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「太宰さん、早く行きましょう!」
少年がそう呼びかける。燦々と照りつける太陽の陽をキラキラと散りばめる白髪がふわりと舞う。仕事に遅れちゃいますよ、とにっこりと笑う姿に太宰と呼ばれた青年も思わず笑みをこぼす。
「嗚呼、そうだね。それにしても随分と夏らしくなってきたと思わないかい?敦くん」
そう問いかけられた少年ーーー中島敦は数歩先に進めていた足を止め、
「そう言われると確かに暑くなってきましたね。まだ大丈夫だと思っていましたけどそろそろ依頼人の方を伺う時に涼しげなものを持っていった方がよいのでしょうか…?」
水羊羹もいいな…と本格的に悩み始めた敦に太宰は苦笑しながら
「まあまあ、それはまた次の機会にでも考えようじゃないか。私はすぐに仕事を終わらせて探偵社で涼みたいのだよ。敦くんも熱中症で倒れるのは嫌だろう?」
と言外に早く行こうと促す太宰に、この素直な少年は少し慌てながら
「そうですね!帰ったらナオミさんにお茶でも淹れてもらいましょう!」
と言って歩き出した。改めて見ると存外頼もしい後ろ姿をしている敦にかすかに満足気に目を細め、太宰も遅れて歩き出す。まだ昔の街並みを残すこの横浜は今日もたくさんの人々で賑わっている。ふいに、らら、らり、るら、と。少し低く穏やかな鼻歌が聞こえた。くすりと笑うと太宰は敦に並び、話しかけた。
「敦くんは機嫌がいい時その歌をよく歌っているよね。私が自殺用に作ったその歌がそんなにお気に召したのかい?」
敦は一瞬きょとんとした後、気に入っちゃいまして、と照れ臭そうに微笑んだ。
「なんだか元気が出てくるんです。励ましてもらっているような気がして。太宰さんが作った歌だからですかねぇ。」
穏やかに微笑みながら爆弾を投下した彼に探偵社の皆に聞かれたら私にはどんな仕打ちが待っているのだろうか、と太宰は遠い目をした。
「ああそう、元気が出るといえばこの前の任務後に太宰さんに教わった、明けない夜はないっていう言葉も凄くいい言葉だと思うんです!辛い時はこの言葉を思い出してます。」
さらに追い討ちをかける彼に太宰は心の中で嬉しく思うと同時に今日は解体コースか…と嘆くのであった。しかし満更でもなさそうな太宰に敦はくすりと笑うと
「早くお仕事終わらせましょうか!」
と今度は元気よく太宰を促す。その言葉に太宰ははっとして考え事を頭の片隅に追いやり、そうだね、と微笑み返すと2人は歩き出した。青々と茂る街路樹の下を歩きながら太宰は吸い込まれそうな程に透き通った空を見上げる。嗚呼、今日も退屈で幸せな日常が始まるのだな、と思いながら。
そう、