テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「いいですか?
河目さんは大学のOBで、一緒にライブする予定があって、CDを貸していた先輩。
貴方は…、えっと…。」
指定された待ち合わせ場所はコンビニで、すぐ向かいが律さんの家だった。
挨拶もそこそこに、穂高さんは小声で今日の設定を指示する。
自己紹介で名乗っていない和織を呼ぼうと首を傾げていたので、和織が自ら名乗り出た。
「和織です。」
「和織さん。何歳かは存じませんが、河目さんの弟ということにしましょう。」
「正気か…?こんなおっさんと娘が繋がってたら不信感あるだろ…。」
「ないですよ。いけます。今時普通です。」
「行きますよ。」と返事も待たずに穂高さんはインターホンを押す。
思わず「嘘だろ…。」と口を滑らせれば2人がこちらを向いて人差し指を立てた。
お前ら本当は姉弟なんじゃないのか。
『はーい。』
「あ、律さんの友人の華波です。」
『はい、ちょっとお待ちくださいね。』
どこかほんわかとした雰囲気の声がインターホン越しに聞こえた。
大学生の娘のお母さんとなると、40歳前後くらいだろうか?
ガチャリと目の前の扉が開いて、小柄な女性が顔を出した。
「いらっしゃい、華波ちゃん。…と、先輩だったかしら?」
「は、初めまして…!り、律さんの大学のOBの河目…です。」
「弟の和織です。兄が律さんに貸していたCDを取りに伺いました!」
「あらあら、わざわざごめんなさいねぇ。
さ、どうぞ入って。」
玄関に通され、穂高さん、俺、和織の順で家へと上がっていく。
律さんの母親は特に疑う様子もなく、2階の娘の部屋へと案内した。
「…あれから3か月も経つのに、部屋はそのままにしてあるの。
CD探しながらゆっくりしていって。今お茶持ってくるわね。」
「あ、お構いなく…。」
パタンと部屋が閉じられ、張りつめていた息を吐く。
なんというか、人に嘘をつくのって体力を削る気がする。
とりあえず部屋を見渡して、目ぼしいものがないか確認する。
全体的に物が少なく、片付いた部屋だった。
目立つのはやはりギターだろうか。
シンガーソングライターと言っていたし、多分弾き語りをしていたのだろう。
近くにはヘッドフォンや交換用のギターの弦、アンプ、マイクがある。
その近くにCDラックがたくさんあり、いくつか同じアーティスト名が並んでいた。
机の上にはちょっとしたキーホルダーが飾られていて、ノートパソコン1台と筆記用具が置いてあるだけ。
ビニールマットにはライブのフライヤーが挟んである。
その上の本棚にはノートや楽譜のような本が並んでいた。
詳しくないからわからないが、音楽はパソコンを使って作るのだろうか?
それであれば、作りかけの曲のデータもパソコンに…?
母親が来ることに備えて、視線だけで探る。
とりあえずCDは1枚、借りなければいけないか。
穂高さんの方を見れば、複雑な表情で机のフライヤーを見つめていた。
どこかに律さんが映っているのだろう。
穂高さんは律さんを『好きな人』と言っていた。
片思いという和織の言葉を否定せず、あえて反応を控えていたように見える。
…つまりはそういうことなのだろう。
穂高さんにとって、律は同性でありながら想い人なのだ。
コンコン、と控えめなノックが聞こえてドアが開く。
律さんの母親が、グラスを3つ乗せたおぼんを運んできてくれた。
「麦茶だけど、ごめんなさいね。
CDは見つかりそうかしら?」
「あ、ありがとうございます。見つかりました。」
「良かったわぁ。」
おぼんを机の上に置いて、母親はちらりとギターの方を見た。
「…私、恥ずかしながら娘のやってること、全然知らなかったの。
ギターを自分で買ってたのは知ってたけれど、
あの日、初めて華波さんへの手紙を見て、曲を作ってたのを知ったの。」
寂し気な視線がギターを撫でる。
もしかしたら…。
律さんの母親は、華波さんと娘の話をしたいのではないだろうか?
「…、あの、…良かったら、律さんのお話、しませんか。」
俺の提案に、穂高さんと母親が目を丸くする。
もちろん、俺から話せる律さんの話などない。
けど今は、お互いの話を聞けるチャンスだと思った。
「…ありがとう。」
母親は入口のすぐ近くに腰を下ろすと、懐かしむように話し始めた。
「娘はね、大学生に入ってすぐ体調を崩して…、脳腫瘍が見つかったの。
それはもう…、私も娘もショックで言葉が出なかったわ…。
けどね、それから半年くらいかしら…、律がね、よく笑うようになったの。」
悲し気な雰囲気から一変、暖かい笑みを穂高さんに向けた。
穂高さんは不思議そうに瞬きをして、視線を受け止める。
「華波ちゃん。貴女に会ってからよ。」
「……え…?」
「”新しい友達ができたんだー”って毎晩楽しそうに華波ちゃんの話をしていたわ。
あの子ね、病気が分かってから、あまり笑わなくなってたの。
…でも、華波ちゃんに会ってから、また笑うようになった。
………嬉しかった。」
母親の目から、涙が落ちる。
それに気づいて、慌てて目元の雫を指で拭った。
「あらやだ…。……ごめんなさいね…。」
鼻をすする音だけが、部屋に響く。
終わりだと告げるように、母親は顔を伏せた。
穂高さんは正座した膝の上で静かに拳を握り、顔を上げた。
「…私、毎日適当に過ごしてたんです。
バイトも、勉強も、なんにもやる気が起きなくて…。
そんな時、律の歌声が聞こえたんです。」
その言葉に、今度は律さんの母親が僅かに驚いた顔をした。
ギターを愛おしそうに見つめて、穂高さんは語る。
「…綺麗だった。
耳から、指の先まで、血が通ったような感覚になりました。
消え入りそうな、繊細な声なのに、はっきりと聞こえるんです。
その1曲で、ファンになりました。
同じ大学なのを知って、一緒にカラオケ行ったり、歌詞を考えたり…。
でも、……病気だってこと、最後まで知らなかったんです。」
言わなかったのか、言えなかったのか。
この場合、多分後者が多いだろう。
「変に気を使われたくなかったから」そう言って、病気を隠す人は多い。
いつも通りに接してほしくて、言わなかったのかもしれない。
それは多分、穂高さんも理解しているはずだ。
それでも、教えてほしかったという気持ちは強いだろう。
好きな人なら、尚のこと。
「ごめんなさいね…。
娘も、余命宣告されてるって言いづらかったと思うの。
…ほら。やっぱり、そういう目で見られちゃうこともあるし…。」
申し訳なさそうに言葉を選びながら、穂高さんへ向けて話す母親。
穂高さんは首を横に振って、「わかってます。」と答えた。
「……あの…!
…パソコン、見せてもらっちゃだめですか…?」
母親へ向き直り、訴えかけるような声だった。
穂高さんも、俺と同じ考えだったのだろう。
パソコンに、何か残ってるかもしれない。
俺も和織も、黙ってこの場を見守った。
「…私は構わないのだけど…。息子が言うにはパスワード?が、かかってるみたいなのよ。」
「……あ。」
パスワードを解除できる本人がいないのであれば、推測できる人は近しい人に限られる。
家族でもわからないとなると、後は友人…、華波さんに頼る他ない。
「…試してみても、いいですか?」
「…ええ!ぜひ。」
母親に許可をとり、机の上のノートパソコンを開ける。
数秒の起動画面後に、ログイン画面が表示された。
『RiTsu』という表示は、ライブのフライヤーにもあった文字だった。
恐らく、律さんのアーティスト名なのだろう。
「…好きな歌手…?……違う。曲…、ギター?」
ブツブツと呟きながら、思いつく限りの言葉や数字を入力しては弾かれる。
と、何度目かの入力でエラーがかかった。
10分経たないと、入力してもログインできないようだ。
「…駄目か…。」
「もし、思い当たるのがあるならやってみて頂戴。
私は下にいますから、何かあったら呼んでくださいね。」
「ごゆっくり。」と母親が退室する。
穂高さんは悔しそうに唇を噛んだ。
家族なら本人の情報…、誕生日などは既に試しているだろう。
さっき入力された、好きな音楽関係も違う。
律さんがセキュリティにしっかりしている子で、本当に安全な文字列で設定していたら諦めるしかなくなる。
だが、彼女の様子を見る限り、意味のある言葉で設定してそうだ。
部屋をぐるりと見渡す。
ヒントになりそうなものはないだろうか。
「初めてライブした日…とか?」
「あるかも!えっと…、動画サイトにあがってたはず…!」
スマホを取り出して、穂高さんは動画サイトを開く。
慣れた手つきで律さんのライブ動画を見つけると、概要欄の確認をして、
いつ行われたライブかを確認した。
「2年前の5月1日!」
ロックが解除されたパソコンに日付を打ち込み、エンターを押す。
…ログインはできなかった。
「誕生日は?」
今まで口を開かなかった和織がぽつりと溢した。
興味がないのか、パソコンの方は見ておらず、ベッドの下にあったアルバム写真を眺めていた。
「流石に…、家族がやってるだろ。」
俺が否定するように言えば、和織は真面目な顔で穂高さんを見た。
「違うよ。穂高さんの誕生日。」
「……え、私………!?」
2人して驚いて和織を見たが、本人の視線はまたアルバムへと戻っていた。
半信半疑で穂高さんは4桁の数字を打ち込むと、ギターの映ったデスクトップ画面が現れた。
「……なん、で…。」
パソコンの前で、穂高さんは言葉を失う。
予想だにしなかったのだろう。
正直、和織が言わなければ、俺も試そうとは思わなかった。
表示されたデスクトップには、よくみるパソコンやソフトのアイコンの他に、『録音データ』、『作曲』、『ライブ用』と、アーティストとして使いそうなフォルダが並ぶ。
そして、整列されたアイコンからずれて、真ん中に置かれているフォルダが1つ。
『ハッピーバースデー』。
そう書かれたフォルダが気になり、なんとなく開いてみた。
Replyデモ.mp3
Reply.mp3
Reply(未完成).txt
穂高さんが見せてくれた、音楽データと同じ名前がある。
…やっぱり、完成していなかったんだ。
テキストファイルをダブルクリックで開けば、メモ帳にずらりと文字が並んでいた。
『Reply(華波の歌)
降り注いだ不協和音
世界から色が消える
陽の光さえも届かなくて
嘆きの歌を囁く
届かないはずだった
まるで透明人間みたいに
誰も気づかなくて
1人立ち止まっていた
その瞳に私の姿が
映っていた』
前半は歌詞のようだったが、その先は作成途中のような単語が並んでいるだけ。
華波の歌ということは、もしかして…。
「私の…、歌…?
もしかして、…誕生日プレゼントにしようとしてたの…?」
第三者から見ても、そう思える。
きっと、穂高さんに歌いたかったのだろう。
…けど、間に合わなかった。
もう完成されることのない歌。
その存在が、律さんから穂高さんへ遺した未完成の想いとなっている。
「……河目さん、この歌…、完成できませんか?」
穂高さんは、祈るように俺を見上げた。
コメント
1件
ああ…もう、この回は本当に胸がぎゅっとなりました。律さんのお母さんが「華波ちゃんに会ってから笑うようになった」って話すところ、涙が出そうになりましたね。それに和織くんの「穂高さんの誕生日じゃない?」ってひらめき…!律さんが穂高さんの誕生日をパスワードにしてたっていうのが、もう切なくてたまらない。完成できなかった『Reply』、どうか河目さんが形にしてあげてほしい…。次が気になります😢
#極道
鷹槻れん

7,349
#普通
野々さくら
552
世羅 鈴🎨🎤
436,358
芙月みひろ
743