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城壁の上に立ち並ぶ衛兵たちが、松明の炎に照らされて影を伸ばしていた。
遠くから響く足音と呻き声――それは、まるで大地そのものが唸っているかのよう。
闇の中、無数の松明が近づいてくる。朽ちた兵装をまとったアンデッドの群れが、波のように押し寄せてくる。
「……撃てぇッ!」
誰かの叫びが夜気を裂いた瞬間、城壁の上から一斉に矢が放たれた。
弓弦の音が連なり、闇へと無数の光条が飛ぶ。乾いた音を立てて矢が突き刺さるが、倒れても、倒れても、立ち上がるアンデッドたち。
焦げた肉の臭いと鉄の匂いが混ざり、風がそれを押し流す。
「投石隊、魔法隊準備! 撃てぇッ!」
巨大な石弾が宙を舞い、同時に魔法の光が辺りを照らす。
それらはアンデッドを悉く粉砕するも、その隙間を埋めるかのように、後ろから新たな群れが押し寄せる。
結果は既に見えていた。五十対五千。まさに雀の涙である。
非常時ならまだしも、最低限の人数しか配置されいない平時。城から援軍が来るまで持ちこたえることが彼等の役割ではあるが、遥か遠くに見える王城の門が開く気配は未だなく、伝令さえ姿を見せない。
「怯むなッ!」
所詮は魔物。攻城兵器はなく、堀に架かる跳ね橋は上がっている。
それを超える術はないはずなのだが、黙々と前進を続けるアンデッドたちが、本当に止まるのかという一抹の不安は拭えない。
呻き声とともに、次々と堀の縁へ押し寄せるアンデッド。矢を浴び、火矢に焼かれながらも、彼らの進軍は止まらない。
堀に到達したスケルトンたちは、広がるのではなく、互いに絡み合い始めた。骨が軋み、砕け、折れ、やがてそれらが積み重なっていく。
気づけば、そこに現れたのは――見上げるほどの巨大な“骨の塔”。
無数の骸骨が絡み合い、うねりながらも天へと伸びていくそれは、次の瞬間。ゆっくりと城壁の方へ傾き、轟音とともに倒れ込む。城壁へと寄りかかる。
それは崩れることなく城壁へと寄りかかり、大地を繋ぐ橋となった。
「――ッ!?」
その“骨の橋”をよじ登り、止めどなく溢れ出てくるアンデッドの軍勢。
炎と悲鳴が夜を裂く中、わずか五十名の衛兵に、それを押し返す術などあろうはずがない。
「撤退! 撤退だぁぁぁぁ!! 内郭門まで退けぇぇッ!」
衛兵の隊長が悲鳴にも似た号令をあげると、皆が城壁を捨て退いて行く。
跳ね橋が降り、門が音を立てて開かれると、アンデッド達は何事もなかったかの如く前進を再開した。
その進行速度は非常にゆっくりとしたペースで、人が歩くのと大差ない。
大通りを真っ直ぐ進むその先には、巨大な王城。アンデッドたちは逃げ遅れた人々に見向きもせず、ただひたすらに王城を目指し行進を続けた。
それはまるで亡者のパレード。余計なちょっかいをかけて死ぬのは御免だ。
衛兵だけじゃない。冒険者たちも、その光景をただ茫然と見ている事しか出来なかった。
不幸中の幸いか、町に被害は見られない。先程からうるさいほどに鳴り響いているのは避難指示の鐘の音と、一糸乱れぬ大量の足音だけ。その中に悲鳴は含まれていなかったのだ。
それでも、勇敢に立ち向かおうとする者達がいるのも確か。
しかし、それを躊躇させてしまうほどの存在に、彼等は心が折れてしまっていた。
目が合っただけで、身も凍るような畏怖を覚える圧倒的な存在感。
他のスケルトンたちより一回り大きい漆黒のスケルトンは、紅く鈍く光る双眸で王城を睨みつけていた。
その姿を見た者は、誰もがこう言うだろう。
――あれはアンデッドたちの王なのだと。
やがてそれが内門である王城の城壁に辿り着くと、アンデッドの行進はピタリと止まった。
落とし格子の門を隔て、ズラリと整列した騎士達との睨み合い。
スケルトン達が己の盾に剣を打ちつけ、不快な金属音を打ち鳴らす。
その一糸乱れぬ動きは自らを鼓舞しているようにも見えるが、本当の意味はわからない。だからこその恐怖が場を支配していた。
そんな中、アンデッドたち先頭に姿を現したのは、王たる風格のスケルトン。
それを見た軍馬は嘶き暴れ回り、騎士達はそれを抑えるのに必死だった。
「待て!」
漆黒のスケルトンが鉄格子に触れようと手を伸ばしたその時、王城側から二人の騎士が門の前へと姿を見せた。
「問おうアンデッドの王よ! 何用だ!」
バイスとヒルバーク。完全武装であるが、それが役に立たないのは知っている。
バイスに至っては対峙するのは二度目。サイズこそ違えど見ているだけで地獄に足を引っ張られるような感覚は、慣れる事なく焦燥感は拭えない。
本来であれば、城壁の上から迎撃するのがセオリーではあるのだが、そんなものが通じる相手ではないことを知っている。
だからこそバイスは交渉に賭けた。それ以外に生き残る道はない。
(無用な争いは避けている……。その目的を聞き出せれば、あるいは……)
街に被害はない。ならば別の意図があるのだという結論に至ったのだ。
――――――――――
謁見の間で行われていたのは緊急対策会議。それは荒れに荒れ、リリーは嫌悪感を隠せずにいた。
焦りと苛立ちが募り、怒号が飛び交う謁見の間。
王は口を噤んでいるが、第一王子と第二王女の言い争いは酷いもの。それは派閥に属する貴族達も同じだ。
「お兄様の方が兵の数も質も良いではありませんか! お兄様こそ先陣に立つべきですわ!」
「ふざけるな! お前の派閥にはその色香で惑わし手に入れたプラチナの冒険者がいるはずだ! そいつはどうした!? 常に護衛につけていたではないか! そいつに任せればよいだろう!」
「ノルディックがいないのは見て判るでしょう!? それに彼は私の護衛であって兵ではありません。彼を送り出したら私を守る者がいなくなるじゃありませんか!」
派閥同士で大声を上げ、罵倒し合っているさまは見苦しい。
リリーは王座に興味がない。むしろネストのように貴族でありながら冒険者という自由な生き方に惹かれていた。
とてもではないが、あの中には入って行けないと敬遠し、同じ空間にいるのも嫌でリリーはバルコニーから外を眺めていたのだ。
もちろんそれはアンデッド達の進行具合の確認の為という意味も併せ持つ。
言い争いなぞしている暇があったら、現状を把握しようと努力した方が百倍はマシ。
『魔術師は常に冷静であれ』ネストの教えがリリーの中でしっかりと根付いていると言っても過言ではなかった。
王宮の外ではアンデッド達が城の門まで到達しているのが見え、お互いが一触即発といった雰囲気だった。
しかし、リリーは何かがおかしいとすぐに気が付いた。
街は火の手が上がるわけでもなく、見下ろす城下は平和と言って差し支えない。
王宮へと延びる大通りはアンデッドで溢れているが、微動だにせずただ立っているだけである。
門の前には騎士団と多くの兵達。その先頭にはヒルバークとバイス。対峙しているのはスケルトンだが、その雰囲気は全くの別物。
今いるバルコニーは七階だ。その声が聞こえるわけがない。それでも注視してその動向を観察していると、突然そのスケルトンがリリーを見上げたのだ。
「――ッ!?」
リリーの視線と、鮮血のように赤く光る双眸が交差し跳ね上がる鼓動。一瞬で全身に鳥肌が立ち、全速力で走ったかのように心の臓が鳴り響く。
まるで金縛りにでもあったかのように、リリーは目が離せなかった。
その視線上に突如として割って入ったのは、スケルトンの手の甲。その指には見覚えのある指輪がはめられていたのだ。
薄蒼に輝くサファイアの輝き。それはリリーの派閥の証。全てが同じものではなく、その台座は個別にデザインされたもの。
それには見覚えがあった。最近まで自分の手の中にあった物でもあり、九条に与えた物でもある。
漆黒のスケルトンが視線を外すと、まるで緊張が解けるかのようにリリーの身体はその呪縛から解き放たれた。
「お父様! 少しの間失礼します!」
バルコニーから部屋の中へ戻ったリリーは、アドウェールにそう声をかけると一目散に謁見の間を出て行った。
その異変に気付き、ネストも後を追おうと走り出す。
「アンカースは何処へ行くのですか!? まさか逃げるつもりなのでは!?」
その一言でネストは足を止めた。緊急時だと言うのに、ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべるブラバ卿。
ネストは仕方なくバルコニーへと戻り、下の様子を確認する。
(恐らく、リリー様はヒルバークとバイスの元へと向かったはず……)
だが、そこに探している者達の姿はなかったのだ。