俺はお前みたいに外へ行きたくはない」
「うん」
「一生17から出なくてもいい」
「うん」
「それも選べるんだろ」
「もちろん」
シンは小さく頷いた。
シンは門の方を見た。
「開けても、俺はたぶん出ない」
「うん」
「でも、お前が出るたびに止めるつもりもない」
ハルは頷いた。
同じ門の前に立っていても、選ぶ方は同じでなくていい。
翌朝、学校へ向かう途中で境界を見た。
壁の高さは変わっていない。
門も同じ。
なのに、以前より少しだけ小さく見えた。
壁が低くなったのではない。
その向こうを知ったからだった。
コメント
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第29話、読み終えたよ。「決まりが増えたのに自由を感じる」っていうハルのセリフ、すごく響いた。理由が分かって、変える方法があるからこその自由なんだな。ソウの記録が出てきたところも良かった。ゲンが「本人にしか分からん」って言って、勝手に物語を作るなって言うの、すごく大人な態度だなと思った。asahinさんの書く「昔からあったものを、だから明日も同じにする必要はない」っていう視点、めちゃくちゃしっくり来たよ。シンが怖いまま考え続けるって選んだところも、ちゃんとキャラが立ってて好きだ。試験運用に向けて、村全体が話し合いを続ける様子が丁寧で、続きが楽しみ🔥