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「昨日のことだけど…ごめん!!」
岸くんが顔の前でパチンと手を合わせる。
失恋…。
そりゃそうよね。
「ごめん!せっかく舞川ちゃんが勇気を出して告白したのにさ」
うん、でも転校二日目にして告白って、そらフラれて当然…。
「俺っていつもすっげータイミング悪いところに居合わせちゃうんだよね」
ん?
「でも、誰かの告白現場に居合わせちゃったのは初めてだけどね」
は…?
「紫耀、だよね?」
なに…?
え、え~っと…
ちょっと、昨日の告白シーンをプレイバックしてみよう…。
~~~~~~~~~~~~~~~~
私「好きになちゃいましたー!」
岸くん、ギョッとする。
岸くんの心の声「えっ!舞川ちゃんが誰かに告白してる!俺、やばいところに居合わせちゃった!!」
岸くん、キョロキョロ周りを見回す。
階段を上っている途中の平野を発見。
岸くんの心の声「あ!紫耀だ!舞川ちゃんは紫耀に告白したんだな!こんな大事な場面で、なんで関係ない俺が二人の間にいるんだぁ~~っ!?俺のバカバカ!!」
~~~~~~~~~~~~~~~~
………。
自分が告白されたことに気付いてない…。
き、岸く~~ん!!(汗)
「あ、あの、そうじゃなくてね…」
「う、うぅ~~」
岸くんの誤解を解こうとした瞬間、うめき声が聞こえた。
見ると、廊下の角から海ちゃんが倒れながら現れた。
岸「あれ?海人?お前何してんの?」
海人「お腹が…痛いぃ~」
風「え!大丈夫?海ちゃん?保健室行く?」
岸「おし!じゃあ俺が連れてってやる!」
海人「え~、俺、風ちゃんがいいよ~」
岸「失礼なやつだな!俺じゃ不満か!」
海人「不満だよぉ~~」
後ろを振り向きながらも、岸くんに担がれるようにして海ちゃんは連行されていった。
途中で岸くんが振り返る。
岸「このことは誰にも言わないから安心して!応援するから何でも相談してよ!なっ!」
クイっと唇を上げて、岸くんが頷いた。
海人「あれ?なんかお腹痛いの治ってきたかも。やっぱ保健室行かなくていいや」
岸「お前、仮病か!?」
海人「違うよぉ~~っ」
まだ騒いでいる海ちゃんを連れて行ってしまった。
え、えぇ~~~?
告白した相手が、自分への告白だって気付かないで、しかも別の人に告白したと勘違いするってあるぅ~~!?
「お前、岸くんの天然をなめてたな」
突然、頭上から声がして、振り返ると階段から平野がひょこっと顔を出していた。
「ぅわあっ!また人が大事な話してるときに立ち聞きしてるっ!!」
「お前が俺のいるところで大事な話を勝手に始めんだろうが。昨日だって、俺、関係ないのにどうしようかと思ったよ。まぁ、そのせいで勘違いされちゃったんだけど」
平野はぴょこっと階段からジャンプすると、教室へと歩き始めた。慌てて私も追いかける。
「でも、さっきの感じだと、今もう一回気持ちを伝えたところで、脈はなさそうだったな」
うっ…。確かに。
平野とのこと、応援するって笑顔で言ってた。もし、ちょっとでも私のこと意識してくれていたらそんなことは言わないし、そもそも告白に気付かないってところからして、私が岸くんにとって全くの恋愛対象外だからなんやろうな…。
「しばらくの間、俺を好きってことにしとけばいいんじゃない?カムフラージュに使っていいぜ~」
ニコニコしながら自分の顔を指さす。
「えぇ~~~、それはやだなぁ…」
「お前、失礼だな…」
「私、平野ほどのイケメン苦手やもん~~」
「それは岸くんに失礼だな…」
そうこう言っているうちに教室へと到着した。
「お前さ、俺と気が合うな」
平野がふっと身をかがめて耳打ちしてきた。
「俺も岸くん大好きだし!」
ちょうどその時、先に教室についていた岸くんと目が合った。
チーズがとろけるみたいに「ニタァ~~~」と岸くんの顔が緩む。
ヤバい…私が平野を好きだと勘違いしている岸くんにとって、今の私と平野の構図って完全に”いい感じ”に見えるじゃんっ…!!
慌てて平野から離れて足早に席につくと、岸くんが寄ってきて
「俺の協力なんていらないみたいだねぇ~」
と満足そうに肩を叩いてきた。
れん「え?なになに?何の話?」
「岸くんっ…!!」
私が思わずバンっと机を叩き立ち上がると、
「おっと…!いけねぇいけねぇ!秘密ひみつぅ~!あ~若いって素晴らしい~☆」
肩をすくめてウヒョヒョヒョと岸くんは逃げていった。
あの人、絶対に隠し事とかできない人種や…。
れん「なぁ~何の話~?」
平野「ま、焦るな焦るな。敵は強敵だぞ。時間かけてじっくり攻めろ」
平野が肩にポンと手を置く。
れん「俺だけ仲間外れすんなや~!」
そんなこんなで岸くんへの告白は失敗に終わったけど、岸くんは平野との仲を取り持とうとしているのか何かと世話を焼いてくるし、平野はそんな岸くんと私のすれちがっちゃってる関係を面白がってチャチャを入れてくるし、れんれんはそこらへんの事情は知らないけど、見た目に反して実はすごく寂しがり屋でいつも話題に入ろうと話しかけてくるし、私たちはクラスメイトとして、部活仲間として、確実に仲良くなっていった。
しかし、残された問題が一つ。
私は今だなお、”岩橋問題”という大きな試練にぶつかっている。
最初の新人いびりのようなあからさまなものはないけど、やっぱり私には異様にあたりがきつい。
さっきも目があった瞬間、岩橋くんから見事な「ツーン!」を食らい、心が折れそうになっているのだ…。
「舞川先輩?」
「あ、ジンくん」
「あれ?これ、はちみつレモンですか?舞川先輩が作ってきてくれたんですか?わ~すっげーうまそう!」
「うん、昨日ね叔母さんに、岩橋くんがよく夜にキッチン使わせてくださいって、部活に持ってくはちみつレモンを大量に作ってるって教えてもらって。だからみんなのためっていうか、岩橋くんの機嫌とろうと思って”下心のはちみつレモン”なんだけどね」
「あぁ…ほんとすみません舞川先輩。あいつ、ほんと態度悪くて」
「そんな、ジンくんが謝らなくても」
「いや…。あいつ、ちょっと繊細なとこあるけど、あんな態度とるようなやつじゃないんです。ほんとに優しくて気遣いができて、頑張り屋なんです。
これは言わないつもりだったんですけど…、実はあいつ…入学したての頃、いじめにあってたことがあって…」
いじめ…。胸がドキンと波打つ。
「もともとあいつは野球部で。ああみえて、すごいうまいんですよ。すごいギャップでしょ?野球男児って見た目じゃないのに。
でもそこにつけ込まれて。
大半は嫉妬なんだけど、そこしかつけ込むところないから、”そんな女みたいな顔して野球部なんかできるわけない”とか、”色が白いのは練習が足りてないからだ”とか…。
それでも野球好きだから頑張ってたんですけど、やっぱり相当辛かったんでしょうね。学校に来れなくなったんです。」
ジンくんが、まるで自分の辛い過去を話しているかのように顔を歪める。
「でも、一度登校拒否になると、なかなか学校に復帰するのって難しいのに、よく戻ってこれたね?」
「俺、1年のときから同じクラスで、入学式のときに初めて喋ってから仲良かったし、部活は違ったけど、あいつがすごく野球が好きで頑張ってるのは知ってたし。
だから、”俺が守るから、もう一度学校に来てみないか?”って毎日家に通って話したんです。それで、もう野球部には戻れないから、サッカー部に誘って。まだ体調万全じゃないから、マネージャーとしてチームの一員になってくれることになったんです」
わかる。岩橋くんにとって、ジンくんの存在にどれだけ助けられたか。たった一人でも、話を聞いてくれる人、弱みを見せられる人、自分を認めてくれる人がいるって、信じられないくらい大きなこと。
「最近はかなり傷も癒えてきてたと思ってたんですけど、まだ初めて会う人にこんなに心閉ざしちゃうなんて、俺がまだまだ支えきれてないんだと思います。だから俺から、すいません!」
ジンくんは「改めて」という感じで直角に礼をして頭を下げた。
「本当に大好きなんやね、岩橋くんのこと」
「えっ…。はいっ大好きです!」
ちょっとだけ照れながら、まっさらな笑顔ではっきりと答える。
くぅ〜っなんて爽やかなんやぁ〜!岩橋くんの幸せ者めぇ〜。
「あっ、玄樹ー!ほら、これ舞川先輩が作ってきてくれたんだってよ!」
ジンくんがタッパーを持って岩橋くんのところに駆け出す。
あっ…!
次の瞬間、タッパーの中身が全部砂の上に落ちていた。
岩橋くんがジンくんの手を振り払ったのだ。
「玄樹っお前何やってんだよ!」
岩橋くんもさすがに青ざめているように見える。
「玄樹!舞川先輩に謝れ!玄樹!」
神宮寺くんは岩橋くんの肩を持って強引に私の方に向き合わせようとしてくれたが、岩橋くんはそれを振り払って走り去ってしまった。
「すいませんっ!俺がちゃんと話をして、謝らせますから…!」
神宮寺くんはペコっと90度以上頭を下げた。
「ジンくん、私に話をさせて」
岩橋くんは部室に鍵をかけて閉じこもってしまった。
ドア越しに話しかける。
風「岩橋くん、ちょっと聞いてくれるかな?」
返事はない。
風「私ね、アメリカにいたとき、クラスのみんなにいじめられてたんや。それで、学校に行けなくなって家に引きこもるようになって。それで、日本に逃げ帰ってきたんよ」
ジンくんが驚いたように、私の顔を見た。
「“いじめ“なんて陰険なことをするのは、日本だけなんだよ」と小さい頃聞いたことがあった。だけど実際は違った。
アメリカにもいじめはあるし、そこに人種差別なんかも絡んでくるからもっと厄介だったりする。自分ではどうしようもできないこと、ありのままの自分の姿を否定されることってけっこう辛い。
転校してすぐに、見た目を馬鹿にされた。
日本人は白人に憧れを抱く人が多いが、黒人よりは自分たちの方が上だと思っている人も少なくない。しかし実際は、向こうの人間は白人、黒人、黄色人種という序列で考える。
日本人なんてアメリカ人の中に入ったら、顔が薄くてスタイルが悪くて、実年齢よりも5歳は下に見られるのだ。
そして、次に重視されるのはやっぱり言語。
日本人でも現地で生まれ育ってネイティブの発音ができる者は一目置かれる。
だけど私は中学1年で転校した。発音どころか読み書きだってろくにできなかった。
口を開けば笑われバカにされ、すぐに私は何も喋れなくなった。
「気に入らないのならほっといてくれればいいのに、何かと喋らせようと私を取り囲んでちょっかいを出してきて、私が言われた通りに一生懸命発音すれば、「変だ変だ」とあざ笑うんよ。
だから今でも集団の笑い声とか、自分の周りをたくさんの人に取り囲まれると、トラウマが蘇っちゃう」
転校した日の挨拶で、みんなに「関西弁のしゃべり方がおかしい」と笑われ足が震えたのも、その後みんなに取り囲まれて質問攻めにあって、またパニックを起こしそうになったのもそのせいだった。
「ある日、授業でさされて仕方なく発言して、やっぱり発音をみんなに笑われて、私パニックを起こして過呼吸みたいになっちゃったんや。担任の先生は授業が止まるのが面倒だと思ったみたいで、”保健室に行ってきなさい”って。私は、この場から逃げられる、よかった…って、救いを求めるような気持で保健室に行ったんやけど、保健室の先生は…」
そこでちょっと話を続けるのをためらった。
保健室の先生が私に言った言葉は
”You are loser”
”あなたは負け犬よ”
絶望だった。自分を受け入れてくれる場所はどこにもないんやって。
しかも、クラスの男子が保健室までこっそりついてきていたらしく、教室に戻ると面白がって
「You are loser!You are loser!」
と囃し立て、それがクラス中に伝染した。
だからこの言葉は呪縛のように今でも脳裏に焼き付いていて、口にするのもためらわれたのでこのエピソードは省いて続きを語った。
「保健室の先生は、私を受け入れてはくれず、厳しい言葉で私を教室へと追い返したの。
そして、またクラスの男子にからかわれた。その男子はクラス一のイケメンでボス的存在で影響力があって、いじめを率いていた張本人だった。
だから、私はイケメンが嫌い。
その日を最後に、学校に行けなくなった」
いつの間にか部室にやってきた平野、れんれん、岸くん、海ちゃんが、少し離れた場所に立っていた。
日本に帰ってきたら、いじめられていた過去を捨てて、明るい普通の女子高生としてやり直すつもりだった。
だから、本当はこんな暗い過去をみんなに知られたくなかった。
「コイツみんなから嫌われてたんだ」ってドン引きされたくなかった。
じゃあ、どうして自分から話してるんやろう?
岸くんに、「玄樹に寄り添ってあげてほしい」って言われたから?
違う。
たぶん、自分が救われたかったから。
過去の自分を知られたくないという思いがある反面、本当の自分を全部知ってもらいたいという思いがあったのかもしれない。
本当の自分を知った上で、受け入れてほしいって。
岸くんにすべてを見抜かれていたと知って、それでも優しくしてくれて、すごくホッとして力が抜けた。
無理して違う自分を演じなくていいんやって。
海人「風ちゃん、そんなことがあったんだ…。だから日本に帰ってきてからちょっとキャラ変してたんだね。昔はすっごく明るくて元気な子だったのに、ちょっと大人しくなったなーって思ってたんだよね」
平野「それでかぁ。あいつ、1対1で接してるときは普通なのに、集団の中にいるとちょっと暗いっていうか、なんか二面性あるなって思ってたんだよな」
風「しばらく家で家庭教師つけて部屋に引きこもってたけど、このまま学生生活終わるのは嫌やって思って、私一人だけでも日本に帰りたいって両親にお願いして、日本に逃げ帰ってきたんよ。
それで最後に学校に置いてた荷物とか取りに行かなきゃいけなくて、その時、クラスのみんなが私を不登校と帰国にまで追い込んだことに多少は衝撃を受けてるかも…、それでもし最後に謝ってきたら…、帰国する意思は変わらないけど、最後に謝ってくれたらもう全てのことを許して笑顔で別れようって、そんなことを考えながら学校に行ったんや。
バカよね、そんな期待、一瞬で打ち砕かれた。
イジメる人間は、たとえそれで相手を自殺に追い込んだとしても、自分たちのしたことを後悔したりなんてしないんよね。それがたかだか転校に追いやっただけやもん。
みんなクスクス笑ってこっちを見てた。そして、私が教室を出ていくときに”いじめられてるヤツって、なんで自分がいじめられてるのかわかってないんだよ。そんなんだからイジメられるんだよ”って言ったの。
頭ガーンって殴られたような気分やった。発音とか見た目とか、そういうの以外に自分にはイジメられる理由があったのかなって。知らないうちに人から嫌われる何かがあったのかなって。
それが何だったのか、いまだにわかんないんだけど、だから嫌われてたんだろうけど。
だから、今も岩橋くんに嫌われてるのかな?自分が相手に何かしたつもりないのに、自然体な自分でいて知らないうちに嫌われてるってさ、けっこう辛いんよ。
アメリカでも、もっとちゃんとみんなと向き合ってれば、その理由がわかったのかなって今でも後悔してる。
だから、教えてほしい。どうして私を嫌いなのかを」
沈黙。
ジンくんが心配そうに私とドアを交互に見つめる。
「別に、舞川先輩が悪いわけじゃない…」
ドアの向こうで小さいけれど声が聞こえた。
風「じゃぁ、どうして…」
岩橋「神宮寺が悪いんだ!」
神宮寺「え!?俺!?なんで突然!?」
岩橋「そうだ!神宮寺が悪いんだ!嫌いだ嫌いだ!神宮寺なんて大っ嫌いだ!」
神宮寺「なんだよ!?ちょっと待てよ!?意味わかんねーよ!」
岩橋「「だって…!神宮寺、舞川先輩が初めて寮に来た日、“あんなかわいい女の子と一緒に住めることになってラッキーだな“って言ったじゃんか!部活でもずっと舞川先輩に優しくして、それにそれに…!もう~~~嫌い嫌い嫌いだ~!もう神宮寺の好きなもの、全部この世から消えちゃえ!」
神宮寺くんは呆気に取られたように黙り込み、その後怒ったようにキリっと表情を変えた。
神宮寺「じゃあ、お前死ぬんですけど!!」
また沈黙。
バンッ…!!
突然ドアが開いて、真っ赤な顔をした岩橋くんが立っていた。
岩橋「お前は…っ、なんでそういう恥ずかしいことを平気で…っ!!」
え?ちょっと待って…。
もしかして岩橋くんが私にずっと冷たかったのって、神宮寺君を取られると思ったから?ただのやきもち?
私の決死の過去の告白は一体…。
高校に入って野球部に入って、すぐにイジメられるようになった。
それでも野球がすごく好きだったから、頑張ってた。
だけど周囲からの心ない言葉、「気にしない。聞こえない」とどんなに自己暗示をかけても、わんわんと耳鳴りのようにこだまする。
夜眠る時は自然と涙が溢れてきて、だけどあんまり泣きすぎると朝に目が腫れて親にバレるから、無理にでも楽しいこと考えようとするのに、浮かんでくるのはやっぱり自分を指差してニヤニヤと笑うやつらの顔。
そして朝が来てもすぐには布団から起き上がれなくなって、それでも無理して部屋から出て顔を洗って、「さぁ今日も闘いだ!」と自分にムチを打つ。
だけどある朝、どう頑張っても朝ごはんのパンが飲み込めなくて、うぐうぐしているうちに吐いた。
それで親に何もかもバレた。
洗いざらい話していくうち、自分より母親のほうがすごく泣いていることに気づいた。
「つからったね。行かなくていい。もう行かなくていい」って、お母さんは一生懸命俺の背中をさすった。
お母さん、こんな話聞いて今すごく悲しいよね、ごめん、って気持ちと、あぁこれでもう親に嘘つかなくていいんだ、もう明日から学校行かなくていいんだって心底ホッとした気持ちが入り混じって、全身の力が抜けていくみたいだった。
学校に行かなくなってしばらくして、神宮寺が家に来た。神宮寺とはクラスが一緒で、入学式の日に初めて話しかけてくれたクラスメイトだった。
神宮寺は、優しくて気遣いができてしっかり者で、クラスのみんなから好かれていた。
だからきっと俺みたいなはみ出し者にも平等に優しくしてくれるんだろうって思った。
だけど神宮寺の優しさは、そんな薄っぺらいものじゃなかった。
それから毎日うちに来た。部活で疲れてるだろうに、部屋に閉じこもってドアも開けない俺に、1時間くらいかけてその日あったことなどを一方的に話して聞かせた。
俺はドアに背をつけて、ずっと黙って聞いていた。
そのうち、俺は神宮寺を部屋に入れ、ポツポツと会話を交わすようになった。
「野球部に戻れないなら、サッカー部に来いよ」と誘ってくれた。
その頃には俺も、神宮寺がいるならもう一度学校に行ってみようかなと思うようになっていた。でも、やっぱり怖かった。また野球部のやつらに何か言われるかもしれない。
うつむいている俺に、神宮寺は
「四六時中俺がそばにいて守ってやるよ」
と言って髪を撫でた。
「四六時中って言ったって、学校の行き帰りにイジメられるかもしれない」と言ったら、「だったら寮に入ればいい。そしたら24時間ずっと一緒にいられるぜ?」と言って爽やかに笑った。
最初は冗談かと思った。だけど、実際そんな生活ができたらとうっすら夢見た。「きっと親が許さないよ」とやんわり断ったら、翌日部長と一緒に家にやってきて、
「玄樹くんを僕に預けてください!絶対に僕が守りますから!」
と正座してうちの母親に頭を下げた。
ブレザーにネクタイをビシっと締めた制服姿が、まるでスーツでビシっとキメて
「お嬢さんを僕にください!」
と結婚の挨拶に来た彼氏みたいに見えて、恥ずかしながら少しときめいてしまった自分がいた。
だけど、俺以上にときめいていたのは、俺の母親だった。
すでに毎日通い詰めてくれる神宮寺にかなり好印象を抱いていたが、この時の男前な態度に完全にロックオンされてしまい、「神宮寺くんがついていてくれたら安心ね!家にいるよりお友達に囲まれて過ごした方がきっと玄樹のリハビリにもなるわ!」と快く俺は送り出されることとなった。学校もイジメの事情があり、親も了承しているということで、寮への入所を許可してくれた。
不登校になってから初めて学校に行く日は、朝、神宮寺が家まで迎えに来てくれた。
今日から行くのだと決心していたはずなのに、なかなか足が動かない。
神宮寺はニッコリと優しい笑顔で
「ほら、顔あげて」
と手を差し出した。
俺はその手に自分の手を重ね、ゆっくりと一歩を踏み出した。
そのまま手を繋ぎながら歩いた。
俺の少し前を歩く神宮寺の背中がすごく大きく見えた。
この日の神宮寺の手のぬくもりを、俺は一生忘れないだろう。
まだちょっと足が震える。
だけど神宮寺と一緒になら、どんな場所も歩いて行けるような気がした。
朝まで膝を抱えてた
Prince,Princess 顔をあげて
心がうつむいても
髪を撫でてあげたくなる
Prince,Princess こっちを見て
その胸がときめく理由を教えてあげたいから
降りたことのない駅で降り
歩いてみたくなったよ君と
King&Prince「Prince Princess」より引用
作詞:久保田洋司 作曲:JOEY CARBONE・RYOMA KITAMURO
しかし、そんな俺たちの平穏な生活を乱す女が現れたのだ。
舞川風。
初めて寮にやってきた日、隣にいた神宮寺が「あんなかわいい女の子と一緒に住めることになってラッキーだな」と言って俺に笑いかけた。
その時、何とも言えない焦りを感じた。
舞川風は、海人のいとこということで、確かに海人と同じようなきれいな顔をしていた。
だけど、はぁ!?そんなに言うほどかわいいか!?この俺よりも!?
初日にれん先輩のお気に入りになったという噂は、すぐに1年まで届いた。これは確実に女子から嫉妬で嫌われまくるパターンだろうと思ってほくそ笑んだ。
しかし、逆にれん先輩のファンたちは、れん先輩に嫌われたくなくて手が出せずにいるようだった。
それどころか、海人のファンからはいとこだから”ライバル枠”からは外して考えられていて、逆に「海ちゃんみたいなきれいな二重で羨ましい~♡憧れちゃう~」なんて女子人気まで高いときた。
気に入らない。
寮に住むと聞いてから嫌な予感がしていたが、なんとチア部に入りサッカー部の担当になった。
初日に、すでにかよわいアピールをしたのか神宮寺に荷物を持たせていた。
神宮寺の優しい笑顔が、俺以外に向けられている。
あまりに焦りを感じ、本能的に「あーん、重ーい!」とぶりっ子した声を出していた。
「玄樹!無理すんなよ。そういうのは俺がやるっていつも言ってるだろ?」
すぐさま神宮寺が俺のところにとんできて、荷物を持ってくれた。
あぁ、守られてる。安心する。
「ずっと俺がそばにてい守ってあげる」神宮寺はずっとその約束を守ってくれている。
あの女をほんのちょっと困らせてやろうと思って、新人いびりをしてやった。
そしたら、紫耀先輩も岸先輩も全力であの女を守ろうとした。
なんで?そこまでいい女か?
意味わかんない!
そして、紫耀先輩に怒られて、俺はまたしても一人ぼっちになりそうになった。
せっかく神宮寺が作ってくれた居場所を、自分の浅はかな嫉妬心によってまた失いそうになっている。
なんてバカなことをしたんだろうと悔いても、もう遅い。
だけど神宮寺はやっぱり俺の隣にいてくれた。
そして、なぜだかあの女も俺のそばに来た。
同情?バカにすんなよ!何様だよ?
ただ顔がちょっとかわいくて、たまたまMr.Kingの3人と同じクラスに転校してきて、たまたまれん先輩に気に入られたから3人と仲良くなって、たまたま海人のいとこだったから寮の仲間にも最初から好意的に受け入れられただけだろ?
ただ恵まれた環境が揃ってて簡単にみんなからちやほやされて。そうやって人間関係何も苦労したことありません、みたいな。そういうやつ大っ嫌い!
だけど、別にあの女が俺に何をしてきたわけでもない。
それなのに、俺はすっごく悪い態度を取っている。
俺が冷たくした後に、しゅんとしている顔を見ると、胸がチクチクと痛む。
自分がされてあんなにつらかったのに、今自分は同じことをしている…。
だけど、どうしてもどうしても、あの女とはうまくやれない…!
だって、あの女は俺だけに向けられていた神宮寺の笑顔とあの手を奪おうとしている。
神宮寺だけじゃない。紫耀先輩も、岸先輩も、れん先輩も、みんなあの女に取り込まれて行く。
サッカー部のみんなが、俺の居場所が…。
取らないで、取らないで。
単なる嫉妬じゃないんだ。
この場所を失ったら、俺は本当に居場所がなくなってしまう…!
だけど、突然あの女は自分の過去を語りだした。
まるで、俺の話かと思うほどリンクした。
全然、人間関係苦労せずに誰からも好かれているような器用な人間じゃなかった。
俺と同じように悩み苦しみ闘ってきた人だった。
人から嫌われる痛みを、その理由がわからない苦しみを、知っている人だった。
そんな人に、俺はなんてことを…。
舞川先輩は俺の態度によって、また過去を思い出し傷ついている。
自分には気づけない”悪いところ”があるのかもしれないと、自分を責めている。
誤解を解かなきゃ。
違うんだ…!
「神宮寺が悪いんだ!神宮寺の好きなもの、全部この世から消えちゃえ!」
舞川先輩は何も悪くない。
俺は神宮寺を取られたくなかっただけだ。
それなのに、神宮寺が舞川先輩にばっかり優しくするから…。
そんなことでイジメてたのかって、みんなドン引きするよな。
もうサッカー部にもいられなくなるかもな。でも、ちゃんと伝えなきゃ。これ以上、舞川先輩を傷つけるわけにはいかない。
神宮寺「じゃあ、お前死ぬんですけど!!」
へ…っ!?
な、なに言って…。
バンッ…!!
「お前は…っ、なんでそういう恥ずかしいことを平気で…っ!!」
サラっと言えちゃうんだよ!?どこまで人の心かっさらうんだよ!!
もうマジで…大好き過ぎるんだよ…っ!!
岩橋「だって、神宮寺、さっき舞川先輩に”大好きです”って言ってた…」
れん「なぁにぃ~!?ジン!お前、まさか抜け駆けしたんか!?」
神宮寺「え?何のこと?言ってないよ?」
岩橋「言ってたよ!」
風「あぁ、あれじゃない?私が、”岩橋くんのこと、本当に好きなんやね”って言って」
神宮寺「あぁ!」
え…?俺のこと…?
岩橋「舞川先輩、ごめんなさい~!俺、俺、神宮寺がどんどん離れていっちゃうって不安で…。そしたらまた俺の居場所がなくなっちゃうって。神宮寺は俺にとって、本当に大きな存在で、神宮寺がいなくなったら俺、俺…」
俺は床にへたりこんだ。涙がボロボロと流れてくる。
風「わかる。たった一人になったとき、そばにいてくれる人が一人でもいるって、本当に救われるよね。私もね、一人だけ話を聞いてくれる人がいたんよ。ネット上で知り合った子で、実際会ったこともなかったんやけどね。その子が関西弁で、それで喋り方映ったんや。その頃学校でも家でもほとんど喋ってなかったから、私が声出すのってその子と喋るときだけやったから余計に依存しちゃって。でも、その子の存在がなかったら、きっと耐えられなかったと思う…」
舞川先輩も床に座り込んで泣いていた。
風「言っとくけどさ、神宮寺くんが私に話しかけるときって、いつも”玄樹があんな態度ですいません”とか”玄樹は本当はいいやつなんです”とか、岩橋くんの話ばっかりやったんよ?」
岩橋「神宮寺…」
神宮寺「舞川先輩っ!」
神宮寺が勢いよく舞川先輩に振り返る。
風「は、はい」
神宮寺「舞川先輩、とってもかわいいと思いますけど、すいません!僕にとっては、玄樹のほうが100倍かわいいんです!!」
…っ!?ま、また何を言い出す…!?
れん「嘘やろ…あいつ目おかしいんちゃう!?風ちゃんのが絶対かわええやろ!」
海人「俺も風ちゃんがいい~」
平野「まぁ、俺はジンの言ってることもわからんでもないけどな。玄樹はかわいい!
まぁ、どっちがかわいいかは人それぞれ好みがあるかもしれないけど…」
紫耀先輩が何かモグモグ食べながら前に出てきた。
平野「このはちみつレモンの味付けはまだまだだな!舞川、ちゃんと玄樹に習ってもっとうまく作れるようになれ!」
風「あれ!?平野、それ地面に落ちたやつ…!?」
平野「上のほうは砂ついてなかったから拾った。食べ物無駄にしちゃ怒られるぞ?あ、あと玄樹の麦茶は最高だからな。お前、それもちゃんと習得しろよ」
れん「こいつ、麦茶の味にすげーうるさいねん。玄樹の麦茶しか飲まんもんな?麦茶なんて誰が作ったって同じやんなぁ?」
平野「ばっか!全然違うから!玄樹の麦茶はマジ最高なんだよ!それに洗濯だって玄樹が洗ったタオルはふわっふわだし、他のマネージャーなんて足元にも及ばねーよ!」
紫耀先輩…。
あの一件以来、ちゃんと話してなかった。
でも、すごい認めてくれてる。いつも、紫耀先輩は俺のがんばりに気付いてさりげなく「いつもありがとな、玄樹!」と声をかけてくれる。
厳しいことも言うけど、ちゃんと俺の働きを認めてくれてる。
岩橋「すいませんでした。舞川先輩に意地悪して」
平野「謝るのは、俺じゃないだろ?」
岩橋「だって紫耀先輩も岸先輩も、みんな舞川先輩のことばっかりかばうし…。紫耀先輩は怒るし、岸先輩は舞川先輩かばって先生に怒られて」
風「岸くんがかばってたのは、岩橋くんなんやよ?あの時、本当のこと話せば岩橋くんがしたことが先生にバレるから、絶対言っちゃダメって」
岩橋「え…?」
平野「ま、俺は岸くんのそういう玄樹を超甘やかしすぎなところはどうかと思うからバラしてやったけどなー!
でも、そうやって時々間違ったことしちゃってもさ、俺たちは玄樹を見放したりしないし、玄樹はうちの部に必要不可欠な存在なんだからさ、居場所がどうとか悩む必要なんて全然ないんだぞ?」
またどんどん涙がこぼれてくる。
「イジメられてたのには理由があるって、その理由が今でもわからないような人間だから嫌われたって言うけどさ、自分のどこを直せばいいのかわかんないなら、イジメられてた頃と今と、二人とも人格変わってないってことだよな?」
岸くんが寄ってきて、俺と舞川先輩の前にしゃがむ。
「じゃあ、なんで俺らは今の玄樹と舞川ちゃんのことを好きなんだろうな?」
ヤンキー座りで俺たちの顔を覗き込むようにして、ん?と答えを促すように、眉毛を上げる。
岸「たぶんさ、人って好き嫌いとか相性とかいろいろあるし、同じ自分なのに嫌いって言う人もいるし好きって言ってくれる人もいるじゃん?
舞川ちゃん、アメリカから”逃げてきた”って言ってたけど、自分を受け入れてくれないような世界なら逃げて正解じゃないかな?そんなところでずっと頑張り続けるよりも、自分を好きな人に囲まれて生きてったほうがずっと幸せじゃん?
周りに合わせて無理に変わろうとしなくても、今のままのお前らを好きっていうやつらもいるわけだから。
だから、玄樹にとっても舞川ちゃんにとっても、俺たちがいる”ここ”が居場所ってことだよ!」
岸「え…?俺、なんか変なこと言った?違った?」
沈黙に不安になって岸くんがあたふたしてみんなに助けを求める。
風「今のは感動の”ジーン…”の間だよぉ~~~!岸くぅ~~ん!!」
岩橋「岸せんぱぁ~~い!!」
二人で岸先輩に抱き着いた。
岸先輩が尻もちをついて、くしゃっとした笑顔で俺たちを抱きとめる。
「まぁ、俺にとっちゃどっちもいつも心配なかわいい妹って感じだな!
二人とも、がんばったな。辛かったな」
そう言って、両手で二人の頭をポンポンと撫でた。
れん「あぁっ!岸くんずるいぞ!確かに今の言葉は感動したけども!」
風「岸くぅ~~ん!!」
岩橋「岸せんぱぁ~~い!!」
岸「お~よしよし!泣け泣け!」
神宮寺「お前はこっちだろ!」
神宮寺が俺の肩をつかみ、グイっと自分のほうに引き寄せた。
そしてそっと髪を撫でる。
あ…。
この手のぬくもりだ。
神宮寺の手は、あの日と同じように大きくて温かかった。
あんなにボロボロになって、もう誰とも関わらないって思ったのに、またやっぱり人に愛されることを求めてしまう。
そして、自分を受けれてくれる場所は確かにここに存在していた。
同じ痛みを理解し合える舞川先輩も、
いつもそばにいて守ってくれる神宮寺も、
溺愛で甘やかしてくれる岸先輩も、
間違ってることは間違ってると厳しく教えてくれて、でも最後まで見捨てずにいてくれる紫耀先輩も、
みんな俺に居場所をくれる人。
もう生きていけないってくらいにボロボロに傷ついてダメダメになったけど、俺たちは立ち直れるんだ。
この温かい仲間たちに支えられて。
ボロボロになってもダメダメになっても立ち直れる君はPrince,Princess
ボロボロの涙でびしょびしょになっても立ち上がれる君はPrince,Princess
King&Prince「Prince Princess」より引用
作詞:久保田洋司 作曲:JOEY CARBONE・RYOMA KITAMURO
海人「う、うぅ~~…お腹痛い~~~」
平野「岸くーん!こっちにも手のかかる弟が一人いまーす!」
岸「海人、またかぁ~?よし、今度こそ、俺が保健室連れてってやるぞ!」
岸先輩に担がれながら保健室に向かう。
海人「あれ?変だな。またお腹痛いの治ってきた」
岸「はぁ~またか!?」
海人「うん、なんかすぅーっと」
岸「…お前さ、舞川ちゃんのこと好きなわけ?」
海人「え?うん、そりゃいとこだからね。好きだけど?」
岸「いや、そうじゃなくてさ、ラブのほうだよラ・ブ!」
海人「へっ!?」
岸「だってさ、風ちゃんが他の男と、ってか2回とも俺だけど、話してると苦しみだして、離れると治ったって言うじゃんか。
それにさ、お前”お腹痛い”って言ってるけど、押さえてるのそこ、胸だろ?”胸が痛い”と言ったら、恋だろ恋!」
え…!?恋…!?
だって、風ちゃんはいとこだよ…!?
でも…。
風ちゃんが帰ってきてからときどき襲うこの腹痛…と思っていたけど、ほんとだ、ここ胸じゃん…!
う、嘘だろ…?
岸先輩、天然と思ってたけど、実はすごい鋭い!?恋愛マスターなの!?
岸「な~んてな!んなわけねーか!いとこだもんな!ワハハハハ!」
冗談で言ったであろう岸先輩のその一言が、俺の自分でも気づいていなかったその気持ちを発動させるボタンを押してしまったみたいだ…。