ある日の晩のことだった。
仕事が終わり家に帰ると、父がぐでんぐでんに酔っ払っていた。
父の酒癖の悪さには、母はもちろん私も手を焼いている。
「お母さん、これどんな状況?」
「お父さんが好きなアーティスト、なんだっけ、えっと、Jーふれっ?」
父が好きなアーティストは何組かあるけど、
「J-Flavorかな?」
日本人5人組で構成されたダンスパフォーマンス女性ユニットだ。
「そうそう。その子達のライブの抽選に落ちちゃったんですって」
それは気の毒に、J-Flavorのライブにはまってファンクラブまで入ったというのに。
「落選メールがきてから、ずっとこんな調子なの」
と母はため息交じりに言う。
「それで昼から飲んでいるのか、うわっ、日本酒まであるの」
私は足下に落ちている空の缶ビールに気を取られ、日本酒の瓶をうっかり踏みそうになった。
「しょうがない人よね」
私は酔っ払って瓶を大事そうに抱えて横になっている父を
「お父さん、これ以上飲ますと面倒だね。うわっ、酒臭いって!」
と父の背中をバンバン叩いて起こそうとすると、父は酔っぱらった面倒くさい声でこう言った。
「うちで、俺のこと構ってくれるのはボイフレだけだよ~」
ボイフレってなんのことだ。まさか、
「ボイフレって、ボイスフレンズのこと……? いつの間に愛称なんかつけたの」
父は大事そうに瓶を抱えながらうんうんと頷いている。いや、まったく酒臭い。
母は朗らかに日本酒を片付けながら、
「お父さんが昼間頑張って設定したのよ」
すると、父はうちの子見て見てと言いたげにボイスフレンズに話しかけた。
「Hi, ボイフレ。TVの電源を点けて」
【Yes】
瞬く間にTVの電源が点き、先ほどまで見ていたであろう動画配信サイトが表示される。
愛称でも反応するのか、すごいなボイスフレンズ。
「ほら、うちのボイフレは偉い!」
すると父はびっくりするくらいな自慢顔で私を見る。こうなった父は非常に面倒くさい。
「ああ、もう! うるさいなあこの酔っ払いめ」
こんな大声で叫ばれると近所迷惑だ。これ、お隣さんに怒られるやつじゃん。
「お父さん、もう寝ましょう」
「やだ~」
そんな声で言ってこっちが言うことを聞くと思っているのだろうか? さっさと寝てくれればいいのに。
そうだ!!
私はふとっ冗談でこんなことをボイスフレンズに頼んでみる。
「Hi, ボイスフレンズ。お父さんを止めて」