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昔からなじみの会員制クラブ。
静かで落ち着いているし、プライベートが守られているのが魅力で若い頃にはよく来ていた。
仕事が忙しくなってからは来る暇がなくて月に1度くらいの利用だったが、ここに来ると麗子が喜ぶから最近は頻度が上がっている。
「カクテルのお替わり、頼もうか?」
「うん」
ちょうどグラスが空いたのが見えて自分のと一緒に注文した。
一華の奴が素性をバラすだけバラして帰って行ってから、麗子の様子が少しおかしい。
「どうかした?一華が、何か言ったのか?」
何か、思い詰めたような表情。
こういうときは大抵ろくな事を考えていないんだ。
「いいえ。何でもない」
「じゃあ、何でそんな顔をしているんだ?」
「そんな顔って・・・」
唇を尖らせる麗子。
これは、本当に一華が余計なことを言ったのかもしれないな。
河野副社長の件については、表向き公表してはいないが一華は薄々気づいているし、その分色々と思うところもあるはずだ。
暴走しないといいんだが。
***
「孝太郎は、絵を描くの?」
「え?」
思ってもいないことを聞かれ、間抜けにも口を開けたまま麗子を見た。
「見てみたいわ、孝太郎の描いた絵」
真っ直ぐ真剣に俺を見る麗子の視線が、笑っていない。
「一華に聞いたのか?」
「ええ」
ったくあいつ、余計なことを。
「又いつか、時間があったら描いてやるよ」
「本当?」
「ああ」
子供みたいに喜ぶ麗子が、とてもかわいい。
「そんなに描いて欲しければ、嫁に来るか?そうすればすぐにでも描くぞ」
「いや、それは、ちょっと・・・」
ゴモゴモと口ごもる。
麗子が側にいてくれれば、1度は諦めたキャンバスに向かう勇気が出るかもしれない。
「さすがに嫁は無理だけれど、今夜一緒に過ごすことはできるわよ。家に来る?」
少し顔を赤らめて、麗子が誘ってくれた。
今夜うちにって事は、そう言う誘いって事だよな。
なんだか俺まで照れてしまう。
「いいけど、ホテルを取ろうか。さすがにシングルベッドでは狭いから」
「ああ・・・うん」
耳まで真っ赤になりながら、麗子も頷いた。
***
「もう、こんないい部屋でなくても」
ブツブツ言う麗子を無視して、スイートルームをとった。
「もったいないと思うなら、結婚しよう。そうすれば家でできる」
「できるって・・・ストレートすぎ」
文句を言いながらも、抵抗する様子のない麗子。
俺は唇を重ねながら、優しく貪欲に愛し続けた。
こんな美人のくせに今まで男を知らなかったのが、どうしても信じられない。
でも、もう俺だけの麗子だ。
誰にも渡さない。
一生かけて幸せにする。
そのためには、麗子をその気にさせるしかないんだが・・・
「なあ、仕事は忙しいし、麗子にも会いたいし、今の俺は絵を描く時間はないぞ」
絵を描いてほしいと言ってきた麗子に、交換条件のように迫ってみた。
「そうね。でも、結婚は無理よ」
「どうしてだよ?」
こんなに相性がいいじゃないか。と、よっぽど口に出してやろうかと思ったけれど、麗子が怒りそうでやめた。
「お母様が反対してるじゃない」
「そんなの、放っておけ」
どんなことをしたって、母さんは賛成なんてしない。
「それでも、時間をかけてきちんと説得したいの」
「いつまで待つ気だよ」
その間俺は仕事に追われながら麗子を追いかける訳か?
ハアー、考えただけで気が滅入る。
「大体さあ、お前は俺といたくはないの?」
「そりゃあ、一緒にいたいわよ」
「じゃあ」
素直に結婚すればいいじゃないか。
「でも、ちゃんとみんなに祝福されたいの」
「そんな・・・」
平行線を脱しない会話に辟易して、俺はベッドに寝転んだ。
***
はかどらない仕事も、麗子との時間を作るための労力も俺としては限界なんだがな。
「ねえ、孝太郎」
「何だよ」
つい不機嫌な声になった。
「来週から、また出勤したいんだけれど・・・いいかしら?」
「はああ?」
体を起こし、麗子の上から見下ろす体勢。
「今、なんて言った?」
「鈴森商事に戻ろうかと思うの」
「それ、本気か?」
あれだけ頼んでも戻るって言わなかったくせに、どうしていきなり。
「結婚はまだ無理だけれど、私も孝太郎の側にいたいし、少しでもあなたの助けになりたいの。だから、徹に相談したのよ。そうしたら、休職扱いになっているから、戻れるって。でも孝太郎がイヤなら、他の人の秘書でも、他の部署でもかまわないから」
少しでも俺の役に立ちたいんだと麗子は力説した。
「ふざけるな。誰が他の奴なんかに付けるか。お前は俺の。誰にもやらない」
クスッ。
子供みたいに声を上げた俺を麗子が笑っている。
「お前、笑ったな」
仕返しとばかり、俺は麗子の胸元に唇を落とした。
「笑った罰だからな、今夜は覚悟しておけ」
今日は遠慮しない。
たとえ明日起きられなくても、俺は知らない。
煽ったお前のせいだからな。
***
執拗に、でも大切に、
俺は麗子を求め続けた。
その温もりも、鼓動も、
すべては俺の一部のように溶け合っていった。
息を切らし、肩をふるわせながら、
それでも根を上げず必死に俺に応えようとする、
意固地な麗子が、
俺は愛しくてたまらない。
週明けから、麗子は俺の秘書に戻りまた一緒に仕事ができることになった。
まだしばらくは母さんがやかましく言うだろうが、焦らずゆっくりと関係を築いていくしかないだろう。
これまでに麗子が体験した、
悲しみも、痛みも、
俺が抱えている、
トラウマも、
2人でいれば、きっと乗り越えられる。
俺たちは、運命の相手に出会ったんだ。
だから、
これからも一緒に歩んでいこう。