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「どれをとっても美味しかったですね!」
「予約が一年待ちというのもわかる気がする。静かにピアノが流れる店の雰囲気や、ここからの眺めも最高だしな」
橋本が窓の外を眺めたタイミングで、宮本はもじもじする。目の端にその動きを察知したので、思わず声をかけた。もちろん周りと宮本自身に配慮して、声のトーンを落とすのを忘れない。
「どうした、トイレか? 遠慮せずに行けって」
「違いますよ。そんなんじゃないです……」
ちょっとだけ不貞腐れながら、出されたデザートのケーキにフォークを突き刺す。その様子はケーキに当たるような感じに見えたので、なんだかなぁと思いながら話しかけた。
「おいおい、やめてくれよ」
「なにがですか?」
手荒に何度もスポンジにフォークを刺す宮本に、橋本は瞳を細めながら口を開く。
「雅輝が俺の中を、そうやって荒っぽくグサグサしたら、たまったもんじゃねぇなぁと思ったんだ」
「そんなことしません。大事にいたす所存です」
「ホントかよ」
橋本がカラカラ笑うと、宮本は「本当なのに!」とむくれながら呟いた。
「俺のデザートやるからさ」
言いながら、宮本の前にデザートを差し出す。それを不思議そうに眺めたのちに、橋本に視線を飛ばした宮本の顔には、疑惑という二文字が浮かびあがっていた。
「陽さん、なにを企んでるんですか?」
「企んじゃいねぇよ。ただ、めちゃくちゃにしてほしいだけだ」
「なっ!?」
いきなりなされた橋本の要求に、宮本は椅子の上で小さく跳ねた。
「おっと、危ない!」
ちょっとグラついただけなのに、なぜか上半身を屈める宮本を見て、橋本が慌てて声をかける。
「危ないって、おまえのその動きはなんだ?」
「やっ、別になにもありませんよ、本当に!」
「そういやおまえ、料理の中盤から、なーんか動きが怪しかったんだよな。視線が定まっていなかったし、変な作り笑いして俺に合わせていたというか」
橋本がここぞとばかりに追求しかけた瞬間、それまで聞こえていたピアノの音が聞こえなくなった。どうしてだろうとグランドピアノがあった場所を見てみると、そこにはなんとピアノの椅子に榊が腰かけていて、すぐ傍に和臣が立ち竦み、にこやかに談笑していた。
「恭介のヤツ、なにか弾く気だ。和臣くんのために、カッコいいところをみせようって魂胆だな」
橋本が笑いながら説明したら、宮本も遠くにいるふたりに視線を飛ばした。
「キョウスケさん、すごいですね。ピアノも弾けちゃうなんて」
「外資系の証券会社にお勤めの、仕事のできる超イケメンで、なにをやらせても器用にこなす男を、俺は敵に回したくはないな。っていきなり難易度の高そうな子犬のワルツを弾くって、やっぱりすげぇ……」
「二匹の子犬が、仲良くじゃれあっているように聞こえます。楽しそう」
そのまま演奏を続けると思ったのに、変なところで音は鳴りやみ、榊が両手を膝に置いたまま、橋本たちを見る。それにつられるように、和臣も自分たちを見て、なぜかピースサインを送った。
「陽さん、俺たちを見てますよね?」
「そうだな。これから、なにかあるのかも……」
視線をピアノに戻した榊は、深いため息をついてから細長い指で力強く鍵盤をたたく。高音から低音にメロディが流れるその前奏は、アレンジされたものだとすぐに気がついた。
「これって、恋人はサンタクロースって歌ですよね。なんか原曲よりも、すごい迫力がある感じ……」
「なんつーか、雅輝の運転に似てる気がする」
「へっ? 俺の運転ですか? こんなに激しくないですって」
「おまえはそう思っていないだろうが、隣で乗った俺の印象がそのまんま、演奏でうまく表現されてる。恭介は乗っていないのにこんな表現ができるということは、和臣くんから聞いた感じを、ああやって音楽で表しているんだな」
一音一音が弾んでいるだけじゃなく、軽快でリズミカルな雰囲気は、宮本がコーナーを駆け抜けるときに見せる表情みたいだと、橋本はつけ加えた。
「あのね、陽さんっ」
「なんだ?」
曲がちょうど、サビの部分に突入したときだった。それを耳にしながら、宮本の顔を見る。
(恭介のチョイスした曲が『恋人はサンタクロース』だからか、雅輝がサンタクロースに見えなくもない)
「これ、受け取ってください」
宮本は橋本のデザートが置いてあった場所に、濃紺のビロードの箱をそっと置いた。見るからに宝飾品が入ってますというそれと、宮本の顔を交互に眺める。
「安心してください、指輪じゃないんで」
橋本が問いかけようとした矢先に、たたみかける感じで告げた宮本の顔は、耳まで真っ赤になっていた。
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