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捕まっている六人がいる開けた場所まで戻ると、全員が揃ってこちらに顔を向け――一斉に声を発した。
「――――――――!」
……うん。分からない。
何を言ってるのか、さっぱりだ。
とりあえず、やることは一つ。
檻の扉を留めている鎖に手を伸ばし、そのまま無造作に引っ張る。ぎち、と嫌な音がしてから、金属が悲鳴をあげるようにちぎれた。
「◆▽!?」
今のはさすがにニュアンスで分かる。驚愕の声だ。
そりゃあ、素手で鎖を引きちぎるやつなんて、そうそう居ないだろう。
そのまま順番に、六つ分の牢の鎖をまとめて引きちぎっていく。
全ての扉を開放し終え、「さて、ここからどうしようか」と考え始めたところで――視界に赤いウィンドウが立ち上がり、頭の中に無機質な声が響いた。
『プレイヤー同士の円滑なコミュニケーションのため、言語自動翻訳機能をオンにします』
……便利だ。
地球にも欲しいな、それ。
と感心していると、助けたうちの一人が、おそるおそるといった様子で近づいてきて、口を開いた。
「助けていただきありがとうございます……」
「お、意味が分かる。翻訳がちゃんと仕事してるね。どうってことはないよ。ただ、見捨てたら寝覚めが悪いだろうなって思っただけだから」
一人が深々と頭を下げると、それに釣られるように、残りの五人も慌てて頭を下げた。
それぞれが、拙い言葉で感謝を告げてくる。
「こんな浅い層にホブゴブリンがリーダーをしてる集落ができてるとは思わなかったにゃ」
猫耳の獣人が、ぴこぴこと耳を揺らしながら呟いた。
その口調は、この場所のことをある程度知っている者のものだ。
「この場所って、いったい何なの? チュートリアルって言葉と、始まりの森林って名前くらいしか知らないんだけど」
「にゃ!? にゃにも知らずに来たのかにゃ!?」
猫耳が勢いよく逆立ちそうな勢いで、獣人の女の子が目をひん剥いた。
他の五人に視線をやると、皆一様に信じられないとでも言いたげな顔をしている。
「ここは【試練の大迷宮】にゃ。一度入ると、クリアするまで出ることはできないにゃ」
「聞いたことないな……ダンジョンとは別物なの?」
つい地球基準で聞いてしまう。
エルフと猫耳の獣人が、顔を見合わせてから首を振った。
「ダンジョン……? 申し訳ございません、聞いたことが無いです」
ダンジョンという概念すらない。
――となると、やっぱりここは別の世界ってことなんだろうな。
『回答します。その認識で間違いありません』
「のわっ!?」
唐突に、聞き慣れた【全知】の声が頭に響き、思わず変な声が出た。
この森に入ったとき、「機能を一時的に停止」と言っていたから復活したのだろう。
「どうかしたにゃ?」
「もしや【神の庇護】をお持ちなのですか!?」
猫耳とエルフが同時に食いついてきた。
……また聞いたことのない単語が出てきたな。
「……なにそれ」
心の中で【全知】に話しかける。
【全知】、知ってる?
『当世界の■■■により情報が統制されております。スキル名:全知からは回答できません』
……なるほど。
この世界の情報は、基本的に【全知】からは引き出せない、ってことか。
どう説明したものかと考えていると、エルフの女性が一歩前に出て、代わりに口を開いた。
「この【試練の大迷宮】は、別名【神々の遊技場】とも呼ばれております。数多の神々の力によりこの場所が作り出され、定期的にここに入るための門が開かれるのです」
「うーん……?」
言葉自体は分かるが、スケールが大きすぎて、イメージが追いつかない。
「神々がこの場を作ったのは、秀でた者を自身の使徒にするため、と言われております。その者を目にかけているというのを、他の神々に知らせるために【神の庇護】として自身の力のごく僅かを与える……と聞いております」
「なるほど……?」
「私も言い伝えでしか存じておりませんが、神々はプレイヤーを自由に観察することができるそうです。あと、下の階層に行けば行くほど、神々の目に留まりやすいそうです」
説明を整理する。
多分、ここは別世界の神々が作り出した大きな箱庭で自分たちの勢力を広げるために、人を招き、活躍した者を「囲い込む」場所。
そんなところだろう。
『全能の神が拍手を送ります』
間髪入れず、青いウィンドウが目の前にポンと浮かんだ。
【全知】が復活したおかげか、いつもの神々の反応も戻ってきたらしい。
邪魔なので、指先で弾くみたいにしてウィンドウを消す。
するとすぐ隣に、赤いウィンドウが現れた。
『自ら答えに辿り着いたプレイヤーに創造の神が賛美を送ります』
……どうやら、今の推測は概ね正解だったようだ。
何故、私がここに呼ばれたのかまでは、まだ分からないけれど――。
『全能の神が他世界の創造の神に中指を立てています』
『創造の神が他世界の全能の神に中指を立てています』
――喧嘩が始まった。
青と赤のウィンドウがこちらを無視して向かい合い、交互にメッセージを表示しては消えを繰り返す。
……私の居る世界の神と、この世界の神は、どうにも仲が悪いらしい。
ウィンドウが私の方を向いていないので、具体的にどんな悪口が飛び交っているかは分からないが、雰囲気だけで割と口汚いことを言い合っているのは伝わってくる。
乱立するウィンドウを視界の端で適当に無視しつつ、助けた六人の方へ向き直る。
「何となく理解できたよ。教えてくれてありがとね」
「お力になれて光栄です」
「お姉さんみたいに強ければ、すぐ神々に気に入られるにゃ!」
正直言うと、あのウィンドウの乱舞を見る限り、あんまり気に入られたくはない。
視界の確保に関して非常に邪魔だからだ。
「あ、そうだ。次の階層に行くにはどうしたらいい?」
「ボスモンスターが持ってる転移石を砕くにゃ。たぶん、あっちに転がってるホブゴブリンがボスで、持ってるにゃ」
「ありがとう」
礼を言って、ホブゴブリンを倒した場所へ戻る。
「持ってる」と言っていたが、見た目には何も持っていない。
となると――この、腰にぶら下げてる、匂いの暴力みたいな巾着袋の中か。
覚悟を決めて、凶悪な匂いを撒き散らしている巾着に手を突っ込み、ぐりぐりと中身を探る。
しばらくまさぐっていると、指先に「コツン」と硬い感触が当たった。
引っ張り出してみると、拳大の石に淡く光る文字が刻まれたものが現れた。
「これで合ってるのかな……」
確認のために、また広場へと戻る。
「これ?」
「そうにゃ!」
猫耳の獣人が、ぴょんと一歩前に出て頷いた。
森に入ってから、体感では七時間くらい経っているだろうか。
頭上には太陽のような光源が見えるが、一向に位置が変わる気配はない。完全に固定されているらしい。
助けた六人に向き直り、気になっていたことを尋ねる。
「みんなは、着いてこれるの?」
「……起動者が承認すれば行けます。しかし……」
エルフが言いよどむ。
その後を、猫耳の獣人が引き継いだ。
「階層毎にモンスターは強くなるにゃ。次の階層には、ホブゴブリンより少しばかりだけ弱いモンスターが、普通のモンスターとして出てくるにゃ……行っても死ぬだけにゃ」
「我々は、もう少しこの階層でレベルを上げ、皆で復活したホブゴブリンを倒せるようになってから向かいます。なので、お気になさらず進んでください」
「そっか。じゃあ、健闘を祈るよ」
「ありがとうございます。貴女に神々のご加護があらんことを……」
さっきの口ぶりからすると、モンスターは時間経過で復活するらしい。
この集落も、いずれまたゴブリンで埋まるのだろう。
彼女たちに軽く手を振り、右手に持っている転移石に力を込めて握りつぶす。
瞬間、視界がぐにゃりと歪み、足元の感覚がふっと消えた。
短い無重力のあと、再び地面を踏む感覚が戻る。
――辺りが暗い。
完全な闇というほどではなく、遠くの空には月明かりのような柔らかい光が浮かんでいる。
けれど、頭上に広がる木々の枝葉がその光を遮り、眼前はほとんど漆黒に塗り潰されていた。
◆
–エルフside–
銀髪の女性――私たちを、たった一人で救い出してくれたあの方が、今しがた転移石を砕いて次の階層へと向かった。
「今、転移石に魔力を一切込めずに砕いたにゃ……?」
隣で獣人の彼女が、目を丸くして呟く。
転移石は、他の【試練場】でも使われている一般的な道具だ。魔力を込めることで内部構造が脆くなり、軽い力でも砕ける――そう教わってきた。
「……お強い方なのですね」
「そういう話で済むかにゃ……? 転移石を魔力なしの素で砕くなんて、聞いたことないにゃ……」
彼女の言う通りだ。
あの方は、私たちの想像もつかない領域に居るのだろう。
あの数のゴブリンと、ボスモンスターであるホブゴブリンを相手に、一度の被弾もなく殲滅してしまうほどの人なのだから。
「考えるのは止しておきましょう。私たちはレベルを上げ、少しでもあの方のようになれるよう努力していくとしましょうか」
そう口にすると、胸の奥にぽっと小さな火が灯った気がした。
恐怖で固まっていた心が、少しずつ前を向き始める。
「そうするにゃ。生きて努力してれば、また会えるにゃ! その時には仲間にしてもらうにゃ!」
猫耳の彼女がにっと笑い、拳を握る。
私たちも、その言葉に頷いた。
世界各地には自由に出入りできる【試練場】がいくつも存在する。
けれど、【試練の大迷宮】に一度足を踏み入れてしまった者に残された道は、たった三つ。
――どこかの階層で力尽きて死ぬか。
――十五階層毎にある安全地帯で、一生を終えるか。
――研鑽を続け、神の使徒として選ばれるか。
あの人は、きっと三つ目の道をも軽々と越えていくのだろう。
ならば、せめてその背中を追いかけられるくらいには、強くなりたい。
「行きましょう。モンスターを探しに」
「にゃ。レベル上げ、がんばるにゃ!」
互いに顔を見合わせ、小さく笑う。
私たちは目標を「あの銀髪の人」に定めて――再び森の奥へと歩みを進めた。