テラーノベル
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「ぺ神、急患!」
勢いよく開かれる医務室の扉。
オスマンの肩にはぐったりと項垂れた様子のメイド。
いやまあメイドじゃなくてローズの変装なのは、さっきのトントンの報告から知ってるけど。
「そこのベッドに寝かせて。状況はさっき聞いた。毒に心当たりはある?」
顔色は悪いながらも意識を保っているし、なんなら雰囲気はいつもの調子と変わらないローズを横目に、彼に問いかける。
「……ない。見た目も香りもおかしな所は無かったし、銀にも反応せんかった。
正直、なんでコイツが毒入ってるって分かったのかも知らん。」
毒が分からないのは困った。
解毒薬も出せないし、対処法も適切なのが出来ない。
とりあえず症状は見る限り腹痛と吐血、触った感じ頻脈もかな。
吐き気もそれなりにあるっぽいし、症状だけなら思い当たる毒は幾つかあるんだけど______
「ヒ素、です」
症状が酷くなっているのか、さっきよりも苦しそうな様子で絞り出されたその答え。
ハッとして、急いで用意していた胃洗浄のセットを始める。
「は?ヒ素なら銀に反応するやろ?」
「いや、銀に反応するのはヒ素じゃなくて硫黄。今までのヒ素はほとんどが硫黄が混じった化合物で……
オスマン、最近△△国の同盟国の精製技術が上がってるのは知っとるやろ?」
「 なるほどな。
ヒ素から硫黄を取り除けるようになった、てことか。だから摂取せんと分からん猛毒が生まれて、俺はそれを使わされそうになった……はぁ。」
「ま、そういうこと。ここからは俺だけで大丈夫だから報告お願い。」
オスマンは、ローズが気付けたことに自分も気付かなかったのが悔しいのか、苦い顔をしながらも出ていく。
さて、と。
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「全く、なんでこんな危険なことするかなぁ。」
呆れたように俺を見下ろすのは、この軍一番の腕を持つ医者、しんぺい神。
「お前が強いのは知ってるけど、ヒ素なんて蓄積するような毒摂取すんな。」
文句を言いながらもその動きは的確で、瞬く間に俺の口にチューブが突っ込まれる。
おい、なんか雑じゃね???
ちょ、くるし、痛いんですけど!?
「いっつも検診すっぽかす腹いせ。俺の仕事はここの人間の健康管理なの分かってる?」
治療されていてまともに動かせない身体で睨めば、倍以上の圧で返ってくるぺ神の視線。
うーん、相当お怒りの様子。
日頃の鬱憤が溜まってますねこれは。
いやでも仕方なくね?
隅々まで調べられると流石に女装がバレるから困るんだよ。
「仕方ないとか無い。
次来なかったら、男ってバラすから。」
さらっと心の中読むな、
って、ぇ?
「あは、すげぇ顔。バレてないと思った?」
いやいやいや、え?
なんで、なんでバレた?
「いくら服とか歩き方誤魔化してもさ、流石に体格は無理でしょ。
お前の治療したのだって初めてじゃないんだから、そりゃ触る内に気付くよね。」
さぁっと血の気が引いていく感覚がした。
身体の中の異物感とか、痛みとか、そんなのが気にならないぐらいの恐怖。
……報告は?
どこまで、誰までバレてる?
もしかしたら全員?
俺の努力は無駄?
このループも失敗?
なんで、 もうむりいやだやめたいなんかいもくりかえせるほしょうなんてないのにいやだこわいまたやりなおしどうせむりいつになったらすくえるむりだおれにはやだどうしてなんでみんなをまもらなきゃむりだおわりにしたいもうやめたいなんでおれだけいやだこわいしにたい
「…ズ、ローズ!
安心して、まだ誰にも言ってない。」
良くない思考の波に飲まれた俺の脳がざぶん、と引き揚げられる。
まだぺ神以外にはバレてない。
大丈夫、大丈夫。
そう自分に言い聞かせる。
まあ本当かは分からないし、他に同じように気づいた奴もいてもおかしくはないけど。
でも、とりあえずは大丈夫。
そうやって心を落ち着かせて、少し冷静になると、なんで彼が味方してくれたのかが気になった。
その視線が伝わったのか、少し首を傾げたのちに彼がまた返答してくれる。
「…?ああ、なんでかって?
確かにお前は戸籍もあやふやで怪しいし性格もゴミで軍の奴ら全員から嫌われてるけど」
おい。
「……けど、誰よりも命を救ってる。
俺が救えるのは医務室に、救護所に来た人間だけだ。そこに運び込まれるまでに息絶えた者たちには何もしてやれない。
でもそんな救える命を持ってきてくれるのは、いつだってお前だった。
お前が、俺の手の届かない所にあった命を俺の元まで運んできてくれた。
ま、そういうことだから。お前がいなくなったら困るんだよね。」
柄にもなく真剣なトーンで、でも最後はやっぱりいつもの調子で。
何年振りだったっけ。人からこんな風にしてもらったのって。
ふと、1回目の最後に見えたその雑面の下が頭に過ぎった。
視界が滲むのは、きっと治療の苦しさのせいなので。
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