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りおん@🫠
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俺は、小さい頃から演技が大好きだった
カメラの前に立って、役になりきって、誰かの人生を生きる。自分とは違う誰かになれることが、何よりも楽しかった
俺が演技をすると、泣いていた母さんも笑ってくれた
俺が演技をすると、周りの大人たちは目を輝かせて、「可愛いね」「すごいね」って、たくさん褒めてくれた
その言葉を聞くたびに、胸の奥がぽかぽかした。 もっと上手になりたい
もっといろんな役を演じたい
もっとみんなに喜んでほしい。
そう思っていた
……なのに
いつからだろう? 俺の名前を呼んでくれる人が、少しずつ減っていった
出演する作品も減って、雑誌に載る回数も減って、以前なら当たり前のように向けられていた笑顔も、いつの間にか見慣れないものになっていた
なんで?
俺、何か悪いことした?
前はあんなに褒めてくれたのに
あんなに可愛いって、すごいって言ってくれたのに
どうして、急に…
子供だった俺には、何が起きているのか分からなかった
ただ、周りの大人たちの態度が変わっていくことだけは分かった
俺を見る目が、少しずつ冷たくなっていくことも
そして、母さんも
以前は俺の演技を見て笑ってくれていた母さんの表情が、段々と暗くなっていった
仕事から帰ってきても、俺の顔を見て笑ってくれない。俺が今日の撮影の話をしても、以前みたいに楽しそうに聞いてくれない
何かを言いたくても、言えなかった
だって、母さんを笑顔にしたかったから
俺が演技をすれば、母さんは笑ってくれた
だから、もっと頑張ればいいと思った
もっと上手くなれば、もっと可愛く映れば、もっと、もっと
そうすれば、きっとまた、前みたいに笑ってくれる。 そう信じてた
けれど、頑張れば頑張るほど、胸の中には得体の知れない不安が膨らんでいった
カメラの前に立つのが怖くなっ。
次は褒めてもらえるだろうか
次こそ、みんなに必要としてもらえるだろうか
そんなことばかり考えて、以前はあんなに大好きだった演技が、いつの間にか俺を苦しめるものになっていた
……もう、無理だ
これ以上、ステージに立つのが怖かった
また誰にも見てもらえなかったら? また、誰にも必要とされなかったら? そんな思いを抱えたまま、俺は芸能界を降りた
大好きだったはずの場所から、自分で逃げ出した
降りたら、楽になれると思っていた
もう誰かに評価されなくていい
もう、笑顔を求められなくていい
もう、期待に応えられない自分を嫌いにならなくていい
そう思っていたのに
現実は、そんなに優しくなかった
ネットを開けば、俺の名前と一緒に、心ない言葉が並んでいた 確か、こんなことを言われていたっけ…
『どん底に落ちたもの!』
……ああ、そうだった
俺は、落ちたんだ
みんなが褒めてくれた場所から、自分の居場所を失って、何も持っていない人間になったんだ
そんなふうに、知らない誰かに決めつけられていた。 俺がどんな気持ちで辞めたのかなんて、誰も知らないくせに
どれだけ怖かったのかも、どれだけ頑張っていたのかも、誰も知らないくせに
それなのに、みんな好き勝手に言った
学校にも、普通には通えなくなった
放課後に通うようになったのは、芸能活動のせいだけじゃない
昼間の学校で、周りの視線を気にせずに過ごすことが、俺には難しかったからだ
普通の子みたいに授業を受けて、友達と笑って、放課後に寄り道をする
そんな当たり前のことが、俺には少し遠かった。 それでも、いつか慣れると思っていた
芸能界を辞めたんだから、もう大丈夫だって
けれど、最後には母さんにも見放された
俺が大好きだった母さん
俺が演技をすると笑ってくれた母さん
俺が褒められると、嬉しそうにしてくれた母さん
あの笑顔は、どこへ行ってしまったんだろう
俺自身を見てくれていたのか、それとも、褒められる俺が好きだっただけなのか
今となっては、もう分からない
ただひとつ確かなのは、俺が芸能界を降りたとき、母さんは以前のようには笑ってくれなくなったということだった
だから、俺は決めた
もう、誰かの期待に自分の価値を委ねるのはやめよう
誰かに褒められなくたって、俺は俺だ
そう思えるようになるまで、時間はかかったけれど… そして、俺はもう一度、芸能界に戻った 戻ると決めたとき、怖くなかったわけじゃない
また同じことが起きるかもしれない
もう一度、あの場所で傷つくかもしれない
それでも、俺は演技が好きだった… 怖くても、嫌いにはなれなかった
だから、戻った。 すると、どうだろう
みんな、口を揃えて言った
「待ってたよ!」
「また戻ってきてくれて嬉しい!」
「やっぱり、なつくんの演技が大好き!」
……待ってた? 俺を?
あれだけ好き勝手に言っていたくせに! 俺が辞めたとき、面白がっていたくせに! 俺がどん底に落ちたなんて、笑っていたくせにッ’’!!!!
今度は、待っていた…? まるで何事もなかったかのように、みんなが俺を歓迎した
以前と同じように笑いかけて、以前と同じように褒めて、以前と同じように、俺に期待した
その手のひらの返し方が、あまりにも鮮やかで
正直、気持ち悪かった
俺の何を知っているんだろう。 俺が何を考えて、何に傷ついて、何を諦めかけたのか
そんなこと、少しも知らないくせに。
それなのに、俺が戻ってきた途端、まるで自分たちがずっと味方だったみたいな顔をする
…ふざけんなよ
求められる言葉を返して、求められる笑顔を浮かべて、求められる演技をする
それができれば、みんなは満足する。 俺が本当は何を思っているかなんて、どうでもいいんだ
だから、笑った
「ただいま」
そう言って、またカメラの前に立った
大好きだった演技を、もう一度始めた
今度こそ、誰にも俺の心を握らせないように
誰かの言葉ひとつで、俺自身の価値を見失わないように
そうやって、俺は少しずつ、昔の自分を取り戻していった
……いや
本当に、取り戻せていたんだろうか
今でも、褒められると嬉しい
演技を認められると、胸が弾む
でも同時に、心のどこかで考えてしまう
この人は、本当に俺を見ているんだろうか
俺が失敗したら、離れていくんじゃないか 俺が期待に応えられなくなったら、また、いらない人間になるんじゃないか
そんな考えが、ずっと消えなかった
誰かに必要とされたい
でも、必要とされるのが怖い
褒めてほしい
でも、その言葉を信じるのが怖い。
……矛盾してるよな
自分でも、そう思う
それでも、どうしようもなかった そんな俺が、今… 叢雲入間という人間と、同じ作品に出演している。 俺の演技を見て、すごかったと褒めてくれる人
俺がどんな役を演じているのか、真剣に考えてくれる人。 そして、俺自身の言葉を、ちゃんと聞いてくれる人
…いるまは、俺が芸能界を辞めていた頃のことを、どこまで知っているんだろう
俺が逃げたって知ったら、どう思うんだろう
それでも、俺を好きだと言ってくれるんだろうか。 そんなことを考えてしまう自分が、少し嫌だった
だって、あいつはもう、十分すぎるほど俺に伝えてくれているのに
俺は、まだ怖がっている
また誰かに見放されることを… また、好きだと言ってくれた人がいなくなることを
……でも
次の撮影で、いるまが100点を取ったら。
あいつと、付き合う
そう約束した
あいつは本気だった
俺が恥ずかしくなるくらい真っ直ぐに、俺のことが好きだと言ってくれた
だから、信じてみたいと思った
誰かの言葉を、 誰かの気持ちを…
それから、俺自身が誰かを好きだと思う、その気持ちを
……いるま
お前が俺を好きだと言ってくれることを、いつか、怖がらずに喜べるようになりたい。 そうしたら、俺もちゃんと伝えるから
お前のことが、好きだって
そして今、俺はいるまの部屋の前にいる
どうしてこうなったかというと、理由は至って単純だった
いるまに、誘われたから
「…今度、俺の家こない?⸝⸝」
あいつは、そんなことを気恥ずかしそうに言った
いつもは余裕そうな顔をして、俺をからかってくるくせに。いざ自分から誘うとなると、少しだけ頬を赤くして、目を逸らして
そんな顔されたら、こっちまで恥ずかしくなるだろ
「っ、… ⸝⸝」
思い出しただけで顔が熱くなってきた
いや、落ち着け俺
別に、いるまの家に遊びに来ただけだ
そう、ただ遊びに来ただけ
何も変なことなんてない
普通に友達の家に遊びに来ただけなんだから
……友達
そう言い聞かせると、なぜか余計に心臓がうるさくなった。 俺は目の前のインターホンを見つめた。 指先が、ほんの少し震えている
(いやいやいや、何を緊張してるんだよ笑⸝⸝
インターホンを鳴らすだけだろッ!⸝⸝ボタンを押して、いるまが出てきたら挨拶して、部屋に入る!それだけ、 それだけだからッ!⸝⸝)
ただ、それだけなのに
「……っ」
指先を伸ばし、意を決してボタンを押した
ぴんぽーん
「はーい!」
中から聞こえてきた、いつものいるまの声
その声を聞いた途端、妙に安心した…はずだったのに
ガチャ、とドアが開いた瞬間、俺はまた固まった
「!、⸝⸝」
「ん、いらっしゃい」
そこに立っていたいるまは、いつもと少し違っていた。 いや、別に服装が特別変わっているわけじゃない。いつもどおりの、気取らない格好だった
ただ
「……っ」
眼鏡… 眼鏡をかけてる
(え、待って… 眼鏡?)
「……」
(初めて見た⸝⸝)
普段のいるまは、撮影現場でも取材でも、基本的にきちんと身なりを整えている
だから、こんなふうに自宅で眼鏡をかけている姿を見るのは初めてだった
なんだろう? いつもより少しだけ柔らかい雰囲気で、なんだか、いつもより近くに感じる
…いや、近くに感じるってなんだよ
そもそも、こいつの家に来た時点で、十分近いだろ
「…… ⸝⸝」
「なつ?」
「っ、あ、な、なに!?⸝⸝」
「いや、固まってるから…入んないの?」
「は、入るっ!⸝⸝」
俺は慌てて頷いた。 いるまはくすっと笑うと、ドアを大きく開けてくれた
「ん、あがって」
「う、うんっ⸝⸝」
靴を脱いで、そっと室内へ足を踏み入れる。
……やばい
緊張する
人の家に遊びに来ること自体、別に初めてじゃない。けれど、いるまの家となると話は別だった。 だって、ここはいるまが普段生活している場所だ
仕事が終わって帰ってきて、ひとりで過ごして、眠って、朝になったらまた仕事へ行く
俺の知らないいるまの日常が、ここにはある
そう思ったら、なんだか不思議な気持ちになった。 玄関に上がった俺が最初に目にしたものは
「……えぁ」
飾られた、チェキだった
しかも そこには、俺のサインが書かれていた
一瞬、頭が真っ白になる
(俺の…サイン?)
いや、確かに見覚えがある。昔のイベントで書いたものかもしれないし、どこかの特典だったかもしれない。けれど、まさか、いるまの家の玄関に飾られているなんて思わなかった
「……」
思わず立ち止まってしまったけれど、いつまでも驚いているわけにもいかない。
俺は何事もなかったような顔を装って、もう少し奥へ進んだ。
……うん。
落ち着け。
チェキが飾ってあったくらいで、いちいち驚くな。いるまは俳優仲間だし、俺のことを応援してくれているんだから、別におかしくはない
そう、自分に言い聞かせながらリビングへ向かった。そこそこ売れている俳優なら、仕事の収入によってはそれなりに広いマンションに住める。俺だって、ある程度の広さの部屋には住んでいるし、別に高級マンションを見たことがないわけじゃない
それでも、いるまの部屋は広かった
ゆったりとしたリビングに、大きなテレビ
整えられた家具に、生活感のある小物
全体的にすっきりしているのに、どこか居心地のよさそうな空間だった
けれど
「…………っ!?」
今度こそ、俺は完全に固まった
テレビの近くの棚、 壁際のスペース、 飾り棚の上。 そこに、見覚えのあるものが、たくさん並んでいた
俺のグッズ… 俺の、グッズが
「…………」
いや、待って… 待って待って待って
なんで? どうして?
アクリルスタンドに、写真に、雑誌の切り抜き。過去に出演した作品のグッズまである
中には、今ではなかなか手に入らないものも混ざっている気がした
…え、ちょっと待って
これ、全部? 全部、俺の?
思わず本人を振り返ると、いるまは少し気まずそうに頬を掻いた
「あー、ごめん…全部しまえなくてさ、…」
「……」
全部しまえない程沢山あるってことッ!?⸝⸝なにそれ、俺の事だいすきすきじゃん!なんなの!本当になんなのこいつ!⸝⸝
「…なつ?」
「あっ、そ、そう…⸝⸝」
(俺のオタクっての、本当なんだ⸝⸝)
いや、知ってた
知ってたはずなんだ
いるまが俺のファンだということは、本人の口から何度も聞いている
昔の俺のチェキを持っていたことも知っているし、俺が出演した作品について語り出すと、止まらなくなることだって知っている
それでも、実際に目の当たりにすると、話が違った
だって、これ…
俺が思っていたより、ずっと…
(なんなの、ほんと⸝⸝)
俺はソファに座って、いるまに出されたジュースを飲んでいた
甘くて美味しい。冷たいグラスを両手で包みながら、俺はちらりと隣に座るいるまを見た
眼鏡をかけたいるまは、いつもより少しだけ幼く見える。仕事中の余裕そうな顔とは違って、家で過ごすこいつはなんだか柔らかくて、変に意識してしまう
「… ⸝⸝」
「なつ…次の撮影で、俺が100点取れなかったら…もう俺がお前に恋してたこと忘れて」
「……え?」
思わず、手が止まった。
今、なんて言った?
聞き間違いかと思って、隣に座るいるまの顔を見つめた。いるまは俺を見ていなかった。膝の上で指を組んで、困ったように笑っている。
「好きだって告白も、全部…忘れてほしい」
「なんで、、ッ?」
気づけば、声が出ていた。 だって、意味が分からない。 どうして、そんなことを言うんだよ
いるまは少しだけ視線を落としたあと、いつもの調子を装うように笑った。
「だって、お前だって気まづいだろ?元カノに合うようなもんでしょ笑 だから全部忘れて? 俺が、お前に…何したのか全部」
俺たちは、付き合ってなんかいない。
告白されたことはある。好きだと言われたことも、何度もある。俺だって、いるまのことを意識している。次の撮影で100点を取れたら付き合うと、そう約束した。
それなのに、こいつは。
まるで、もう終わったことみたいに話す。
まるで、自分が俺の前からいなくなることを、最初から決めていたみたいに。
「……」
手の中のグラスが、やけに冷たかった。
さっきまで美味しいと思っていたジュースの甘さも、もうよく分からない。
……なんで?
なんで、そんな簡単に忘れてほしいなんて言えるんだよ
お前、俺のこと好きなんじゃなかったの?
あんなに真っ直ぐに好きだって言ってくれたくせに。俺のことが好きだからって、何度も照れながら伝えてくれたくせに
俺が100点をつけなかったら、全部なかったことにするの?
俺がお前の気持ちに応えなかったら、お前は俺を手放すの?
お前も、俺の前からいなくなるの?
胸の奥が、じわじわと痛くなった
嫌だった
そんなふうに、俺の気持ちも聞かずに決めないでほしかった。 俺がどう思っているかなんて、考えてもくれないのか
……いや、違う
いるまは、俺のことを考えているんだろう
俺が困らないように
俺が気まずい思いをしないように
自分がいなくなれば、俺は今までどおりに戻れると、そう思っているのかもしれない
俺は、そんなことを望んでいない。
お前が勝手に俺のためだと思って、勝手に諦めないでほしい。
……なんで、俺の気持ちを聞いてくれないんだよ。
「……いるま」
呼びかけると、いるまがゆっくりと顔を上げた。
「ん?」
いつもと同じ声だった。
いつもと同じ、優しい顔だった。
だからこそ、苦しかった。
こいつは本当に、俺のことを忘れようとしているんだろうか。
あんなに好きだと言ってくれた気持ちを、自分から捨てようとしているんだろうか。
「……それ、本気で言ってる?」
自分でも驚くくらい、小さな声になった。
いるまは一瞬だけ黙って、それから笑った。
「……うん。お前がそのほうが楽なら」
……ああ。
そっか。
お前も、そうなんだ。
好きだ好きだって言ってくれても、結局は俺が応えなかったら終わりなんだ。
俺が期待に応えられなかったら、俺が必要とされなくなったら、全部なくなってしまう。
俺が昔、芸能界で何度も味わったものと、何が違うんだろう。
褒められていたときは、みんな俺を見てくれた。
人気がなくなったら、少しずつ離れていった
俺が戻ってきたら、また笑顔で迎えてくれる
そのたびに、俺は考えた。
この人たちは、本当に俺のことが好きなのかな? それとも、みんなに褒められている俺が好きなだけなのかな
……いるまも、そうなの?
俺が100点をつけなかったら
俺がお前の望む答えを出せなかったら… お前は、自分の気持ちをなかったことにするの?
「……っ」
喉が詰まった。 何か言わなきゃいけないのに、言葉が出てこない
怒りたいのか、悲しいのか、自分でもよく分からなかった。
ただ、怖かった
また、いなくなるんじゃないかと思った
俺のことを好きだと言ってくれた人が、俺の前からいなくなる
俺が何かを間違えたら、俺が期待に応えられなかったら、そうやって簡単に離れていく
(……そんなの、もう嫌だ)
胸の奥で、何かがぷつりと切れた気がした。
ずっと、怖かった
誰かに好きだと言われることも、その言葉を信じることも。俺が少しでも期待に応えられなくなったら、きっとみんな離れていく
俺自身じゃなくて、みんなが求める俺だけを見ているんじゃないかって
そんなことばかり考えていた
でも、いるまは違うと思いたかった
こいつだけは、俺のことをちゃんと見てくれているんじゃないかって
俺がどんな人間でも、俺自身を好きだと言ってくれているんじゃないかって
……信じてみたかったんだ
なのに
「……お前も、あいつらと同じだったんだ」
気づけば、そんな言葉が口からこぼれていた。
「は?」
いるまが目を見開く。
俺だって、こんなことを言いたいわけじゃない。怒鳴りたいわけでもない
せっかく家に招いてくれたのに、楽しく過ごしたかったのに
なのに、一度溢れ出した感情は、もう止まってくれなかった
「理想と違ったらッ突き放すんだ!あんだけ好き好き言っといて!お前も、アイツらも!みんな暇 南月 しかみてない”ッ!俺の言葉をすぐ否定するッ!どんぞこに落ちたものって、…!酷いこと言う!お前も、同じなんだ!あいつらと!」
叫んだ声が、広いリビングに響いた。 自分でも驚くくらい、声が震えていた
苦しかった、 悔しかった、 何より、悲しかった
ずっと心の奥に押し込めてきたものが、次から次へと溢れてくる
あの頃、画面越しに見た言葉。知らない誰かに勝手に決めつけられた自分の価値
俺が芸能界を離れた理由なんて知りもしないくせに、好き放題に言われたこと
忘れたつもりだった。
もう気にしていないふりだって、できるようになった。 それなのに、いるまの口から「忘れてほしい」なんて言葉を聞いた途端、全部が蘇ってきた
俺の気持ちを聞く前に、勝手に諦める
俺がどうしたいのかも知らないくせに、俺のためだと決めつける
それって、結局、俺の気持ちなんてどうでもいいってことじゃないのか
「違っ……」
いるまが慌てて口を開いた。 けれど、その言葉さえ、今の俺には届かなかった。
「何が違うんだよッ…」
声が掠れた
「なんで俺が断る前提なの?」
いるまの表情が固まる
「そんなに俺が100点つける未来が見えない?俺の事そんなやつだと思ってんのッ!?」
言い終わった瞬間、喉の奥が痛くなった
…違う
本当は、こんなことを聞きたいんじゃない
俺が100点をつけるかどうか、そんなことが問題なんじゃないんだ
ただ、知りたかった
いるまは、俺がどんな答えを出しても、俺のことを好きでいてくれるんだろうか
もし俺が100点をつけられなかったとしても、次の撮影で失敗してしまったとしても
それでも、俺のことを好きだと言ってくれるんだろうか
俺が期待に応えられない人間だったとしても、そばにいてくれるんだろうか
…それが、怖かった
だから、確かめたかった
でも、俺の口から出てくるのは、責める言葉ばかりだった。 いるまは何かを言おうとして、唇を開いた。それなのに、すぐには言葉が出てこない。 その沈黙が、余計に俺を不安にさせた
「……ほら」
小さく呟く
「何も言えないじゃん…」
本当は、違うと言ってほしかった
そんなつもりじゃなかったと、俺のことをそんなふうに思っていないと、ちゃんと言ってほしかった
なのに、いざ目の前にいるいるまが黙り込むと、今度は自分が怖くなる
(俺、何やってんだろう・ せっかく、俺を家に呼んでくれたのに)
あんなに嬉しそうに誘ってくれたのに。 俺のためにジュースを用意して、俺のグッズを大切に飾って、恥ずかしそうに笑っていたのに
……分かってる。
いるまが俺を好きだってことくらい、分かってるんだ。 だからこそ、信じたかった。 信じたかったのに
「……俺は」
いるまが、ようやく声を出した。
俺は反射的に顔を上げた。
「俺は、そんなつもりじゃ…」
「じゃあ、なんでだよ……!」
また声が大きくなってしまった。
「なんで、俺が忘れたほうがいいって決めんの?なんで、お前が勝手に終わらせようとすんの…?」
最後のほうは、ほとんど声にならなかった
目の奥が熱い。 泣きたくなんてなかった
いるまの前では、格好悪いところなんて見せたくなかった。いつもみたいに、少し生意気に笑って、余裕のあるふりをしていたかった
でも、無理だった
「……俺だって」
唇を噛み締める
「俺だって、分かんないんだよ…」
何が正しいのか。 誰を信じればいいのか。 好きだと言われたとき、どう受け止めればいいのか
俺自身のことを、どうやって好きになればいいのか…… 何も、分からない。
「……お前が俺のこと好きだって言ってくれたの、嬉しかったんだよ」
ぽつりと、言葉が落ちた。 言ってしまった。 恥ずかしくて、今すぐ顔を隠したかった
それでも、止められなかった
「…嬉しかったのに」
声が震える。
「なのに、なんで…そんなこと言うんだよ…」
いるまの顔が、苦しそうに歪んだ。 俺はその表情を見て、ようやく気づいた。
……ああ。
俺、こいつを傷つけてる
分かっていたはずなのに。俺が傷つきたくないばかりに、いるまの気持ちを聞くこともせず、勝手に決めつけて、責めている
俺が一番嫌いだったことを、今、俺自身がしている
それでも、もう引き返せなかった
「……俺のこと、ちゃんと見てよ」
小さく、そう言った。
「暇南月じゃなくて……お前の好きな俳優とか、昔の俺とか、そういうのじゃなくて…」
視界が滲む。
「…今の、俺を見てよ…」
言い終わる頃には、もういるまの顔がよく見えなくなっていた。 好きだと言ってくれたお前に、こんなことを言いたいわけじゃなかった。
ただ、お願いだから
俺が何かを間違えても、期待に応えられなくても、勝手に俺の気持ちを決めつけないでほしい
俺がどんな答えを出すのか、ちゃんと待っていてほしい
……俺は、まだ何も答えていないんだから
「ぐすっ、、」
鼻を啜る音が、自分でもはっきりと聞こえた
泣きたくなんてなかった
こんなところで泣くつもりなんてなかったし、いるまの前で、こんな情けない姿を見せるつもりもなかった
なのに、一度溢れ出した涙は、どうしても止まってくれなかった。
「なつ……?」
いるまの声が聞こえた。 優しい声だった
いつも俺を呼んでくれる、あの声
それなのに今は、その声を聞くだけで胸が苦しくなった
……やめてよ
そんな声で呼ばないで
今、そんなふうに優しくされたら、俺、どうしたらいいか分からなくなるだろ
「……っ」
俺は顔を伏せたまま、ソファから立ち上がった
「なつッ、…!」
いるまが慌てて俺を呼ぶ。 足音が近づいた気がした。でも、振り返れなかった
振り返ってしまったら、きっと何も言えなくなる。こいつの顔を見たら、今まで自分が吐き出した言葉を思い出して、もっと苦しくなる
それに、もし
もし、いるまが俺を引き止めてくれなかったら。 そんなことを考えてしまう自分が、何よりも嫌だった
俺は、そのまま玄関へ向かった
靴を履くのももどかしくて、何度も足を引っかけながら、どうにか外へ出る
背後から、いるまの声が追いかけてきた
「なつ”ッ!待て!」
聞こえていた。
ちゃんと、聞こえていたのに
俺は、ドアを開けた。
そして、そのまま走り出した
たったったっ、と廊下に足音が響く。エレベーターを待つ余裕なんてなくて、階段へ向かい、手すりを掴みながら駆け下りた
息が苦しい
目が滲んで、前がよく見えない
それでも、走った
走って、走って
いるまの声が聞こえなくなるまで
あいつの部屋から、少しでも遠くなるまで
……まただ
また、俺は逃げ出した
せっかく、信じてみようと思ったのに
せっかく、誰かの気持ちを受け入れてみたいと思ったのに
結局、怖くなったら逃げるんだ
自分の気持ちを伝えることも、相手の気持ちを聞くこともできないまま、何もかも放り出して
俺は、昔から何も変わっていない
芸能界を辞めたときも、そうだった
怖くなって、耐えられなくなって、自分の居場所から逃げ出した
あの頃は、もう二度と逃げないと思っていた。
大好きだった演技に、もう一度向き合うと決めたとき。今度こそ、自分の足で立ってみせると、そう思ったはずだった
もし、あいつの気持ちを本物だと思ってしまったら。 それを失ったとき、俺はきっと、また立ち上がれなくなる
そう思ったら、どうしても怖くなった
だから、先に逃げた
傷つく前に、 置いていかれる前に
自分から、全部壊してしまった
「……っ、ぐす……」
人目も気にせず、俺は走り続けた
もう、どこへ向かっているのかも分からない
ただ、あの場所に戻れなかった
いるまの顔を、見られなかった
俺は、弱虫だ。
誰かに好きだと言ってほしいくせに、その言葉を信じる勇気もない
そばにいてほしいくせに、いなくなるのが怖くて、自分から遠ざかる
本当は、引き止めてほしかったのかもしれない。 本当は、違うって言ってほしかったのかもしれない
でも、そんなことを願う資格なんて、俺にはない気がした
だって、俺はあいつに、ひどいことを言った。 あいつの気持ちを疑って、あいつを傷つけた。 それなのに、自分だけ傷ついたみたいな顔をして、逃げ出した
……最低だ
立ち止まったときには、息が上がっていた。 俺は壁に手をつき、俯いたまま、何度も呼吸を繰り返した
頬を伝う涙を拭っても、すぐにまた溢れてくる
「……っ、ばか……」
誰に向けた言葉なのか、自分でも分からなかった
いるまに対してなのか… こんなふうにしか振る舞えない自分に対してなのか
それとも、誰かを信じることを、いつまでも怖がっている自分に対してなのか
……きっと、全部だ。 俺はまた、逃げ出した
昔と何も変わらない、弱虫のままだった