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大暑でじめつく校舎、その一階。
漂う死臭の中、二人の学生は職員室のデスク群の裏で隠密していた。
「三体……、いや四体か。 奥にもう一体いるね」
「…………」
「相原君がいないのがそんなに不安かい? ゾンビパンデミックの起点である職員室に彼がいないことは、逆に安心材料になると思うけどね? 放送室に集るゾンビ共の中にも彼はいなかったし、もしもディオが私達以外の生徒にも体育館への避難勧告をしているなら、相原君もそれを聞いて避難している可能性は高いのだから」
「……わかってる。 早く体育館へ行こう」
「いいや、残念だけどディオを見つけるのが先だよ」
野崎を睨むが、彼女は顔色ひとつ変えない。
「まさか、またそのボールペンの話を持ち出す気じゃあないだろうな? 君はいつも滅茶苦茶だ。 もし私の予感が的中しているのなら、ディオの権能は『ゾンビを増やす能力』なんだ。 そんな奴を放っておいては、何をしでかすか想像もつかない。 彼が言う避難所だって、生き残りの生徒たちを一斉にゾンビ感染させるために、一箇所に集めているだけかも知れないじゃあないか。 先手を打つんだよ、奴を私達で止めるんだ」
オレは仁の想いを引き裂いてでも、勝人の安全を確かめるために、ここへ来た。
野崎を対等なレベルの交渉関係へと強引に引きずり下ろし、ゾンビに襲われる危険に真っ向からぶつかって、ここへ辿り着いた。
しかし勝人が未だ見つからず、仮面持ちと呼ばれる男が校舎内にいることが確定した今、再びその勇敢さが試される時が来た。来てしまったのだ。
「途中で勝人が見つかったら、ディオの捜索は打ち止める。 付き合うのはそれまでだ」
「相原君の安全さえ確認できれば、残りの者はどうなってもいいと?」
「そこまでは言ってねえ。 でも、お前が言ってることは無謀そのものだろ。 勝人だけならまだしも、他の生き残ってる生徒を助けて、主犯の蛮行まで止めようだなんて、オレたち二人じゃあどうしようも……」
「そのための私と君だ。 権能には権能で対抗するんだよ」
「だからオレは権能なんて持ってねえって言ってんだろ! そんなにあいつをどうにかしてえって言うなら、さっき銃をぶっ放してやがった時にお前が止めりゃあ良かったんだ!」
静かに、と口止めしてきた野崎は長デスクから顔を上げてゾンビの様子を見る。
「煌、そんな強情ぶってる場合じゃないってことは分かっているだろう?」
「……そんなこと言われたって、オレに権能はない。 これは確かだ。 持ってねえもんは持ってねえし、持ってねえもんは使えねえだろ」
「それじゃあ博物館の時のあれは何だ? 私の斧槍を砕いたあれは、権能以外の何だったって言うんだい?」
「……わからねえ。 斧槍はお前の血で出来てるんだろ? なら耐久性もそこまで高くねえはずだ。 だから、たまたまオレが握った時に砕けちまっただけなんじゃねえの」
どうやら野崎は、オレが権能とやらを持っていてそれを隠しているものだと思っていたらしい。
彼女は顎に手をやって何か考えごとをした後、
「……あの時も煌は仮面をつけていなかった。 仮面は権能の象徴……、なら本当に、君は……」
ズドン、と。
野崎の深考ごと、職員室の扉が吹き飛ばされた。
「四体だ! 四体!」
「手前からやれ!」
怒号と共に、三人の武装した黒服たちがドタドタと職員室に突入し、辺りのデスクの上に次々と登り立つ。
その手に握られていた小銃の銃口がゾンビ達に向けられる。
そして、直後にフラッシュと銃声が連続した。
「お前の下だ! 這ってる奴がいるぞ!」
少しの静寂。やがてそれを切り裂く、三発の発砲音。
コインが床に落ちるような音のあと、再び静寂が帰ってきた。
「…………掃討」
「残ってるのを探せ」
デスクの影に黒められた野崎の顔が、その声でより曇る。
「小銃を持っている……。 あの仮面持ちの仲間みたいだ」
「どうしてそう言い切れる。 もしかすると警察とか、救助隊かもしれねえ。 助けてくれるかも……!」
「救助隊にしては到着が早過ぎる。 それに生存者なのかゾンビなのか、パッと見では判別し辛い現状の中、彼らは職員室に入るや否や銃を乱射した。 到底、生存者を助けるための動きではないよ」
野崎は自身の額に手をやって、
「嗚呼、煌。 私たちは早速、可能な限りの領分の外に直面してしまったみたいだ」
そう言って、そのまま掌で顔面を撫で下ろした。
鉄仮面の出現。
博物館でも、屋上でも見た、同様の仮面。
それは彼女曰く、世界を描写し直すことの出来る、彼女にだけ許された異能の力。
「『爆弾作り』……。 善悪が判明しない灰色の者たちは、私の独断で白黒に区別する。 今、私たちの感じている命の危機感は、彼らを勝手に黒色と区別するのに申し分ない理由となる……」
そうして、その爪で、仮面の上から頬を掻き裂いた。
包帯の下で爪ごと皮膚が剥がれたのか、指々から流れ出る出血。 しかし野崎は少しも悲痛する様子はなく、あやとりの様に空中で血の光跡を織り始める。
やがて彼女の手には、血で骨組みが形どられた長棒が完成していた。
「『爆弾作り』、鉄傘。 私の傑作集の一つだ」
彼女は自慢げにそう語りながら立ち上がり、男たちに向けてバサリと傘骨を開いた。
骨組みだけだったはずの傘骨は、血溜まりが広がるように赤い羽を獲得し、半透明な赤黒い傘へと変貌を遂げ、彼女の体をすっぽりと隠した。
武装した男たちの注目が、闘牛のカーテンの如く開かれた赤傘に集中する。
その自殺行為を止めるべく、彼女をデスク下へ引っ張り戻そうと手を伸ばしかけたその時、男たちにより再びの銃撃が行われた。
今度の銃撃はゾンビに向けられたものではなく、姿を現したばかりの野崎を狙い撃ったものだ。
こちらが生存者かゾンビなのか分かってもいないのにこの速射。それが、人を救うための銃撃でないことの証左となった。
あまりの爆音の連続に、オレは無意識に床に伏していた。 しかし野崎を見上げると、弾の雨を真正面から傘で受け止めている。
驚くことに、野崎自身は全く被弾していなかった。飛来した弾丸は傘の斜面に弾かれ、その弾道をずらし、風切り音と共に背後の窓にひび割れた大穴をあけていく。
別の男も銃撃に参加するが、幾つ弾を弾いても、どうしてか傘は折れない。凹んだり、芯が曲がったりする様子もなく、ただ弾丸を跳ね飛ばし続ける。
「……くく、くッ」
重なる銃声の中、その不敵な笑みが溢れたのはオレの真上。……野崎のものだった。
「くッ……、くぎィッ! くかかかかかかかかかかかかかかかッ! これが私の作品だッ! 超現実主義を実現するための究極の画材、『爆弾作り』より産み出し私の子の披露宴へようこそッ!」
野崎は、いや、ロビンソンは、傘を構えていない片手の指先を振るって血の光跡を操り、翼のような機構を持つ太長い作品を作り上げた。
それが実体を獲得し、武装した男たちへ向けられる。
「『爆弾作り』、弩弓ッ! 白を白に、黒を黒と断別せよッ!」
それは大型のクロスボウだった。
彼女が指を引くと、血液の芯が勢いよく発射される。
そしてどうしてか、今現在も弾丸を弾き続けている鉄傘を、いとも容易く、たったの少しの減速もなく内側から貫通した。
傘より飛び出た血の矢、と言うより、ほぼ血の槍に等しいそれは、赤黒い光跡を残しながら一直線に武装した男の頭部へと着弾。
男は持っていた銃を乱射しながら足を浮かせ、後方の壁へ釘付けにされてしまった。
「たとえ君らが、この学校の生徒を救出するため寄越された特殊部隊だったとしても、先に撃ったのは君らだよなあッ! 私は白、君らは黒ッ! はっきりとした関係性の中、私は正当権利で権能を振るう! 作品を創るッ! 素晴らしい、なんとも美しい構図じゃあないかッ! 折角だ、見せてあげよう、私の作品たちをねえッッ!!」
そこからは、ロビンソンの一方的な個展が開催された。