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カピリスの丘から降り、敵を見渡す。
身体中に矢が刺さっても、行軍に支障はないらしい。
虫に脳を食われた村人や冒険者、聖堂騎士団や正規軍が、地平線を埋め尽くしている。
オレの魔眼対策だろう、全員目が潰されていた。
フン、少なく見積もって、2000人以上か。
対するこちらの戦力は後方支援を除けば200人ほど。
数で見れば、10倍以上の戦力差だな。
「どうした、アーカード。びびったか?」
「ぬかせ」
イリスの軽口をオレは笑う。
皇帝は民を徴兵すれば1万まで兵を出せる言っていたか。
アレには笑ったな。押し殺すこともできなかった。
この戦争、手持ちが1万人では勝ちようがない。
200人が限界だ。
思えば、あれは試されていたのだろう。
「行くぞ!! 奴隷ども!!」
「はいっ! ハガネ様!!」
奴隷頭ハガネの叫びと共に、奴隷兵達が走り出した。
三角形、鏃(ヤジリ)型の陣形を維持したまま、虫人の群れに突貫していく。
「今です!!」
バルメロイの号令と共に、虫人の魔法使い達が杖を掲げた。
【炎槍よ、穿て《ファイアランス・ショット》。】
【大気よ、弾け飛べ《エア・ブラスト》。】
【聖光よ。闇を焼き払え《ホーリーレイ》】
【燃えさかれ、爆ぜろ《エクスフレイム・エクスプロージョン》】
炎槍が、真空波が、極光が、爆裂が、怒濤となって奴隷達に押し寄せる。
帝国周辺に存在するあらゆる力が結集しているのだ。単純火力で勝ち目はない。
単純な火力では。
ハガネと奴隷たちに向けて放たれた魔法群が、直撃寸前で弾け飛ぶ。
「何!?」
聖堂教会の神性魔道障壁だ。
聖堂騎士団の団長を殺され、副団長を陵辱された教徒たちが、怒り狂わないわけがない。
聖堂教会で祈りを捧げる信徒たち。
ひとつひとつの力は小さくとも、それを束ね、護りとする。弱き者の力だ。
リズの思い出話ひとつで、快く協力してくれたよ。
200人程度なら守れるそうだ。
動揺するバルメロイをよそに奴隷兵たちが距離を詰め、オレとイリスもその後に続いていく。
だが、この障壁も長くは保つまい。
なぜなら。
『おのれ。おのれ、おのれ、おのれ!!』
『信徒でありながら、私に刃向かうのですね!!』
女神ピトスの激高する声が響く。
ああ、そうだろう。そうなるだろうな。
『死ね、自壊せよ《アポトーシス》』
女神が即死魔法を唱え、身体を覆っていた護りに力が消え失せた。
オレたちを護っていた信徒が灰に変えられたのだろう。
この距離でも届くのか、神と言うより化物だな。
だが。
「時間は稼いだ。やれ、イリス」
「まかせんかい!【砂よ、踊り狂え《ハレーナ・コーロゥス》!】」
第六土魔法が発動し、虫人たちの足下が爆裂。
砂嵐の壁が出現した。
「ぐ、お。おのれ!! 卑怯な!!」
バルメロイが何か言っている。
荒れ狂う嵐の中で、呪文を唱えられるものか。
その汚い口を砂で塞いでやる。
第六土魔法は指定空間内のすべてを無差別に巻き込む暴走魔法だが、使い方次第で有効に活用できる。
第三奴隷魔法を発動し、図を思い描く。
それは夢に見るほど頭に叩き込んだ。カピリスの丘の地図。
奴隷に現地を測量させ、目印を埋め込んだ。
この丘は今、オレの支配圏だ。
王宮、作戦会議室。
テーブルの上の羊皮紙がジリジリと焼け、精緻な地図が現れる。
味方の位置、敵の位置。
そして、敵のただ中を縦断する灰色の帯があった。
「やるではないか、アーカード」
皇帝が手を翳し、宮廷魔道士たちが杖を掲げる。
「【跪け、頭を垂れよ。《オロ・スプルーグ》】」
宮廷魔道士の多重詠唱により増幅された皇帝の第五重力魔法が、砂嵐の海を割った。
突如として現れた道を、オレ達は駆け抜けていく。
嵐の中から横槍を入れようとした虫人の手が瞬時に崩壊していた。
道の両端に絶えず重力魔法がかけられている。
どういう精度だ。
本当に皇帝は人間なのか?
「なぜ、なぜですか! 私は正しいことをしたはずだ!」
「人の尊厳は、守られねばならない!!」
重力の道の先に満身創痍のバルメロイが立っている。
心の底からどうでもいい。
「やれ、ハガネ」
「はいっ!!」
待て! 待って! お待ちください!
どうか、私の声を!!
戯れ言をのたまうバルメロイの首を魔法剣が弾き飛ばした。
崩れ落ちる老いた身体を蹴飛ばし、奴隷達が踏みつける。
バルメロイ、お前は人の迷惑を考えることができない。
自分の為なら、容赦なく他人を犠牲にする。
その上、自分は正しいことをしている善人だと思い込む。
どんな悪辣を成しても、バルメロイの心は聖人のように清らかなままだ。
どれだけ無辜の民を陵辱しても、自分だけは真っ白でいられる。
実におめでたいやつだ。
お前はそれでいいんだろう。
お前はな。
反吐が出る邪悪だ。
今すぐ人生からご退場願おう。
オレは幸せそうな顔で死んでいるバルメロイの顔を踏み潰すと、先を急いだ。