橋本がハイヤーの後部座席に倒れ込んだことに宮本は驚き、慌てて顔をあげた。目を見開いて橋本を見つめたら、間髪おかずに柔らかいもので唇を塞がれる。
「…………」
触れるだけで、それ以上のキスに進めない橋本を不思議に思って、宮本はみずから唇を外した。
「陽さんどうしたの? ハイヤーでは絶対にしないって、いつも豪語してるのに」
「そうなんだけどな……でもこの瞬間だからこそ、雅輝にキスしてやりたいって思ったんだ」
そしていつものように、橋本は宮本の頭をぐちゃぐちゃに撫でまくった。
「陽さん、どうして――」
宥めるようなそれらの行動に、宮本の頭の中で疑問符が浮かんだ。橋本にそんなことをされる覚えはないし、なにより黙ってサーキット場に数回通っていたことについて、もっと叱られてもいいくらいだと思った。
「雅輝は走りで俺を魅了しながら、楽しませてくれるんだろ?」
「むぅ? 俺はそれくらいしか、特技がないですから。ってか陽さん、俺に魅了されてるんですか?」
「バカだな。しっかりハートを鷲掴みされてる。さっきだって、雅輝の顔ばかり見てた。すげぇカッコよかったぞ」
「あ……そぅなんだ」
目尻にシワが寄るように瞳を細めて、鈍感な宮本でも理解できるセリフで説明する橋本の言葉で、頬がぽっと熱をもった。
「雅輝俺はさ――。俺はそういったもので、おまえを魅了し続けることができない。どこにでもいる、ただの男だから」
「そんなことないって! 陽さんの存在そのものが、俺を惹きつけるんだ。ここでキスされて頭を撫でられたことも、こうしてお互いの気持ちをぶつけ合っていることすら、愛おしくてたまらない」
(どうしたら、陽さんの不安を解消できるんだろ。俺の語彙力じゃ納得するようなことは言えないし、行動で表現するにも、できることが限られている。だからこそ俺は――)
「雅輝……」
「嫌だったら言って。すぐにやめるから」
そう言って顔を寄せた宮本に、橋本はとても小さな声で返事をする。
「嫌なんて言うわけないだろ。愛してるんだ」
そんな橋本の想いに報いるように、宮本は熱い口づけをしたのだった。
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