テラーノベル
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見たことのない灰の学生服に、
烈火のマフラーを長く靡かせ、
片手には玩具のような緑色の拳銃を握り、
黄金の角を生やした仮面で顔を隠す、謎の学生。
ライダーキックで窓を蹴破って登場した彼は、着地ついでに狭い廊下でごろりと横転し、少しのダメージも受けていない様子でスサリと立ち上がった。
肘まで捲った白シャツの上から、七月だというのに灰色の学蘭をマントが如く羽織った、中肉中背の男子。
ボロボロに汚れた服装の端々も気になるが、何より目が奪われるのは、鮮烈なカラーに染まる季節外れのロングマフラーと、同じく烈火に染まる手袋。そして極めつけに、鷹の翼の様にも見える金の角を二本も生やした仮面だ。
顔全体から後頭部までを覆うヘルメットタイプのそれは、特撮モノに登場するヒーローの被るマスクに近似していた。
「……弱き者よ、我が名を叫べ。 強き者よ、我が名に慄け! 我が名はッッッッ――――、英雄ディオ!! 死ぬに死にきれず、地獄より舞い戻ってきたぞッッ!」
その男は野太い声で、高らかに叫び散らす。
しかし、その台詞は頭から尾まで、終始意味不明、理解不能の塊で、オレの頭には何ひとつとして内容が頭に入ってこなかった。
ポカアとするオレと野崎のノーリアクション具合が不満だったのか、ディオと名乗るその男は、
「フハハハハ! さては、我の超絶美麗な登場に見蕩れているな!? 仕方がない、君たちの前に立っているのは、伝説の英雄になる男で間違いないのだからな! 勧善懲悪、破邪顕正! 悪を祓うために現れた、圧倒的な正義の象徴が眩しいのだろう! フハハハハ!! そうなのだろう!」
などと、勝手な推論と自分語りをした後に、
「しかしな、我はただ眩しく、猛々しいだけの存在では終わらない! その裏付けとなる力と信念を、己の行動を以て君らに示してみせよう!」
などと、またもや勝手な使命感に駆られた後、
「かかってこい、無垢な学徒を毒牙にかける穢れた怪物ども! これ以上は、このディオが好きにはさせんぞォ!!」
などと叫び散らした直後に、更に勝手なことを始めたのだ。
それは戦闘だった。
ただし、殴り合いなどといった人間らしいオーソドックスな戦闘ではない。
制服の内側や、胴や腰に巻き付けられた多重のホルスターから引き抜いた無数のカラフルな銃をバカスカと乱射し始めたのだ。
しかもそれは、一発や二発ではない。
勝手すぎる量の乱射が、廊下を跳ねまわった。
すぐに頭を下げて廊下に伏せるが、連続する爆音と、頭上スレスレを弾丸が通過する風切り音に心臓が凍る。
「フハハハハハハハハッ!!!!」
ディオは懐から銃を取り出し、ゾンビに向けて一発だけ撃ち込んだあと、まだ硝煙を吐いているうちにその場で投げ捨て、次を取り出す。これを何度も続ける。
桃色の次は水色、黄緑、橙色、赤色、と。
カラフルな火器を次々と発射し、周囲のゾンビを撃退していく。
その様子は、舞台噴煙で演出された劇中表現舞踏の様に見えるほどアクロバティックな体勢で行われていったが、その実は身勝手極まりない、自由奔放な虐殺劇であることに間違いはなかった。
数十秒後、辺りはすぐに血の海となった。
あれほど集合していた放送室前のゾンビ達も、穴だらけになってビクビクと床に伏せている。
ディオは血溜まりに浮かぶ空薬莢と、色々の拳銃を蹴散らしながら、より赤黒くなったマフラーを揺らしてクルクルと回っていた。
「フウーッ! 我は美しい! 我は勇ましい! このディオの後ろには一切の悪も残らぬのだッー!」
あまりの出来事に、オレも野崎も、銃撃が止んだ後に立ち上がるどころか、声を上げることすら出来なかった。
「さあ君たち、今のうちに逃げたまえ! 体育館はゾンビが居なくて安全だそうだ! 他の生徒たちも逃げこんで集まっていると聞く! 君らも向かうといい!」
などと、勝手にお節介を焼いた後、
「くっ、もう残りの弾が少ない……! 悪の軍団長め、よくも……! よくも無関係の人々を巻き込みおって! 絶対に赦さんぞォ!!」
などと、勝手に追い詰められた様子を見せつけ、勝手に正義感を怒りに乗せて叫び散らして、そして勝手に、
「ではさらばだ! また後ほど会おう! 我が名は英雄ディオだ、忘れるなよォーッ! フハハハハ!」
などと、初めに飛び込んできた窓とはわざわざ別の窓から、豪快に硝子を蹴り破って外へと飛び出していったのだった。
廊下にはゾンビ達の残骸と、血の滴る音だけが残り、それはまるで、嵐の去った後みたいだった。
「あ、あいつは……、何だったんだ……?」
「……仮面持ちだ。 あいつが今回のゾンビパンデミックの元凶、またはその協力者と見てまず間違いないみたいだ」
「ただのヒーローコスプレの変態異常者、ではないんだよな……?」
「…………知るものか」
権能の存在を表に出さぬよう強く隠している野崎に対して、あのディオとかいう奴のフルオープン感は驚くほどの異常だ。
まああんな奴は、仮面持ちかどうかなんて関係なく、明らかに異常者であるのは間違いがないが。
「お前、あいつのこと知らないのか? テロリストがどうとかって言ってたが、あいつも『少数派』の仲間だったりしねえのかよ?」
「……かなり浅い程度だけど知っている。 彼も私たちのメンバーだ。 いいや、メンバーだった、と言うべきかな」
「メンバーだった? 今はもう違うのか?」
「ああ。 私が聞いた限りでは、彼は既に組織を抜けているはずだ」
『少数派』を脱退している?
そんな事が、簡単に出来るのか?
あれほどの大事件を起こせるテロリスト集団だぞ、気まぐれに組織を脱退するなんて言い出したら、情報漏洩防止や証拠隠滅のために消される、なんてことも有り得ておかしくないんじゃないのか?
「彼を見たのは、私が『少数派』に入ってすぐの頃だった。 組織の会合であの仮面を被っているところを見たよ。 でも、彼を見たのはそれが最初で最後だったんだ」
野崎は壁に手をついて立ち上がって、
「前に組織のことについては話したよな? 新入りは、組織のメンバーの力を借りて、願いをひとつ叶えて貰うことが出来る。 そこで私の願いを成し遂げる計画こそが、あの博物館の一件だったわけだが……、計画が進み、準備が本格化しだした時期に、とある者が古株や新入りを含めた一部のメンバーを連れて、組織から脱走したという噂が流れていたんだ。 彼らは私たちの中では『分派』と呼ばれている。 今は何をしているのか、誰がいるのかなんて一切分からない。 でもその頃には既にディオは姿を晦ましていたようだし、今思えばタイミング的に、彼は組織から離れて『分派』の一員になっていたんだろうね」
「『分派』……、本当にディオの奴が『少数派』を抜けてそこに入っていたとして、さっきのあれは何がしたかったんだ?」
「さあ、全くわからない。 何て言ったって今回のゾンビパンデミックは『少数派』の関知しない、『分派』側の計画のようだからね。 事前の情報共有もなければ、メンバーである私への避難勧告も無かったんだからな」
ディオは元『少数派』メンバー。そして今は『分派』と呼ばれる、野崎も内情を知らぬ組織に身を置いている。
今回の件にどういった関わりがあるのか、何が目的で動いているのかも不明。言動から思想まで、何もかも謎の男である。
「仮面をみたことがあるってことは、あいつの権能とやらがどんな能力なのかとか、そういうのもわかんねえのか?」
「『少数派』は権能を持つ者だけが集まる組織だけどね、だからって互いの権能の情報を不用意に共有することはないんだ。 権能は、この不条理な世の中で抑圧され続け、持たざる者となってしまった私たちにとっての最後の取り柄、最終兵器なのだからね。 それを人においそれと語る奴はまず居ないよ」
「つまり……、結局ディオのことについては何も分からない、ということが分かった」
「そういうことだよ。 まあ、苦労せず窮地を切り抜けられたんだ、僥倖と考えて先に進もう」
何がラッキーだ。
ゾンビを殺すな、と野崎には散々命じていたが、あれほどまで豪快に、見知らぬ暴風雨に掻き乱されると慷慨することすら出来ない。
残骸が痙攣をやめた頃に、オレ達は血溜まりを避けながら放送室へと足を運んだ。
放送室はノックしても、声掛けしても反応がなかったので、扉に取り付けられた小さな磨り硝子の除き窓を肘で破り、そこから腕を伸ばして内側からロックを解錠する。
ゾンビには不可能な、非常に文明的な侵入方法だ。
室内に入って初めに目に入ってきたのは、放送に必要らしいツマミだらけの機材や、高価そうなヘッドセット、スタンドマイク、均等間隔に穴のあいた防音壁。放送室を放送室たらしめるアイコニックなアイテムが山盛りの中、たったひとつだけ違和感を放つ存在が、キャスター付きの椅子ごと床に倒れ込んでいた。
全身に無数の歯形や噛み傷が刻み込まれた女性教師。
口から致死量レベルの血液を吐き散らし、青白くなった肌に、虚空を見つめる目玉からは生気が抜けきっている。
まさか中までゾンビだらけでは、と不安な妄想を抱いていたが、放送室の中は廊下ほど酷い惨状ではなかった。
これを差程の惨状ではないと思えるようになってしまったのは、認識の混乱か、それとも麻痺か。
「既に手遅れだったようだね。 この状況を見るに、先程の校内放送は彼女が発信者みたいだ」
「職員室でゾンビに襲われて、ここへ逃げ込んできたってことか」
野崎はしゃがみこんで、女性教師の身体を観察し、遂には両手でべたべたと触り始めた。それは人間に触れるってより、まるで物みたいな乱雑な扱い方だった。
「お前、やめろよ……。 何してんだ?」
「悪戯でもしているように見えるか? 観察眼を磨きなよ。 私は捜査しているんだ、気になることがあってね」
「気になること? その先生の遺体に?」
「倫理的らしい表現をするなよな、これは死体だ。 気になるってのは、この死体の不自然さ。 例えば、この傷だ」
指さしの先には女性教師の脇腹。服の内側から溢れた出血がシャツに滲んでいる。
野崎は遺体のボタンを外し、脇腹を露出させた。そこには明らかに噛まれた、と言える歯形の残った抉れ傷が残っている。
「この傷は、見ての通り噛み傷だ。 ゾンビに肉が噛みちぎられている。 でも、それにしてはおかしい。 シャツの方には噛んだ穴がないのさ。 肉がちぎれるほどの強い噛みつきなら、シャツが破れたっておかしくない」
「噛みつき傷はあるのに、服にはその痕跡がない、ってことか」
「ああ。 こんな状態が出来上がるのは、服を脱いでいる時に素肌を噛まれ、その後からシャツを着た時くらいなものだよ」
「ってことは、この教師は裸でゾンビに襲われたってことか?」
それはそれで考え辛い、と野崎は否定して、
「私はこう思う、この傷は、外部から受けた傷ではなく、突如として現れた傷なんじゃあないかってね」
「傷が現れた……って、どういうことだ?」
「いや、まだこれは仮説だけどね、もしディオの持つ仮面の権能が、ゾンビに噛まれた傷を他者に与え、感染を広める能力だとしたらどうだろう?」
遺体のシャツを元に戻して、野崎は近くの印刷用紙で適当に指を拭きながら立ち上がった。
「な、なんだよそのこじつけ。 何か根拠でもあるのか?」
「そりゃあ突飛な話だよ、でもおかしいとは思わないか? ここまでに見たゾンビ共は、どいつも極端にグロテスクな容姿で現れたよね。 彼らが、あんな重傷を負うタイミングがいつあったというんだ?」
ゾンビパンデミックが起きた正確な時点は分からないが、オレが登校してきた時にはまだこんな騒ぎは起こっていなかった。
そして、騒ぎになったのはホームルームの時間。待っていても担任が教室に来なかったもんだから、勝人が職員室へ向かった。その少し後のこと。この間、およそ四十分程度だ。
「たった四十分ほどの短い時間で、あんなにも大怪我を負ったゾンビが急に大量発生するなんて無理がある」
「私もそう思う。 だが、この災厄は奴の権能が引き起こした事象と考えれば、一応の説明がつくだろう?」
「説明がつく、のか? オレはまだ権能ってやつに慣れてねえから、お前以外の権能がどんだけ強い効力を持っているのかわかんねえんだ。 ……権能ってのは、こんな厄災が簡単に引き起こせちまうもんなのかよ?」
「前に話してやったように、権能の持つ力は様々だ。 それらは日常的に普段使いできるものから、使い道の少ないピーキーなものまである。 私は場合は前者だ」
野崎の権能は、自身の血液で作品を創造する能力だったはずだ。
それのどこが、日常的に使えるっていうんだ?
「私の権能は何も、君に見せたような槍斧の様な武器を創りあげるだけの力ではないんだ。 私の頭の中に設計図があり、完成時のビジョンがしっかりと想像できてさえいれば、身長を超える高さの大仏像だろうと、複雑で緻密な耐遠心重力の構造を持つ腕時計だろうと、最先端技術の塊たる宇宙船のネジだろうと創ることができる。 この通り、権能によってはかなりの応用が効くのさ」
「じゃあもしも、ディオの権能がお前の立てた仮説通りだったとして、奴の目的って……、一体なんなんだ?」
教師たちをゾンビ化させ、生徒たちを襲わせる大惨事。
そのトリガーを引くなんて異常行為に、一体どれだけ重厚な理由が隠されているっていうんだ……?
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