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第4章「揺れる心」
土曜日の午後、山の麓にある古びた神社の境内。
蝉の声が途切れた瞬間、ふいに鳥の羽ばたきが聞こえた。
土俵の上では、4人の少女が汗を流していた。
「よし、水々葉、いくよっ!」
「かかってこいっ、めぐみ!」
バッ、と音を立ててぶつかり合う2人。
寄り倒す力は拮抗しているが、互いの顔には笑みが浮かんでいた。
その様子を土俵の外で見守る2人――夏菜と、今日初めてここに来た遠藤優衣。
「ねえ、優衣ちゃん、どう? ちゃんとついてこれそう?」
「うん、大丈夫……!思ったより、楽しそうかも……ふふっ」
夏菜はその笑顔に目を細めた。
「よかった~。最初は誰でも緊張するもん。私も最初、怖かったよ」
「夏菜が?」
「うん、だって初日から水々葉に押されてコケたし!」
「ちょっとぉ、聞こえてるからねー!」
水々葉が振り返り、口をとがらせた。
「まったく、油断してるとそのうち私が勝っちゃうから!」
「それは困るなぁ……はい、もう一回!」
めぐみが軽く笑いながら構え直した――そのとき。
鳥居の先、石段の上に一人の影が現れた。
「……来た、かも」
水々葉がぼそりと呟き、みんなの動きが止まる。
そこに立っていたのは、紺の制服を着た少女。
片側だけの三つ編みを肩にかけ、後ろでピンクのリボンが揺れている。
その姿に、めぐみの胸が跳ねた。
(本当に、来てくれたんだ……)
少女――牧野美佳は、ためらいながらもまっすぐこちらへ歩いてきた。
表情は固いが、視線は逸らさない。
「こんにちは」
その一言に、空気が静かに揺れる。
「よく……来てくれたね」
めぐみが少しだけ息を呑み、ゆっくりと言った。
「……ここで練習してるって、聞いたから。場所、合ってるか不安だったけど」
「うん、間違ってないよ」
一拍置いて、美佳が土俵を見上げた。
「……すごい、本当に土俵なんだ」
「うん、神社の人がずっと残してくれてたみたいで。すごく古いけど、ちゃんと使えるよ」
「……へえ」
美佳の視線は、土俵の俵、足跡、そして立ち上る湯気のような熱気を追っていた。
「……楽しそう、だね」
「え?」
「さっきの、見てた。笑ってたし、なんか……いいなって思った」
めぐみは目を丸くし、すぐに笑った。
「よかったら……一緒にやってみる?」
沈黙が落ちた。
美佳の顔が少しだけ強張った。
「……ごめん。それは、無理」
「え?」
「見てるだけなら、いい。でも、相撲は――ムリ」
その言葉は、思ったよりも冷たくなってしまった。
「……そっか」
めぐみの声がか細くなる。
美佳は、何かを言いかけたが、何も言わずにくるりと背を向けた。
石段を降りながら、自分の心がざわついていることに気づいた。
(やっぱり、私は……)
足を止め、胸に手を当てる。
――幼稚園の頃。
園庭の土俵で、小さな相撲大会があった。
美佳は勝った。相手は、男子の中でも一番強いとされていた子だった。
「すごーい、美佳ちゃん、男の子に勝った!」
「ねえ、女のくせにー!」
「ほんとに男の子?それとも美佳が怪力すぎるの?」
最初は笑っていた。でも、それがずっと続いた。
遊びでも、何でも、力を見せるたびに「変だよ」と言われた。
特に、よくからかってきた女の子の顔が頭に浮かぶ。
(あの子の名前……なんだっけ)
思い出すその瞬間、現実に戻った。
日が傾く道を、彼女は一人、歩いて帰った。
その夜。
めぐみは神社の土俵に座り込んでいた。練習を終えた後の静けさが、少しだけ苦しかった。
「……断られちゃったね」
水々葉が隣に座り、そっと声をかける。
「うん。でも……なんか、ちゃんと考えて来てくれたんだと思う」
「めぐみ、立ち直り早っ」
「いや、実はショックで腰抜けてる」
「ふふ、だよね」
夏菜と優衣も集まってきた。
「でも、別に無理に誘わなくてもいいんじゃない? 私たちで、勝てばいいんでしょ」
「……そうかも。でも、あの子……本当は、やってみたそうだった気がする」
「じゃあ、次は……?」
「また、声かけてみるよ。何度でも」
数日後の月曜日。
委員会で遅くなっためぐみは、急いで鞄を肩にかけ、教室を出ようとした。
そのとき。
廊下の端に、制服姿の美佳が立っていた。
めぐみと目が合う。
一瞬、何かを言いかけたような、美佳の唇が動いた――。